ゆびさきから恋をする

sae

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 パンッ、とキーボードをたたく音にハッとした。

「測定終わってる」
 骨ばった長い指がパソコンのキーボードから離れてその指先を見送ると久世さんがいた。ぼんやりしてしまっていた。ただそれだけの私を心配そうに見下ろしてくる。

「どした?なんか体調悪い?」
「……いえ、ちょっと……ボーっとしてました、すみません」
「……なんか顔色悪いけど」
 大丈夫?覗き込まれて腰を引いた。

「平気です」
 イケメンに見られるのは慣れていない。しかもただのイケメンじゃない。意識すると終わる、その思いだけで顔を背けた。

「……これ、承認下りた」
 渡されたのは先日言われて提出した改善提案書。

 中を見ると私が書いたより明らかに長い文章、しかも細かく大げさに書き換えられているから突っ込まずにはいられない。

「あの、私が書いたものと明らかに変わってる気がします」
「今回は特別。それ見て書き方勉強するように」
「なんかとんでもなく大げさになってません?こんな大層に書くことじゃない気がするんですけど」
「書き方で査定評価変わるんだから同じもらうなら高い評価つけさせるの当然だろ。小遣い稼ぎだよ、がんばって」
 がんばって、今の私には辛い言葉だ。

 頑張りたい気持ちはある、応えたい気持ちもある。でも、やるせない。頭がついていかない。

 この人の下でもっと仕事がしたいのに。

「……はい」

 無視できなくてなんとか返事をした。返事とは裏腹に胸が苦しかった。
 仕事を与えられて自分が久世さんにとって特別な何かになったみたいな気になっていた。

 でも違う。

 私はただの派遣社員でただの部下。
 久世さんにとっては仕事をさばくただの駒にすぎない。それをもっとちゃんと自覚しないと今以上に辛くなる。

「菱田ちゃん」
 名前を呼ばれて顔を上げると、珍しい人が実験室に顔を出した。

高宮たかみやさん。お疲れ様です」
 品質管理部の高宮さんだ。

「お疲れ様。今日も可愛いね」
 高宮さんも相変わらず軽いが不快感はないのは高宮さんの人柄だと思う。いつもこんな愛想を添えてくれるのもいい加減申し訳ないが言い返すのも変に意識しているみたいだからニコッと私も愛想でスルー。

「珍しいですね、どうしたんですか?」
「久世と待ち合わせなんだけど……いない?」
「え?」
 さっきまでいたけれど出て行ったのか。相変わらず忙しい人だ。

「事務所かな。ちょっと待たせてもらいまーす」
 そういって椅子を引っ張ってきて測定している私の隣に流れるように座った。

(慣れてらっしゃる……)

「久世の下で大変じゃない?あいつキツイでしょ、苛められてない?」
「苛められてませんよ?よくしてもらってます」
「嘘、あいつの評判なかなかエグイよ?」
「そうなんですか?ていうか、お二人は、その……」
 会話の感じから親しそうに見える。

「同期。付き合いはそこそこかな」

(同期……)

 そう言う高宮さんの顔をジッと見つめてしまった。

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