ゆびさきから恋をする

sae

文字の大きさ
15 / 36

2

しおりを挟む
 少し冷えてきて、雨のせいでだんだん室内も暗くなってきている。電気はすぐに回復しそうにない。雷は少し落ち着いてきた気がするけど、暗闇は苦手。小学生の時誤って体育倉庫に閉じ込められて一晩過ごしそうになったことがある。あの日のことはいつまでたっても忘れられなくて、その時感じた恐怖心と孤独をまた思い出した。

 でも今は違う。

(久世さんがいてくれる)

 心の底から思った。一人だったら、だけじゃない。ここにほかの誰がいるよりも安心できた。そう思ってハッとした。同時に、胸の奥に刺さったいつかの棘が疼いたのに気づいて困惑した。

 久世さんが何か考えているようにぶつぶつ言っていたがはっきり言ってほとんど耳には届いてこなくて。最後に自家発電に切り替わるだろうから回復するまでもう少し我慢して、と普段からは想像できないような優しい声で告げられてどこかホッとした。

(このままこうしていたら、おかしくなりそう)

 そう思っているのに、「怖いならもっとちゃんと掴まって。俺はいいから」またそんな優しい言葉を言ってくるから、胸がじんっとして……キュンとなる。

 暗闇が怖い、そんな気持ちよりも先に縋りたいような気持ちが沸いた。
 そしてその気持ちは久世さん相手だから沸いたのだと。頭より先に体が、足が一歩近づいていた。

「ごめんなさい、もう少しだけ……我慢してもらっていいですか」
 制服の裾をきつく握り返した。

 近づいた距離に胸が勝手にドキドキしていく。
 制服からする香りは柔軟剤なのか、さわやかで柔らかい匂いがして余計に鼓動は速まった。人の体温をはらんで放たれる香りはどうしてこんなに甘く届くのだろう。

 この胸を叩くドキドキに名前を付けたら何になるのか。考えたくないのに考えてしまう。


「……もうすぐ十七時かぁ」
 時計を見ながらつぶやいた久世さんの声にフイに視線が上がった。

「定時であがれないな、今日」
 そう言われてあいまいに微笑む。

「これって残業代つけれます?」
「めっちゃ残業じゃん、しっかりつけて」
「ええ?だって仕事してない」
 笑うと笑われた。

「仕事だよ、会社の都合に振り回されてたら全部仕事。割り切ってつけてください」
「……はい」
 そう言われたらもう頷くしかない。

「だいたいさ……効率よくやりすぎじゃない?」
 いきなりそんなことを言われてもどう返せばいいのか。

「仕事ってそういうものじゃないですか?」
「いや、そうなんだけどさ。もっと手を抜けって話だよ」
 手を抜く……言葉を反芻させながら考える。

「抜いてる……と思いますけど」
「そう?じゃあもっと」
「え?もっと?」
 笑ってしまった。

「自分が思っているその半分以上は抜いてみて。それくらいしてもいい」

(半分って……)

「そんなことしたら私、仕事さばけないと思います」
「大丈夫。また効率あがるよ」
 仕事ができる人がそう言うならそうなのかもしれない。暗くなってきた室内だけど目だけがどんどん冴えてきて、なんとなく久世さんの顔を見たくなってしまった。静かになった部屋の中でお互いの息しか聴こえない。身体が触れあう瞬間だけ空気が動いた。

「もっとうまくやれよ」
 
 その声が優しくて。

 頭の上から降ってくるみたいに優しくて顔が自然と上に向いてしまった。そして感じる……視線を。

(久世さんも……私を見てる?)

 視線を逸らせれずにいるといきなり部屋の照明がついた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

愛想笑いの課長は甘い俺様

吉生伊織
恋愛
社畜と罵られる 坂井 菜緒 × 愛想笑いが得意の俺様課長 堤 将暉 ********** 「社畜の坂井さんはこんな仕事もできないのかなぁ~?」 「へぇ、社畜でも反抗心あるんだ」 あることがきっかけで社畜と罵られる日々。 私以外には愛想笑いをするのに、私には厳しい。 そんな課長を避けたいのに甘やかしてくるのはどうして?

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

会社のイケメン先輩がなぜか夜な夜な私のアパートにやって来る件について(※付き合っていません)

久留茶
恋愛
地味で陰キャでぽっちゃり体型の小森菜乃(24)は、会社の飲み会で女子一番人気のイケメン社員・五十嵐大和(26)を、ひょんなことから自分のアパートに泊めることに。 しかし五十嵐は表の顔とは別に、腹黒でひと癖もふた癖もある男だった。 「お前は俺の恋愛対象外。ヤル気も全く起きない安全地帯」 ――酷い言葉に、菜乃は呆然。二度と関わるまいと決める。 なのに、それを境に彼は夜な夜な菜乃のもとへ現れるようになり……? 溺愛×性格に難ありの執着男子 × 冴えない自分から変身する健気ヒロイン。 王道と刺激が詰まったオフィスラブコメディ! *全28話完結 *辛口で過激な発言あり。苦手な方はご注意ください。 *他誌にも掲載中です。

処理中です...