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本編

02 俺がベッド使うからな

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 水瀬は職場の後輩で、今日こうして地方までやってきたのは、先方との商談のためである。
 仕事はそこそこ出来るが、やたらと黒戸にちょっかいを掛けてくる、お色気系美女、水瀬と二人での出張は、彼にとってあまり居心地の良いものではなかった。
 けれども仕事は仕事だと切り替えて、理想よりも遥かに上手く話をまとめ上げたその手腕は、まさしく営業部のエースといったところだ。

 そしてその心地良い達成感に任せ、水瀬に誘われるがまま居酒屋の暖簾をくぐってしまったのがそもそもの間違いだった。
 やっぱり先輩は凄いですかっこいい、色々教えてください今月の売り上げは先輩が飛びぬけていますね勉強させてくださいなんて言いながらお酌をされてしまえば、さすがの黒戸でも酒がすすむ。

 その結果がこれである。

「なんで都内と同じだと思ったんだ俺……水瀬と同室だなんて、クソっ!」

 思わず恨み節が漏れるのは仕方がない。
 ここは地方。所謂田舎だ。何をするにしても車の距離だし、先ほどまで酒を飲んでいた店は、主要な駅まで距離がある。
 更に水瀬の言う通り、近隣で若い子たちの間で人気のイベントがあったらしく、道は激混み。運よくタクシーが捕まり最寄りの駅にたどり着いたのだが、乗り込めそうな電車は、到底新幹線に間に合う時間のものではなかった。

 どうしたものかと途方に暮れる黒戸をよそに、水瀬がスマホを取り出すのは早かった。なにやらタップを繰り返し、奇跡的に駅前のビジネスホテルを取れたのだと腕を引かれ、ホテル横のコンビニで色々買わされた時も頭は回っていなかったように思う。水瀬はそのまま手早くチェックインを済ませ、部屋の鍵ですよ、なんて渡すから、それが黒戸一人の部屋だと思ってしまったのだ。しかもそれがダブルの部屋だったなんて、事前に分かっていたら絶対に断っていただろう。

 ともあれ、なってしまったものはどうしようもないことで。間違いが起こらないよう、テレビでも見ながらやり過ごそうと心に決める黒戸である。

 キュッとシャワーを止めて、タオルに手を伸ばす。大判のバスタオルはふかふかで、苛立った心を少しだけ和らげてくれる。と思った次の瞬間。

「おい!! 水瀬!! 俺の服どこ持って行きやがった!! つか鍵してただろ?! っておわぁ!!」
「うるさいなぁ先輩。鍵ですか? 開いてましたよ? 服、明日着るものなくなっちゃうんでコインランドリーつっこんできました。持つべきものは私みたいな良い後輩ですよね~」

 勢いよく部屋に続く扉が開けられて、反射的に前を隠した。顔を見て叫んだのは黒戸だが、仮にも女がその扉を開けるだなんて思うわけがない。

「なっ……! ぱ、ぱん……」
「あ~そりゃもちろん下着も~てか代わってもらっていいですか? 早く髪洗いたくて」

 何事もなさげに話し続ける水瀬に唖然とする。こういう時、開けた方が驚き恥じらい、顔を赤らめるものじゃなかったけ。そう思ったけれど、どうやらそれはドラマや漫画の中だけの話らしい。なんと水瀬は狼狽える黒戸などお構いなしに、タオルを手に入ってこようとしている。

「は? まっ……!」
「はいはい交代してくださいよ。先輩眠そうだし、ベッド使っていいですからね。私椅子で寝れますし」

 女の子が椅子でなんて、と普通なら言うべきなのだろうが、この時の黒戸は違った。とんでもない状況と水瀬の態度に、ふつふつと怒りが込み上げてきたのだ。

「お前! 好き勝手しやがって! 俺疲れてるし本当にベッド使うからな! つーかまだ拭いてんだから出てけ!」
「ひっど~い、こんなに先輩のこと心配してるのに~」
「はぁ……もういいわ……俺が出ていく。お前絶対ベッド入って来んなよ」

 くるりとバスタオルを腰に巻き、ガウンを掴んで部屋に戻る。シャワーを浴びただけなのに、ひどく疲れてしまった。
 水瀬が扉の鍵を閉めたことを確認して、バスローブタイプのガウンを羽織った。
 下着を着けていないことがこんなにも心許ないとは思わなかった。というかこの状態で寝ても大丈夫なのだろうか。特別寝相が悪いわけではないが、起きた時にはあられもない姿になっていることだけはわかる。絶対はだけるだろこれ。

「まぁ、椅子で寝るって言ってたし、入ってくんなって言ったしな……」

 とにかく今は早く眠ってしまわねば。やたらと黒戸に距離の近い水瀬のことだ、起きていると色々ややこしい事態になりかねない。
 そう思い、黒戸は広いベッドに滑り込む。シャワーを浴びたからか酒のせいか、身体が熱くてたまらない。

「くそっ、早く寝ないと……」

 シーツはひんやりと心地がよくて、そういえば家の硬いベッド以外で寝るのは久しぶりだな、なんて考えているうちに、黒戸の意識は微睡みの中へと消えていった。
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