ゆびさきから恋をする

sae

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 そんな時だ。静かになった室内に響いた音。

「「あ」」
 お互いの声が重なったとき久世さんの背中越しから物々しい機械音が鳴り響く。

 ウィィィン……カチ、っという音に二人で顔を見合わす。久世さんがドアノブに手をかけると扉が開いた。

「開いたぁ!」
 思わず歓喜の声をあげるとすかさず外に出て自動ロックの解除ボタンを押す。扉を開けたまま私に指示を出してきた。

「とりあえず今使わないファイル一個持ってきて」
「え?ファイル?」
「どれでもいい、ごついやつ、それ」と、指さすのは下に重ねられた過去の依頼書ファイル。持っていくとドアの隙間に挟んでストッパー代わりにした。

「先に携帯取ってくる。また電気が落ちても困るし同じことが起きたらたまんないからね。あと依頼書、ついでに取ってくる」
「あ、はい」
 すぐにいろいろ考えられるんだなと感心していると17時の定時のチャイムが鳴った。

「あ……」
 チャイム音に反応して声を漏らすと久世さんがジッと見つめてきた。

「……どうする?もう帰る?」
 何かを含んだような笑みを浮かべて聞いてくる。

「……いえ、今日は残業します」
 その笑いに乗っかった。

「了解、依頼書取ってくるよ」
 長い足が駆けるように廊下を走っていくのを扉の中から覗いて感じてしまった。

(あぁ、どうしよう)

 私はもしかして、気づかないようになんて言い訳をしてきただけなんだろうか。胸に刺さった棘が取れようとしている。グラグラと……あんなにきつく刺していたはずなのに、いつからこんなに揺らぎだしていたのか。
 仕事をして、任されて、信頼されて自惚れ出していた。そこに変な勘違いまで持ち込んだらもう部下でなんかいられない。

 気づかれたくない、なんとか自分を誤魔化して部下の顔をし続けないと。
 そうじゃなきゃ――もう久世さんの傍で仕事ができない。

(いやだ……私、久世さんの下で働きたい……)

 そして私は自分にそう言い聞かせて、心の中で育ちだした気持ちに必死で蓋をしようとしていた。

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