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:厄介なお客さまー5:
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カタリナが宰相を探して走り回り、ようやく発見した先では、宰相のほかに、ベルナール国王と宮廷騎士のマティスが居た。
「あ、の――皆様方のお耳に入れたいことがございます」
部屋に入るなり床に平伏した彼女に、マティスが近寄ってきた。
「どうしたんだ、その姿!? あっと……君は、カタリナ、だったね」
はっとした表情の国王が立ち上がり、退室したかと思うと、すぐにシンプルなデイドレスを持って戻ってきた。
その意を理解したマティスが受け取って、カタリナに渡す。
王族のドレスなど恐れ多くて受け取れない、と慌てて首を振るカタリナを立たせて自分の背に隠したのはマティスだ。
「ローテローゼさまが薔薇園に出る時によくお召しになっているドレスとお揃いだよ」
マティスの影で、素早くドレスを纏ったカタリナの目には不思議な光が宿っていた。
「その――この書状を……ヴァーン皇子殿下のお付きの方からお預かりしてまいりました」
受け取って中身を読んだ一同は、一様に重いため息を漏らした。
「詫び状――わたしが預かろう」
「陛下、ありがとうございます」
詫び状とは別に、もう一枚。そこには皇子の野望を書き記した、走り書きのようなメモがついていた。
「つまり――カタリナ」
「は、はい」
「このヴァーン皇子は、どうしてもローテローゼさまに会いたい、と?」
宰相が震える声で言う。
「はい」
「そして今も――ローテローゼさまを襲お、いや、お姿を探して勝手に後宮を散策している、と?」
「はい。野蛮な男から、あたしたちの王女さまをお守りください!」
あたしたちの? と、宰相が小さく呟いた。
「あ、すみません……こちらの王族のみなさまは、気さくな方が多いのですが、ローテローゼさまは、ことさらお優しくて、あたしたちの労働環境改善や、お給料や学校とか気を配ってくださいます。しょっちゅうあたしたちの暮らすお部屋に来て、一緒にお茶したりこっそりお買い物に連れて行ってくださったり。あたしたちメイドは結婚なんてのぞめないんですけど、いい縁談があればお嫁に出してくださるんです。ローテローゼさまは、あたしたちの希望です」
うっとりとカタリナが語る。宰相やマティスも知らなかった、ローテローゼの一面だ。
ふいに国王が、黙って少女の手を取った。
「へ、陛下……」
「こわかっただろう?」
はい、と、カタリナが目を伏せた。
「ローテローゼの心配をしてくれて、ありがとう」
「陛下……未遂で終わりましたので、あたしは大丈夫です。どうか、ローテローゼさまを、お守りください」
しかし、いかに野蛮で無礼な者とはいえ、他国の、それも国交がある国の皇子を無碍に扱うこともできない。
「とりあえずの策としては……公式な行事に立て続けに招待して会場に縛っておくことでしょうか」
宰相が唸りながら言うが、マティスは首を傾げた。
「出席しない、いやだ、と駄々を捏ねられたらおしまいですが……」
「それは……わたしが……招待する」
「はぁ、なるほど陛下のご招待とあれば出席しますね。勝手に席を外すかもしれませんが、その時は私が尾行しても?」
「いや、マティスは何があっても会場にいてくれたほうが、我々は安心だ」
「わかりました」
「では……一度中止と伝えた今……の晩さん会を、行う――それから……」
ローテローゼ、いや、国王が、優しいまなざしで床に座り込んだままの少女を見た。
未遂だったとはいえ、男に襲われて平気な少女がいるはずはない――という国王の提案で、彼女はその場で『宰相の屋敷付きメイド』として配置替えが行われた。実は妻と父を立て続けに亡くした宰相の屋敷には、年頃の娘が一人と年老いた宰相の母がいる。
「人手不足の我が屋敷、助かります。では、さっそく」
「そんな、あたしなんかに過分なご配慮……ありがとうございます」
絨毯に崩れ落ちて泣く彼女を宰相がそっと立たせ、マティスは部下の一人を彼女の護衛につけた。
「あ、の――皆様方のお耳に入れたいことがございます」
部屋に入るなり床に平伏した彼女に、マティスが近寄ってきた。
「どうしたんだ、その姿!? あっと……君は、カタリナ、だったね」
はっとした表情の国王が立ち上がり、退室したかと思うと、すぐにシンプルなデイドレスを持って戻ってきた。
その意を理解したマティスが受け取って、カタリナに渡す。
王族のドレスなど恐れ多くて受け取れない、と慌てて首を振るカタリナを立たせて自分の背に隠したのはマティスだ。
「ローテローゼさまが薔薇園に出る時によくお召しになっているドレスとお揃いだよ」
マティスの影で、素早くドレスを纏ったカタリナの目には不思議な光が宿っていた。
「その――この書状を……ヴァーン皇子殿下のお付きの方からお預かりしてまいりました」
受け取って中身を読んだ一同は、一様に重いため息を漏らした。
「詫び状――わたしが預かろう」
「陛下、ありがとうございます」
詫び状とは別に、もう一枚。そこには皇子の野望を書き記した、走り書きのようなメモがついていた。
「つまり――カタリナ」
「は、はい」
「このヴァーン皇子は、どうしてもローテローゼさまに会いたい、と?」
宰相が震える声で言う。
「はい」
「そして今も――ローテローゼさまを襲お、いや、お姿を探して勝手に後宮を散策している、と?」
「はい。野蛮な男から、あたしたちの王女さまをお守りください!」
あたしたちの? と、宰相が小さく呟いた。
「あ、すみません……こちらの王族のみなさまは、気さくな方が多いのですが、ローテローゼさまは、ことさらお優しくて、あたしたちの労働環境改善や、お給料や学校とか気を配ってくださいます。しょっちゅうあたしたちの暮らすお部屋に来て、一緒にお茶したりこっそりお買い物に連れて行ってくださったり。あたしたちメイドは結婚なんてのぞめないんですけど、いい縁談があればお嫁に出してくださるんです。ローテローゼさまは、あたしたちの希望です」
うっとりとカタリナが語る。宰相やマティスも知らなかった、ローテローゼの一面だ。
ふいに国王が、黙って少女の手を取った。
「へ、陛下……」
「こわかっただろう?」
はい、と、カタリナが目を伏せた。
「ローテローゼの心配をしてくれて、ありがとう」
「陛下……未遂で終わりましたので、あたしは大丈夫です。どうか、ローテローゼさまを、お守りください」
しかし、いかに野蛮で無礼な者とはいえ、他国の、それも国交がある国の皇子を無碍に扱うこともできない。
「とりあえずの策としては……公式な行事に立て続けに招待して会場に縛っておくことでしょうか」
宰相が唸りながら言うが、マティスは首を傾げた。
「出席しない、いやだ、と駄々を捏ねられたらおしまいですが……」
「それは……わたしが……招待する」
「はぁ、なるほど陛下のご招待とあれば出席しますね。勝手に席を外すかもしれませんが、その時は私が尾行しても?」
「いや、マティスは何があっても会場にいてくれたほうが、我々は安心だ」
「わかりました」
「では……一度中止と伝えた今……の晩さん会を、行う――それから……」
ローテローゼ、いや、国王が、優しいまなざしで床に座り込んだままの少女を見た。
未遂だったとはいえ、男に襲われて平気な少女がいるはずはない――という国王の提案で、彼女はその場で『宰相の屋敷付きメイド』として配置替えが行われた。実は妻と父を立て続けに亡くした宰相の屋敷には、年頃の娘が一人と年老いた宰相の母がいる。
「人手不足の我が屋敷、助かります。では、さっそく」
「そんな、あたしなんかに過分なご配慮……ありがとうございます」
絨毯に崩れ落ちて泣く彼女を宰相がそっと立たせ、マティスは部下の一人を彼女の護衛につけた。
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