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【義妹SIDE】メイドとして働いている最中義姉に会ってしまう

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「ほらっ! 朝ですよっ! いつまで寝てるんですかっ! 起きなさいっ!」

「うっ……ううっ、早すぎですわ。もっと寝ていたいですわ。まだ5時ですのよ」

 ディアンナはメイド長に叩き起こされる。

「あなたにはお金を払ってるんですよ! お金をもらうとはそういう事です! いいから起きなさい!」

 布団をがばっとはがされる。

「ううっ! さ、寒いですわっ! ま、まだ5時ですのよっ!」

「いいから着替えなさい! 食事のあとミーティング、それから仕事があるのよっ!」

「は、はいですわ……仕方ないですわ」

 ディアンナは渋々メイド長の言葉に従った。

 ◇

「ううっ……嫌ですわ。もう、最悪ですわ。こんな日常毎日送るんですの」

 初めての労働を体験したディアンナは辟易していた。なぜならディアンナは今まで屋敷でのうのうと生きてきただけである。人の金でずっと食っていたし、そしてこれからもずっと食っていくつもりであった。

 ロズワールの家系もギルバルト家並かそれ以上の資産家の一族だ。だから結婚すれば一生安泰だろうし、一生のうのうと暮らせると思っていた。

 ディアンナは自分が労働をしているイメージを一生で一度たりとも持った事がなかったのである。

 故に現状とのギャップはショックが大きく、彼女を大いに苦しめていた。

「最悪ですわっ! 働きたくないですわっ! こんなはずじゃなかったのに!! こんなはずじゃあーーーーーーーーーーーーーーーああっ! もう!! 嫌ですわーーーーーーーーーーーーーーー!!! 労働は嫌ですわーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」

 ディアンナは嘆きまくって、髪をくしゃくしゃにかきむしっていた。

そんな時の事であった。

 メイド達が集まって会話をしているではないか。自然とその会話が耳に入ってくる。

「きゃっ! 見てっ! エル王子よっ!」

「素敵だわ」

「今日もかっこいいーーーーーーーーー!」

 そういう黄色い声が聞こえてくる。エル王子が歩いてきた。美しい顔立ち。高貴な家柄。そして優しく、才覚にも溢れている。
 まさしくディアンナがこういう人と結ばれたいと思っていた理想の王子様。その王子様が目の前にいる。

 だが、同時に決して届く事はない。この目の前にあるのに決して届く事はないという状況が彼女を苦しめていた。
 これほどむごい事はない。

 死ぬほど食べたいショートケーキが目の前にあるのだ。しかしガラスケースで保存されており、決して届く事はない。
 
 イメージとしてはそんな感じだ。いっその事目に入らないところにあった方が気持ちは楽である。

 知らぬが仏。そういう事だ。知らない方が幸せな事や世界もある。上を見渡せばキリがないのだ。

「あれが……エル王子。なんて素敵な殿方でしょうか。噂には聞いておりましたが、噂以上ですわ。あんな殿方もこの世には存在するのですのね」

「きゃーーーーーーーーーー!!! 見てみて、次はレオ王子よ!」

「エル王子の弟さんよね」

「二人ともタイプは違うけどかっこいいわ! ワイルドで素敵ね!」

 レオ王子が歩いてくる。確かに兄とはタイプが違った。だが、元々が美形であるし。そのワイルドそうな感じや、少年っぽい感じは人にとっては「可愛い」とも感じるし。ワイルドさは「頼もしく頼りがいがある」とも感じるだろう。
 剣の才覚に溢れ、王国騎士団を率いているらしい。

 タイプは違えど女性の人気は高かかった。彼もメイドであるディアンナにとっては高嶺の花だ。どちらも同じようなものだ。

 二人とは天と地ほどの身分の開きがあった。

「きゃーーーーーーーーーーーーーーー!!! ヴィンセントさんよ!」

「かっこいい……背も高くて素敵!」

「あれで仕事も完璧にこなすんだから、もう言う事ないわね」

 さらに歩いてきたのがヴィンセントという執事である。背の高い美形の執事だ。仕事にも熱心で、皆から尊敬されている。執事を率いる、執事長を行っているらしい。普段は専属の業務があるらしいが。
 なんでも実家も相当な資産家ではあるが、自分の気持ちを優先して執事の仕事を行っているそうだ。

 同じ従者という立場ではあるが、新入りメイドでしかないディアンナからすればそれでも天と地ほどの開きがあった。今のディアンナは誰よりも階級(ヒエラルキー)が低いのだ。

「あれがヴィンセント様……なんて素敵な殿方ですの。世の中にはこんな素敵な殿方が何人もいらしたのですね。私知らなかったですわ」

 高嶺の花が三人。指を咥えてみているだけ。仕事上の都合がなければ話かける事は禁忌(タブー)となっている。せいぜい、出迎えと見送りをするくらいだ。それはもはや会話でも何でもない。
 相手は自分達を置物のひとつくらいにしか思っていないだろう。

 その時であった。一人の女性が姿を現した。

「え? ……あれは――」

 その時見た光景にディアンナは目を疑った。あれはまさか。

 だが、そういえば聞いた事がある。そういえば根暗女だと思っていた義理の姉アイリスは今、隣国。今になっては自分のいるルンデブルグの宮廷に薬師として勤めているらしい。
 その事は聞いていた。だが、ディアンナのイメージとしては何となく薄暗い研究室のような場所でもくもくとこき使われているような、そんなイメージだった。

 アイリスは煌びやかなドレスをしており、丹念にメイクをされていた。まるでお姫様のような恰好であり、とてもあの根暗女と同一人物だとは思えなかった。

 しかもアイリスは王子二人と執事と親しげに会話をしているではないか。

 その姿にディアンナは目を疑った。何より許せなかった。あれほどの好物件と対等に話している事自体に。自分がどうあがいても手に入らないであろう存在に気やすく接しているという事に。

「いいなー……薬師のアイリス様……聞いた話によると、アイリス様ってエル王子とレオ王子の二人から求婚されてるんだって」

「えっ!? ええっ!? 求婚!?」

 耳を疑った。求婚とはどういう事か。あれ程の好物件から求婚されているということは、それはもう応じればすぐに結婚できる立場にあるというのか。

「しかも執事のヴィンセントさんとも良い感じなのよね。とても仕事だけの関係とは思えないし」

「いいなー。すっごい羨ましい立場。代わって欲しいわよ……もう」

 溜息交じりにメイドは嘆く。

「だけど、ひとつだけ問題なのは、あの三人のうち一人だけなんて選べないわよね」

「それが問題なのよね。もう目移りしちゃって一生迷っちゃうかも」

 ディアンナの中にドス黒い感情が宿ってきた。アイリスと自分の天と地ほどある境遇うの開き。さらにはもうアイリスは自分の事など眼中にないようだった。王子たちと同じく、そこらへんの置物だとしか思っていない様子。

 もはや自分の事など忘れた様子。全てを失ったディアンナに対して、もはや女としての全てを手に入れようとしているアイリス。

 根暗女だと罵ってきた義理の姉がそういった恵まれた立場にいるのだ。ディアンナは憎らしかった。どうしようもないほどに。
 嫉妬の炎はメラメラと燃え上がり、もはや掴みかかって喉を締めてやりたいとすら思う程だった。
 冗談抜きで殺意を抱いた。今すぐ殺してやりたいとすら思った。

 だが、今掴みかかったところで押さえつけられるだけだろう。そのくらいの冷静さと知能はディアンナといえども持ち合わせていた。

 だから、今はその感情は押し殺した。もはやディアンナに今後の人生に対する未練はない。ディアンナはゆっくりと。嫉妬の炎を燃やしつつ。

 アイリスを実際に殺害する計画を企てるのである。嫉妬の炎は殺人未遂事件にすら発展していってしまうのであった。
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