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第5話 楽園の3人
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三界邸への訪問後、2人の刑事は沖縄行きの飛行機に乗る。
「三界さんの話を信じるなら」
正子が、小声で囁いた。
「12時半の時点で死臭がしてたから、遅くても午前10時半に殺されてたんですね」
「そうなるな。夏場は死んで死臭がするまで2から3時間が相場だから。鑑識の結果でも10時から13時の間に死んだと推定されてる。城間も10時過ぎに遺体を見つけたと話してる。別の犯人がいて城間の話が事実としても、鑑識結果との間に矛盾はない」
飛行機はやがて、那覇空港に到着した。沖縄県警の島袋(しまぶくろ)警部補が車で迎えに来たが、その顔はひきつっている。無理もない。自分達のシマに全国警察が首をつっこんできたのだから。日本中どこに行っても、日置は同じ扱いを受けていた。
「遠方からご足労いただいて恐縮ですが、今さら調べても、ホシが城間なのは動きませんよ」
島袋が、紙やすりで削るような口調で話した。その目は敵意に満ちている。
「念のための再調査です。無論結果が変わるとは、限りません」
日置は、笑顔で回答する。全国警察の2人の刑事は、勾留中の城間と会った。那覇警察署内の一室に連れてこられた城間は憔悴しきっている。
「全国警察の日置と、研川です。事件を別の観点から捜査するため、東京から参りました」
日置は手帳を城間に見せる。
「遠くから、お疲れ様です。こちらの刑事さんには信用されなかったけど、ぼくは殺してません。ぼくには親友と呼べる人間は2人しかいない。重石と三界です。そんなぼくが、重石を殺すわけがないです」
「重石さんの奥さんと編集者の有本さんも、犯人はあなたじゃないと話してました。また、城間さんの多くの読者も、あなたを犯人と信じてません」
「ありがたいです。推理物を書いてるから勘違いされるかもしれないけど、ぼくは小心者で、人殺しなんてできないです。情け無いですが、重石の死体を見た時も悲鳴を上げたぐらいで」
「城間さんは、重石さんを殺した犯人に心あたりはないですか?」
「ないと言いたいですが、彼は三界と険悪でした。さすがに殺しまでやらないと思うけど。実際三界は重石が殺された後島に来てるし」
「三界さんは、離婚した奥さんを殴りましたね?」
「彼も聖人君子じゃないです。ついカッとなってやっただけでしょう。実際反省してました」
「重石さんは、そんな三界さんと組むのをやめようとしてましたね」
「重石は暴力が許せなかったんです。それに三界はプロットを書くのが遅く、書いても出来が悪いので、ぼくと重石で直してました。もらう金は三等分なのに、三界はそれに見合う働きはなかった。それに彼は株で失敗してから、ぼくらに金をせびるようになったしね。重石からは、今後三界を外し2人でやろうと言われてました。自分は反対しましたが」
「三界さん以外で、重石さんとトラブルを抱えてた人に、心あたりはないですか?」
「ないです。重石は明るいし、人の悪口は言わないし、温厚な性格なんで、好かれてました」
「動機があるのは、三界さんだけですね。城間さんの知る限り」
質問に、城間は回答しなかった。日置はさらに、畳みかける。
「あなた以外の人が犯人なら、ホシは頭が良いんでしょうね。推理作家の先生なら、ぼくなんかより頭の良い方が大勢いらっしゃいそうですが、城間さんの知ってる作家に、重石さんに殺意を抱きそうな人はいますか?」
「そんな人は、いませんよ。事件の2日前の土曜東京で先輩作家主催のパーティーがありましたが、そこでも重石は人気者でした……そういえば、ちょっと不自然な事があったな」
「何でしょう」
「いや、パーティーの最中ぼくからちょっと離れた所で、重石と三界が楽しそうに話してたので。最近2人とも口を聞かなかったから、意外に感じたんです」
「でも、丸島では3人で打ち合わせする予定だったんですよね」
「仲が悪くても、業務上話さなければならない議題がありましたから。でも最近三界はぼくらが呼んでも、直接会おうとしなかったんです。それがどういう風の吹き回しか、あの日は丸島まで来てくれる話になったんです」
「前々日の土曜東京で会ったなら、丸島で月曜会う必要はなかったんじゃないですか」
「パーティー翌日の日曜昼に大阪で単独のサイン会があったので、重石は会場に遅くまでいられなくて。パーティーの開始前は開始前で、重石は直前まで出版社の編集者と、彼が単独で出す画集に関する打ち合わせをしてましたし。ぼくも丸島まで来てもらう必要はないと考えて東京で話そうと主張したんです。でも、重石と三界の両方から丸島で話をすると決まったからと押し切られて」
「そこは不自然ですね」
「重石も三界も『久々に沖縄の海が観たいから』と話してたのでそうは感じませんでした。2人共旅好きで、ぼくが丸島に住む前から、よく沖縄に遊びに行ってましたから。作家としてデビューして賞金をもらった時も記念に3人で沖縄旅行したんです。あの時は楽しかったな。まるで世界がぼく達3人のためにあるような気さえしました」
城間の唇に笑みがこぼれたが、やがてそれは蜃気楼のように消え去り、彼は再びがっくりと頭を垂れた。
「ちなみに丸島で打ち合わせするつもりだったと話しましたが、それとは別に重石は、三界と手を切る話をすると言ってました」
「三界さんは借金を抱えてるのに飛行機代払って沖縄に来るという話になったんですか」
横から正子が疑念を述べる。
「金の件は、解決したと三界から聞いてました。別の作家と共作で瑞穂書房から出版する話が決まり、瑞穂書房がその代わりに借金を返す流れになったそうです。ぼくへの借金も全額銀行振り込みで返済してくれたんです。今まで1度も返さなかったのでびっくりしました」
「三界さんの話を信じるなら」
正子が、小声で囁いた。
「12時半の時点で死臭がしてたから、遅くても午前10時半に殺されてたんですね」
「そうなるな。夏場は死んで死臭がするまで2から3時間が相場だから。鑑識の結果でも10時から13時の間に死んだと推定されてる。城間も10時過ぎに遺体を見つけたと話してる。別の犯人がいて城間の話が事実としても、鑑識結果との間に矛盾はない」
飛行機はやがて、那覇空港に到着した。沖縄県警の島袋(しまぶくろ)警部補が車で迎えに来たが、その顔はひきつっている。無理もない。自分達のシマに全国警察が首をつっこんできたのだから。日本中どこに行っても、日置は同じ扱いを受けていた。
「遠方からご足労いただいて恐縮ですが、今さら調べても、ホシが城間なのは動きませんよ」
島袋が、紙やすりで削るような口調で話した。その目は敵意に満ちている。
「念のための再調査です。無論結果が変わるとは、限りません」
日置は、笑顔で回答する。全国警察の2人の刑事は、勾留中の城間と会った。那覇警察署内の一室に連れてこられた城間は憔悴しきっている。
「全国警察の日置と、研川です。事件を別の観点から捜査するため、東京から参りました」
日置は手帳を城間に見せる。
「遠くから、お疲れ様です。こちらの刑事さんには信用されなかったけど、ぼくは殺してません。ぼくには親友と呼べる人間は2人しかいない。重石と三界です。そんなぼくが、重石を殺すわけがないです」
「重石さんの奥さんと編集者の有本さんも、犯人はあなたじゃないと話してました。また、城間さんの多くの読者も、あなたを犯人と信じてません」
「ありがたいです。推理物を書いてるから勘違いされるかもしれないけど、ぼくは小心者で、人殺しなんてできないです。情け無いですが、重石の死体を見た時も悲鳴を上げたぐらいで」
「城間さんは、重石さんを殺した犯人に心あたりはないですか?」
「ないと言いたいですが、彼は三界と険悪でした。さすがに殺しまでやらないと思うけど。実際三界は重石が殺された後島に来てるし」
「三界さんは、離婚した奥さんを殴りましたね?」
「彼も聖人君子じゃないです。ついカッとなってやっただけでしょう。実際反省してました」
「重石さんは、そんな三界さんと組むのをやめようとしてましたね」
「重石は暴力が許せなかったんです。それに三界はプロットを書くのが遅く、書いても出来が悪いので、ぼくと重石で直してました。もらう金は三等分なのに、三界はそれに見合う働きはなかった。それに彼は株で失敗してから、ぼくらに金をせびるようになったしね。重石からは、今後三界を外し2人でやろうと言われてました。自分は反対しましたが」
「三界さん以外で、重石さんとトラブルを抱えてた人に、心あたりはないですか?」
「ないです。重石は明るいし、人の悪口は言わないし、温厚な性格なんで、好かれてました」
「動機があるのは、三界さんだけですね。城間さんの知る限り」
質問に、城間は回答しなかった。日置はさらに、畳みかける。
「あなた以外の人が犯人なら、ホシは頭が良いんでしょうね。推理作家の先生なら、ぼくなんかより頭の良い方が大勢いらっしゃいそうですが、城間さんの知ってる作家に、重石さんに殺意を抱きそうな人はいますか?」
「そんな人は、いませんよ。事件の2日前の土曜東京で先輩作家主催のパーティーがありましたが、そこでも重石は人気者でした……そういえば、ちょっと不自然な事があったな」
「何でしょう」
「いや、パーティーの最中ぼくからちょっと離れた所で、重石と三界が楽しそうに話してたので。最近2人とも口を聞かなかったから、意外に感じたんです」
「でも、丸島では3人で打ち合わせする予定だったんですよね」
「仲が悪くても、業務上話さなければならない議題がありましたから。でも最近三界はぼくらが呼んでも、直接会おうとしなかったんです。それがどういう風の吹き回しか、あの日は丸島まで来てくれる話になったんです」
「前々日の土曜東京で会ったなら、丸島で月曜会う必要はなかったんじゃないですか」
「パーティー翌日の日曜昼に大阪で単独のサイン会があったので、重石は会場に遅くまでいられなくて。パーティーの開始前は開始前で、重石は直前まで出版社の編集者と、彼が単独で出す画集に関する打ち合わせをしてましたし。ぼくも丸島まで来てもらう必要はないと考えて東京で話そうと主張したんです。でも、重石と三界の両方から丸島で話をすると決まったからと押し切られて」
「そこは不自然ですね」
「重石も三界も『久々に沖縄の海が観たいから』と話してたのでそうは感じませんでした。2人共旅好きで、ぼくが丸島に住む前から、よく沖縄に遊びに行ってましたから。作家としてデビューして賞金をもらった時も記念に3人で沖縄旅行したんです。あの時は楽しかったな。まるで世界がぼく達3人のためにあるような気さえしました」
城間の唇に笑みがこぼれたが、やがてそれは蜃気楼のように消え去り、彼は再びがっくりと頭を垂れた。
「ちなみに丸島で打ち合わせするつもりだったと話しましたが、それとは別に重石は、三界と手を切る話をすると言ってました」
「三界さんは借金を抱えてるのに飛行機代払って沖縄に来るという話になったんですか」
横から正子が疑念を述べる。
「金の件は、解決したと三界から聞いてました。別の作家と共作で瑞穂書房から出版する話が決まり、瑞穂書房がその代わりに借金を返す流れになったそうです。ぼくへの借金も全額銀行振り込みで返済してくれたんです。今まで1度も返さなかったのでびっくりしました」
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