ドS変態若社長に調教溺愛されそうなので全力で回避したいけど無理かもしれない

酉埜空音

文字の大きさ
14 / 46

:若社長、嘆息する:

しおりを挟む
 若き社長住良木辰之進は焦っていた。
 己の屋敷で、愛する彩葉のそばにピンクスーツの変態がいるというのに己は会議なのである。
 しかも会議は、行き詰まっていた。
 買収した企業が行っていた老舗の音楽教室事業が赤字のため撤退することがほぼ決まっている。
 だが、辰之進は決断できずにいた。それでいいのか? と、疑問が付き纏うのだ。
 なんでもスパスパと決める傾向にある辰之進が悩むのは珍しい。
「何が引っかかっているのですか?」
 と、専務がそっと尋ねてくる。
 確かに、何かが引っかかっているから決断できないのだが何が引っかかるのか――。
「……くそっ……なんだ、何が引っかかる……?」
 資料に再度、目を通す。なんだ、どこだ、と呟く辰之進の目がぴたりととまった。
「これだ……」

 老舗。この二文字である。同時に彩葉の声が、脳裏によみがえる。

 江戸時代から続く老舗をひいおじいさまが現代に合う形にして、おじいさまが盛り立てて、パパが命がけで守ろうとしてる会社だもん。跡取りのあたしも頑張るの

 江戸時代からではないにせよ、この音楽教室もはじまったのはかなり古い。多くの人たちが音楽教室を潰さないように努力してきたのだろう。
 それを簡単に消してしまっていいのだろうか、という今までにない想いが辰之進の中に浮かんできた。
「あ……まて、ちょっと思いついたことがある」
「社長?」
 思い付きで辰之進が発言するなど増々珍しいが、一同、若き社長をじっと見つめる。
「この事業――老舗のご令嬢に立て直しを任せてみたいんだがどうだろうか?」
 そう発言した己が一番驚いたが、一度動き出した口は止まらない。
「老舗の良いところも悪いところも、老舗の者なら熟知しているだろう。我々にはない発想があるかもしれない。それでも黒字にならないなら、その時は……」
 ほう、と呟いたのは誰だったか。会議室に先ほどとは違う沈黙が下りた。
「その、ダメだろうか」
 思わず専務の方を見ると、専務は驚いた顔をしていたがすぐに柔和な笑顔になった。
「これまでの辰之進さんからは絶対に出てこないだろう考え方ですが、それもまた良いかと存じます」
「そ、そうか」
 ぐるっと会議室を見回すが、反対意見はないようである。
「となれば、もう少し細部を詰めねばなりません、社長」
「ああ、わかっている。次の会議までには……」
「内容も内容ですが、肝心のご令嬢にきちんと話を通すこともお忘れなきよう」
 辰之進が「あ」という顔になった。この専務は、辰之進が誰のことを思い浮かべているのかまで、お見通しであるらしい。
「専務、俺が話をするのか?」
「当然です。そうですね、来週の会議までにご令嬢を口説き落として、来年度から事業が進められるようにしておいてくださいね」
 う、と辰之進は唸って椅子に沈み込んだ。
 
 若き社長住良木辰之進は唸っていた。
 仕事を終えて屋敷に戻ると、彩葉はいつもどおりにミニスカメイド姿で、他のメイドたちと一緒に出迎えてくれた。
「おかえりなさいませ」
 ただし、その隣にピンクのスーツが纏わりついている。それはもう、べったりと。
 一日中、こうやって最愛の彩葉に纏わりついていたのだと思うと非常に腹立たしいが、その男の頬は腫れてスーツの腹部に足跡のようなものがついているところを見れば、ちょっかいをかけて彩葉の反撃にあったのだろう。
「九条、変わりないか」
「はい、ナカゾノ工業の跡取り殿が花瓶を二つ割りました。彩葉さんに不埒な真似を働いて撃退されること三度。それはもう、見事なプロレス技でございました」
「まて……曲がりなりにも大企業の御曹司にプロレス技をかけたのか!?」
 辰之進が慌てて彩葉を見、ピンクスーツの幼馴染を見る。
「身の危険を感じたので。正当防衛です」
 しれっと彩葉が言う。問題にならないだろうか、と考えるが、その首筋に赤い痕がついているのをみて、辰之進の理性が吹っ飛んだ。
「彩葉、ちょっと来い。詳しく聞きたい」
「はぁい……」
「辰之進、ぼくは?」
「お前は九条と一緒に書庫の整理だ」
 えーっ、と言いながら彩葉の腰に手を回す不埒者を、べりっと引きはがす。
「お前が今朝読みたがっていた論文をメールで取り寄せたから好きに読め」
「わ、ほんとに? 辰之進、そういう投資は惜しまないねぇ」
「俺も気にはなっていたんだ。先に軽く目を通したが、お前の意見も聞きたい」
「了解、じゃあ急いで読んじゃうね」
 こうやって真面目な会話をしていれば二人とも美形御曹司なんだけどなぁ、と、彩葉が小さく呟く。
「……じゃあ、あとでね、彩葉ちゃん」
 彩葉の体を強引に抱き寄せて、素早くキスをする。
「んん、んーっ!」
 ご丁寧に舌まで入れるものだから彩葉がばたばたと藻掻いた。かと思うと、ピンクスーツが急に床に崩れ落ちた。白目を剥いている。
「……お前の武術の師匠は素人相手に技を繰り出してはいけないと教えなかったのかねぇ……」
「ふんっ。所かまわずセクハラ働く御曹司どもをまとめて始末したって言えば、師匠も許してくれるわ」
「セクハラとは失礼な……俺のは愛情表現だぞ?」
 辰之進は真顔で言ったのだが、彩葉は「へっ」と鼻先で笑い飛ばしてしまう。
「坊ちゃま……お可哀相に……努力の方向が間違っているから伝わらないのですよ」
「だ、黙れ九条!」
「はいはい」
 しかし、事実、彩葉にちっとも辰之進の気持ちは伝わっていないのである。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

ハイスペック上司からのドSな溺愛

鳴宮鶉子
恋愛
ハイスペック上司からのドSな溺愛

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...