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本編
01 あやめとコークハイ
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──ポロン
メッセージアプリの通知音を耳にして、中野あやめは、すぐさまスマホをタップした。
『おつかれさん』
『昨日の今日で早いやん』
『なんやもう抱かれたくなってしもたん?』
真昼間のオフィス。
十二時を半分ほど過ぎた室内で、人がまばらなのが救いだった。
あやめは最後に送られてきたメッセージに鼓動を早くして、顔を真っ赤に染めあげる。
──どうしてこうなっちゃったんだろう……。
考えを巡らせたところで、昨夜の出来事をより鮮明に思い出してしまうだけだ。
あやめは俯いて、甘く疼く身体を持て余していた。
◇
昨夜、あやめは居酒屋にいた。海鮮を売りにした、どこにでもあるお手頃価格のチェーン店。
高校時代からの親友、佳菜子とふたりで乾杯をして、互いに上司や仕事の愚痴を言い合う。そんな、よくある日常だった。
「で、どうなの前に言ってたセクハラ上司は」
「相変わらず。視線は気持ち悪いし猥談多いし仕事しないし。指導か何か入らないかな。そろそろ匿名で人事部に文書でも送ってやりたい」
「あ~」
佳菜子は運ばれてきたばかりのハイボールを呷り、にやりと笑う。
「でもな~その上司とか、よく話題に上がる同僚の……渡部だっけ? そいつの気持ちもわかるわ。あやめみたいに可愛くて巨乳の女の子が目の前うろうろしてたらさ、そりゃ仕事なんてそっちのけで乳ばっか見ちゃうでしょ」
「やめてキモイ」
佳菜子の視線を胸に感じて、あやめはスッと姿勢を正す。話をしているとついつい身体が前のめりになり、小さくない胸が机の上に乗ってしまうのだ。
「気にしてるのに……」
「ごめんごめん、同じ女からしたら羨ましいけどね~? もうそんなのマンガのキャラじゃん」
「でも太って見えるし着られる服限られてくるし、ブラだって可愛いの少なくなるし。男の人なんて露骨に胸に話かけてくるんだよ」
「勿体ないな~あやめは顔だって可愛い良い子なのにさ。男どもは自分でチャンス逃してんね」
佳菜子はそう言って笑い、魚のフライをかじる。
これも何度繰り返された会話だろう。あやめは小さくため息をついて、少し乾いてきた刺身をつついた。
「もう二十七だっていうのに……一生彼氏できないのかな。職場では重役の愛人とかいう不名誉な噂まで流されちゃってさ。女の子の友達もなかなかできないし」
あやめはどこにでもいそうな、一般企業のOLだ。
ダークブラウンの髪を緩く巻いて、すっきりとしたきれいめなファッションを好む、おっとりとした雰囲気の会社員。
そんな平凡な人間なだけに、人よりも少しだけ大きな胸をもつことが全てを台無しにしていると、あやめは思っている。
いいなと思った相手は必ずと言っていいほど下心満載で接してくるし、なにを勘違いしてか、あからさまに下ネタを振ってくる男の人は驚くほど多い。
あやめだって二十七歳。性的なことに興味がないわけじゃない。
むしろ発散されることの無い、溜まりに溜まった性欲は多い方だと思うし、無駄な属性ともいえる処女なんて早く捨ててしまいたいとさえ思っている。
それでもあやめにだって選ぶ権利はあるはずだ。そう見るからにがっつかれると、生理的に無理だと拒否反応をおこしてしまうというもので。
「いいなぁ佳菜子はかっこいい彼氏がいて」
「んふふ」
あやめとは違い、コミュ力の高い佳菜子はフットワークも軽く、会うたびに違う彼氏を連れている。
そろそろ落ち着きたいとここ二、三年言い続けているが、この恋多き女が落ち着くのは当分先になるだろう。ちなみに、今の彼は(佳菜子曰く)そこそこ売れてるバンドマンらしい。
「それがね、聞いてよ恭ちゃんってば……っと、ごめん電話。恭ちゃんだ」
はーい、と一オクターブ高い声で電話に出た親友を生暖かい目で眺め、この店の人気商品である海鮮サラダをつまむ。
しょうゆベースのドレッシングが野菜や具材にバチっと合い、さっきから箸が止まらない。
これは家でも再現できないだろうか。いやだめだ、最終的にごま油で整えるという力技に出てしまう未来が見える。帰りにちょっといいドレッシングを買っていくのが圧倒的勝利に違いない。
「うん、えっ、そうなんだ! うん、ならあとでね。はーい」
そう機嫌よく電話を切り、スマホを鞄に仕舞う佳菜子。またかとじっとりとした目を向けると、彼女は笑みを浮かべ、鞄を手にした。
「もしかして……」
「ごめんねあやめ! 恭ちゃん、今からうち来るって言うから帰る」
「でも今日は軽く飲んでから、久々にスパ行こうって」
「あのね、あやめとはこれからもずっと親友だけど、恭ちゃんが彼氏でいる時間は今後どれだけあるかわからないの。だからごめんね! 今度ちょっと良いご飯奢るから」
あまりに潔い言葉を残し、佳菜子は颯爽と席を立って行ってしまった。恋愛至上主義の佳菜子はいつもこうである。
「お待たせしました! コークハイでーす!」
なにも知らない店員が、佳菜子の頼んだドリンクを机に置いて行ってしまった。グラスいっぱいに注がれた甘そうなコークハイ。
「も~佳菜子め! 本当に勝手なんだから!」
と、グラスを引き寄せようと手に持ったとき。
後ろの席に座っていた人が勢いよく立ち上がり、その身体があやめの背中にぶつかってしまう。
「あっ」
メッセージアプリの通知音を耳にして、中野あやめは、すぐさまスマホをタップした。
『おつかれさん』
『昨日の今日で早いやん』
『なんやもう抱かれたくなってしもたん?』
真昼間のオフィス。
十二時を半分ほど過ぎた室内で、人がまばらなのが救いだった。
あやめは最後に送られてきたメッセージに鼓動を早くして、顔を真っ赤に染めあげる。
──どうしてこうなっちゃったんだろう……。
考えを巡らせたところで、昨夜の出来事をより鮮明に思い出してしまうだけだ。
あやめは俯いて、甘く疼く身体を持て余していた。
◇
昨夜、あやめは居酒屋にいた。海鮮を売りにした、どこにでもあるお手頃価格のチェーン店。
高校時代からの親友、佳菜子とふたりで乾杯をして、互いに上司や仕事の愚痴を言い合う。そんな、よくある日常だった。
「で、どうなの前に言ってたセクハラ上司は」
「相変わらず。視線は気持ち悪いし猥談多いし仕事しないし。指導か何か入らないかな。そろそろ匿名で人事部に文書でも送ってやりたい」
「あ~」
佳菜子は運ばれてきたばかりのハイボールを呷り、にやりと笑う。
「でもな~その上司とか、よく話題に上がる同僚の……渡部だっけ? そいつの気持ちもわかるわ。あやめみたいに可愛くて巨乳の女の子が目の前うろうろしてたらさ、そりゃ仕事なんてそっちのけで乳ばっか見ちゃうでしょ」
「やめてキモイ」
佳菜子の視線を胸に感じて、あやめはスッと姿勢を正す。話をしているとついつい身体が前のめりになり、小さくない胸が机の上に乗ってしまうのだ。
「気にしてるのに……」
「ごめんごめん、同じ女からしたら羨ましいけどね~? もうそんなのマンガのキャラじゃん」
「でも太って見えるし着られる服限られてくるし、ブラだって可愛いの少なくなるし。男の人なんて露骨に胸に話かけてくるんだよ」
「勿体ないな~あやめは顔だって可愛い良い子なのにさ。男どもは自分でチャンス逃してんね」
佳菜子はそう言って笑い、魚のフライをかじる。
これも何度繰り返された会話だろう。あやめは小さくため息をついて、少し乾いてきた刺身をつついた。
「もう二十七だっていうのに……一生彼氏できないのかな。職場では重役の愛人とかいう不名誉な噂まで流されちゃってさ。女の子の友達もなかなかできないし」
あやめはどこにでもいそうな、一般企業のOLだ。
ダークブラウンの髪を緩く巻いて、すっきりとしたきれいめなファッションを好む、おっとりとした雰囲気の会社員。
そんな平凡な人間なだけに、人よりも少しだけ大きな胸をもつことが全てを台無しにしていると、あやめは思っている。
いいなと思った相手は必ずと言っていいほど下心満載で接してくるし、なにを勘違いしてか、あからさまに下ネタを振ってくる男の人は驚くほど多い。
あやめだって二十七歳。性的なことに興味がないわけじゃない。
むしろ発散されることの無い、溜まりに溜まった性欲は多い方だと思うし、無駄な属性ともいえる処女なんて早く捨ててしまいたいとさえ思っている。
それでもあやめにだって選ぶ権利はあるはずだ。そう見るからにがっつかれると、生理的に無理だと拒否反応をおこしてしまうというもので。
「いいなぁ佳菜子はかっこいい彼氏がいて」
「んふふ」
あやめとは違い、コミュ力の高い佳菜子はフットワークも軽く、会うたびに違う彼氏を連れている。
そろそろ落ち着きたいとここ二、三年言い続けているが、この恋多き女が落ち着くのは当分先になるだろう。ちなみに、今の彼は(佳菜子曰く)そこそこ売れてるバンドマンらしい。
「それがね、聞いてよ恭ちゃんってば……っと、ごめん電話。恭ちゃんだ」
はーい、と一オクターブ高い声で電話に出た親友を生暖かい目で眺め、この店の人気商品である海鮮サラダをつまむ。
しょうゆベースのドレッシングが野菜や具材にバチっと合い、さっきから箸が止まらない。
これは家でも再現できないだろうか。いやだめだ、最終的にごま油で整えるという力技に出てしまう未来が見える。帰りにちょっといいドレッシングを買っていくのが圧倒的勝利に違いない。
「うん、えっ、そうなんだ! うん、ならあとでね。はーい」
そう機嫌よく電話を切り、スマホを鞄に仕舞う佳菜子。またかとじっとりとした目を向けると、彼女は笑みを浮かべ、鞄を手にした。
「もしかして……」
「ごめんねあやめ! 恭ちゃん、今からうち来るって言うから帰る」
「でも今日は軽く飲んでから、久々にスパ行こうって」
「あのね、あやめとはこれからもずっと親友だけど、恭ちゃんが彼氏でいる時間は今後どれだけあるかわからないの。だからごめんね! 今度ちょっと良いご飯奢るから」
あまりに潔い言葉を残し、佳菜子は颯爽と席を立って行ってしまった。恋愛至上主義の佳菜子はいつもこうである。
「お待たせしました! コークハイでーす!」
なにも知らない店員が、佳菜子の頼んだドリンクを机に置いて行ってしまった。グラスいっぱいに注がれた甘そうなコークハイ。
「も~佳菜子め! 本当に勝手なんだから!」
と、グラスを引き寄せようと手に持ったとき。
後ろの席に座っていた人が勢いよく立ち上がり、その身体があやめの背中にぶつかってしまう。
「あっ」
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