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少し冷えてきて、雨のせいでだんだん室内も暗くなってきている。電気はすぐに回復しそうにない。雷は少し落ち着いてきた気がするけど、暗闇は苦手。小学生の時誤って体育倉庫に閉じ込められて一晩過ごしそうになったことがある。あの日のことはいつまでたっても忘れられなくて、その時感じた恐怖心と孤独をまた思い出した。
でも今は違う。
(久世さんがいてくれる)
心の底から思った。一人だったら、だけじゃない。ここにほかの誰がいるよりも安心できた。そう思ってハッとした。同時に、胸の奥に刺さったいつかの棘が疼いたのに気づいて困惑した。
久世さんが何か考えているようにぶつぶつ言っていたがはっきり言ってほとんど耳には届いてこなくて。最後に自家発電に切り替わるだろうから回復するまでもう少し我慢して、と普段からは想像できないような優しい声で告げられてどこかホッとした。
(このままこうしていたら、おかしくなりそう)
そう思っているのに、「怖いならもっとちゃんと掴まって。俺はいいから」またそんな優しい言葉を言ってくるから、胸がじんっとして……キュンとなる。
暗闇が怖い、そんな気持ちよりも先に縋りたいような気持ちが沸いた。
そしてその気持ちは久世さん相手だから沸いたのだと。頭より先に体が、足が一歩近づいていた。
「ごめんなさい、もう少しだけ……我慢してもらっていいですか」
制服の裾をきつく握り返した。
近づいた距離に胸が勝手にドキドキしていく。
制服からする香りは柔軟剤なのか、さわやかで柔らかい匂いがして余計に鼓動は速まった。人の体温をはらんで放たれる香りはどうしてこんなに甘く届くのだろう。
この胸を叩くドキドキに名前を付けたら何になるのか。考えたくないのに考えてしまう。
「……もうすぐ十七時かぁ」
時計を見ながらつぶやいた久世さんの声にフイに視線が上がった。
「定時であがれないな、今日」
そう言われてあいまいに微笑む。
「これって残業代つけれます?」
「めっちゃ残業じゃん、しっかりつけて」
「ええ?だって仕事してない」
笑うと笑われた。
「仕事だよ、会社の都合に振り回されてたら全部仕事。割り切ってつけてください」
「……はい」
そう言われたらもう頷くしかない。
「だいたいさ……効率よくやりすぎじゃない?」
いきなりそんなことを言われてもどう返せばいいのか。
「仕事ってそういうものじゃないですか?」
「いや、そうなんだけどさ。もっと手を抜けって話だよ」
手を抜く……言葉を反芻させながら考える。
「抜いてる……と思いますけど」
「そう?じゃあもっと」
「え?もっと?」
笑ってしまった。
「自分が思っているその半分以上は抜いてみて。それくらいしてもいい」
(半分って……)
「そんなことしたら私、仕事さばけないと思います」
「大丈夫。また効率あがるよ」
仕事ができる人がそう言うならそうなのかもしれない。暗くなってきた室内だけど目だけがどんどん冴えてきて、なんとなく久世さんの顔を見たくなってしまった。静かになった部屋の中でお互いの息しか聴こえない。身体が触れあう瞬間だけ空気が動いた。
「もっとうまくやれよ」
その声が優しくて。
頭の上から降ってくるみたいに優しくて顔が自然と上に向いてしまった。そして感じる……視線を。
(久世さんも……私を見てる?)
視線を逸らせれずにいるといきなり部屋の照明がついた。
でも今は違う。
(久世さんがいてくれる)
心の底から思った。一人だったら、だけじゃない。ここにほかの誰がいるよりも安心できた。そう思ってハッとした。同時に、胸の奥に刺さったいつかの棘が疼いたのに気づいて困惑した。
久世さんが何か考えているようにぶつぶつ言っていたがはっきり言ってほとんど耳には届いてこなくて。最後に自家発電に切り替わるだろうから回復するまでもう少し我慢して、と普段からは想像できないような優しい声で告げられてどこかホッとした。
(このままこうしていたら、おかしくなりそう)
そう思っているのに、「怖いならもっとちゃんと掴まって。俺はいいから」またそんな優しい言葉を言ってくるから、胸がじんっとして……キュンとなる。
暗闇が怖い、そんな気持ちよりも先に縋りたいような気持ちが沸いた。
そしてその気持ちは久世さん相手だから沸いたのだと。頭より先に体が、足が一歩近づいていた。
「ごめんなさい、もう少しだけ……我慢してもらっていいですか」
制服の裾をきつく握り返した。
近づいた距離に胸が勝手にドキドキしていく。
制服からする香りは柔軟剤なのか、さわやかで柔らかい匂いがして余計に鼓動は速まった。人の体温をはらんで放たれる香りはどうしてこんなに甘く届くのだろう。
この胸を叩くドキドキに名前を付けたら何になるのか。考えたくないのに考えてしまう。
「……もうすぐ十七時かぁ」
時計を見ながらつぶやいた久世さんの声にフイに視線が上がった。
「定時であがれないな、今日」
そう言われてあいまいに微笑む。
「これって残業代つけれます?」
「めっちゃ残業じゃん、しっかりつけて」
「ええ?だって仕事してない」
笑うと笑われた。
「仕事だよ、会社の都合に振り回されてたら全部仕事。割り切ってつけてください」
「……はい」
そう言われたらもう頷くしかない。
「だいたいさ……効率よくやりすぎじゃない?」
いきなりそんなことを言われてもどう返せばいいのか。
「仕事ってそういうものじゃないですか?」
「いや、そうなんだけどさ。もっと手を抜けって話だよ」
手を抜く……言葉を反芻させながら考える。
「抜いてる……と思いますけど」
「そう?じゃあもっと」
「え?もっと?」
笑ってしまった。
「自分が思っているその半分以上は抜いてみて。それくらいしてもいい」
(半分って……)
「そんなことしたら私、仕事さばけないと思います」
「大丈夫。また効率あがるよ」
仕事ができる人がそう言うならそうなのかもしれない。暗くなってきた室内だけど目だけがどんどん冴えてきて、なんとなく久世さんの顔を見たくなってしまった。静かになった部屋の中でお互いの息しか聴こえない。身体が触れあう瞬間だけ空気が動いた。
「もっとうまくやれよ」
その声が優しくて。
頭の上から降ってくるみたいに優しくて顔が自然と上に向いてしまった。そして感じる……視線を。
(久世さんも……私を見てる?)
視線を逸らせれずにいるといきなり部屋の照明がついた。
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