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二章

13、背中を向けて

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「マティアスさま、どちらへいらしていたの? まぁファルケまで」

 半裸状態のユスティーナは立ち上がることも出来ず、手を振ることも出来ずにいた。
 一人きりにさせて不安だったろうに。
 そんな様子を表情には浮かべない。多分、本当は芯の強い子なのだろう。

「ほら、ファルケ。荷物を渡してあげなさい」

 俺の言葉に、ファルケは嬉しそうにユスティーナの元へ向かう。
 さっきまでの険しい表情はどこにもない。

 ユスティーナも両腕を広げて、ファルケを抱きしめるものだから。ほら、肩にかけていた俺の上着が落ちてしまったじゃないか。

 やれやれ。手のかかるお嬢さんだ。
 俺は、ファルケを抱きしめて顔を埋めるユスティーナの肩に、再び上着をかけてやった。

「わんっ、わんっ」

 たぶん「早く荷物を取って、取って」と言っているのだろう。ファルケの鳴き声に、ユスティーナは愛犬の首に巻かれた包みに気づいた。
 
 俺の伝言が、ブレンストレーム家の使用人に確かに届いた証拠だ。
 ファルケは川には落ちるし、すぐに俺の背後に隠れるし。本当にどうかと思うのだが。
 不審者退治(といっても団長だが)や伝令の仕事は、ちゃんとこなせるんだな。というか、そちらの適性があるようだ。

 出来が悪いと思っていた子が、ようやく輝ける場を得たような……そんな気分だ。俺は独身だし子どもはいないし、ファルケは犬だが。これを父性というのだろうか。

 ユスティーナはファルケの首に結んである布を外した。
 中から、シンプルなワンピースが現れる。
 乗馬服ほど重々しくはないのは、恐らく侍女がユスティーナの体調や体力を慮って、楽な着替えを用意していたのだろう。

「まぁ、すごいわ。ファルケったら、わたしの着替えを運んできてくれました」

 ユスティーナの驚きが新鮮で嬉しいのだろう。ファルケもまた上機嫌だ。

「なんていい子なの。ちゃんと迷わずに家の者のところまで行けたのね」
「わふっ」
「本当にえらいわ。ありがとう」

 ユスティーナに抱きつかれて、ファルケはちぎれそうなほどに尻尾を振った。行儀よく主の前でちゃんと座って微動だにしないのに、尻尾だけがやたらと元気だ。

「マティアスさまが、ことづてを頼んでくださったんですね」
「ん、まぁな」

「ありがとうございます」と、ユスティーナが両手で俺と握手するのだが。
 いかん。そんなにぶんぶんと腕を振っては、はおっている上着が再びずり落ちてしまうじゃないか。
 俺は慌てて、ユスティーナから手を離して彼女の素肌が露出しないように上着をかぶせた。

「あっ。申し訳ありません」
「いや、俺以外に誰か……いるわけがないが。もし、誰かがいたら困るだろ」

 ユスティーナは「確かに仰る通りですね」と頬を赤らめた。
 まぁ、気づいていないのならいいのだが。気づいていないが故に無防備なのも困るよな。

 ちゃんと俺が彼女を守っていこう。そう心の中で誓った。

「ユスティーナ。着がえられるかい?」
「はい」

 さすがにレディの着替えを見るわけにはいかない。俺は立ち上がって、視界が開けた方向に立った。
 もちろんユスティーナに背中を向けて。
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