ゆびさきから恋をする

sae

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鬼上司はやはり雲の上の人(side千夏)1

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 給湯室横を通り過ぎようとするとき中で声がして思わず足を止めたのは私の名前が出たからだ。

「あぁ、あの子ね……可愛いとは思うけど、派遣でしょ?派遣社員って信用できないんだよなぁ」
「え~でも胸でかいしさ、一回お相手願いたいな。うまく誘えばワンチャンないかな」
「ないだろ、職場でよくそんな面倒なことやりたがるな」
 姿を見られたくなくてそっと陰に隠れた。給湯室を出ていく後ろ姿を確認すると知った人だ。

(――中村なかむらさん、そういう風に思ってたんだな)

 製造部の中村さん。半年に一度仕事を引き受けるだけの関係だけど会うといつもお礼を言ってくれた。
 優しそうが第一印象で少し気弱な雰囲気がむしろ可愛いくていいな、と思った。好きと言っても好意的という意味だけど、好きになるならこんな人がいいなと思っていた。

(そもそも対象でもないじゃん、私なんか)

 派遣でいると恋もできないのか。

 中村さんも木ノ下さんと同じ、私じゃなく派遣社員のフィルターを外してくれない。それなら胸がでかくていいなと思ってくれるもう一人の方がずっと誠実かもしれない。

(いや、全然誠実じゃないわ。なんだよワンチャンって)

 自分の思いに自分で突っ込んで虚しくなった。

 フラスコにつけてたチューブを抜き替えてエンターキーを押した。装置がくるくると回ってチューブが液を吸い上げていくのをぼんやりと見つめる。
 規則的に動いて決められた通り測定を始める装置のように、一定のリズムで感情に振り回されずに仕事をし続けられたらいいのに。
 どうやったらもっとうまく気持ちをコントロールできるのだろう。何年働いたら消化できるのか、いや多分もう気づいている。

 年数じゃない、だってもう五年も働いてるのにこのしがらみは重くなるばかり。

 頑張ろうと思う日もあって。
 もう無理だと辛い日もあって。
 それを繰り返して月日だけが経っていた。結局、自分で自分を振り回している。

(しんどい)

 心の奥がもうずっとしんどい。

 重い錘を腹の底に埋められたようにしんどさだけが募っていく。いろんな人の何気ない言葉や態度がその錘をますます重くさせた。

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