Fat,Nerd&Gay【連載版】

ROSE

文字の大きさ
8 / 11

8

しおりを挟む

 それから、楽器の持ち方や基本の運指を教わった。
 俺がヴァイオリンなんて弾けるわけないと思ったのに、朔が手を添えながら指導してくれたら涙が出るほど綺麗な音が鳴った。
 たぶん、感動ってこういうことを言うんだ。
 魂を震わせる音。
 そんな詩的な表現が浮かんでしまうほど、美しい一音だった。
 そのまま朔に乗せられて、楽器をもらい受けてしまった。
 調子に乗って家でも弾いてみようとしたら耳を塞ぎたくなるほど酷い音だった。まるで黒板を爪で引っかいたようだ。
 これは酷い。
 朔に楽器を貰ったことを母さんに言えば、慌てて高級菓子の詰め合わせを買ってきて、明日朔の家に持っていきなさいと言われてしまったが、この楽器は朔に押しつけられたんだ。そんな必要はないと思った。
 
 意外な事に、楽器の練習が続いてしまった。というのも、毎日学校で進捗を訊いてくる朔と、学校帰りにいつでも練習に来ていいと言ってくれたじいちゃんの影響が大きいだろう。
 最高のメンテナンスと指導を毎日、それも無償で提供してくれるこの二人はどうかしていると思った。
 だけど、だからこそ、夏休み中も毎日のように通ってしまったのだろう。
 夏休みが終わる頃には初歩的な練習曲を自力で弾けるようになっていた。

「すごい上達したね。僕、前からきーちゃんはいい演奏家になると思ってたんだ」
「なんだよそれ」
「指が凄くしなやかなんだよ。手が大きくて、繊細な動きが出来る」
 それにね、と朔が続ける。
「きーちゃんは繊細だから、言葉にしない表現がたくさんあると思ったんだ」
 意味がわからない。
 けれども朔が嬉しそうならそれでいいかと思ってしまう。
 いや、朔にがっかりされたくなくて、柄にもなく頑張ってしまったのかもしれない。
 それに、少し弾けるようになってくると楽しい。
 自分でも、デブの癖になにやってるんだとか、似合わないなんて思ったりする。
 弦楽器なんて物は金持ちイケメンの特権みたいなイメージがどうしても拭えないのだ。
 それなのに、じいちゃんは完璧なメンテナンスをしてくれるし、高価な弦を惜しげもなく交換してくれる。
「そういう朔はどうなんだよ。自分で弾けよ。自分の楽器だろう?」
「僕は、弾くよりメンテナンスの方が好きなんだ」
 本当は演奏だって好きなくせに。
 いや、たぶん楽器に触れられればなんだっていいのだろう。木と対話するというか、己の内面と向き合うような感覚が朔に必要な時間そのものなのだと思う。
 平べったい木の板が、楽器に化けていく過程は魔法のようだ。
 木材の色そのもののヴァイオリンが、ニスを塗ることによって艶やかで美しい色へ生まれ変わっていく。
 とんでもない手間だ。けれども朔もじいちゃんもそれを厭わない。
 真似できない。
 職人の真っ直ぐな気質は尊敬に値する。
 二人の真摯さを間近で見てしまえば無下にはできない。
 辞める理由はいくらでも思い浮かぶ。
 けれどもこの二人を失望させたくないという思いがストッパーになっているのだろう。
 自然と体が楽器と向き合おうとする。
 無意識に。
 まるで操り人形だ。
 それなのに、操られることを不快に思わない。
 洗脳されたかのように、体が自然とそう動くのだ。
 気合いも根性もない。真摯さもたぶんない。
 好きか嫌いか訊かれてどちらでもないと答えてしまうような、その程度の感覚。強いて言えばまあ好き。けれどもそれがないと生きられないほど好きというわけでもない。
 その程度の存在。
 なのに、簡単に日々のルーチンに組み込まれた。
 人生は不思議で理不尽だ。
 どこか寂しげな策の横顔が余計にそう思わせる。
 どうして同性に生まれてしまったのだろうだとか、そもそも同性でなければ話すきっかけすらなかっただろうだとかそんなことを考えてしまう。
 どうせ俺が女に生まれたところでデブスに決まっている。
 むしろ不細工な女に生まれなかった分母さんが見合い相手を必死に探さなくて済むと思えば儲けかもしれない。
「きーちゃんまた余計なこと考えてる」
 つん、と朔が頬を突いた。
「きーちゃんってさ、いろいろごちゃごちゃ考えすぎだよね」
「触るな。お前はなに考えてるかわからないってかなにも考えてない?」
「うん。楽器のこと以外は殆どなにも考えてないよ」
 予想通りの答え。逆に安心する。
「お前はずっとそのままなんだろうな」
 むしろそうであって欲しい。
 楽器以外のことで悩む朔なんて見たくない。
 くだらないことで朔の一本軸をブレさせないで欲しい。
 きっとその思いはずっと変わらないままだろう。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

happy dead end

瑞原唯子
BL
「それでも俺に一生を捧げる覚悟はあるか?」 シルヴィオは幼いころに第一王子の遊び相手として抜擢され、初めて会ったときから彼の美しさに心を奪われた。そして彼もシルヴィオだけに心を開いていた。しかし中等部に上がると、彼はとある女子生徒に興味を示すようになり——。

【完結】恋した君は別の誰かが好きだから

海月 ぴけ
BL
本編は完結しました。後日、おまけ&アフターストーリー随筆予定。 青春BLカップ31位。 BETありがとうございました。 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈ 俺が好きになった人は、別の誰かが好きだからーー。 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈ 二つの視点から見た、片思い恋愛模様。 じれきゅん ギャップ攻め

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

【完結・BL】胃袋と掴まれただけでなく、心も身体も掴まれそうなんだが!?【弁当屋×サラリーマン】

彩華
BL
 俺の名前は水野圭。年は25。 自慢じゃないが、年齢=彼女いない歴。まだ魔法使いになるまでには、余裕がある年。人並の人生を歩んでいるが、これといった楽しみが無い。ただ食べることは好きなので、せめて夕食くらいは……と美味しい弁当を買ったりしているつもりだが!(結局弁当なのかというのは、お愛嬌ということで) だがそんなある日。いつものスーパーで弁当を買えなかった俺はワンチャンいつもと違う店に寄ってみたが……────。 凄い! 美味そうな弁当が並んでいる!  凄い! 店員もイケメン! と、実は穴場? な店を見つけたわけで。 (今度からこの店で弁当を買おう) 浮かれていた俺は、夕飯は美味い弁当を食べれてハッピ~! な日々。店員さんにも顔を覚えられ、名前を聞かれ……? 「胃袋掴みたいなぁ」 その一言が、どんな意味があったなんて、俺は知る由もなかった。 ****** そんな感じの健全なBLを緩く、短く出来ればいいなと思っています お気軽にコメント頂けると嬉しいです ■表紙お借りしました

2度目の恋 ~忘れられない1度目の恋~

青ムギ
BL
「俺は、生涯お前しか愛さない。」 その言葉を言われたのが社会人2年目の春。 あの時は、確かに俺達には愛が存在していた。 だが、今はー 「仕事が忙しいから先に寝ててくれ。」 「今忙しいんだ。お前に構ってられない。」 冷たく突き放すような言葉ばかりを言って家を空ける日が多くなる。 貴方の視界に、俺は映らないー。 2人の記念日もずっと1人で祝っている。 あの人を想う一方通行の「愛」は苦しく、俺の心を蝕んでいく。 そんなある日、体の不調で病院を受診した際医者から余命宣告を受ける。 あの人の電話はいつも着信拒否。診断結果を伝えようにも伝えられない。 ーもういっそ秘密にしたまま、過ごそうかな。ー ※主人公が悲しい目にあいます。素敵な人に出会わせたいです。 表紙のイラストは、Picrew様の[君の世界メーカー]マサキ様からお借りしました。

愛と猛毒(仮)

万里
BL
オフィスビルの非常階段。冷え切った踊り場で煙草をくゆらせる水原七瀬(みずはらななせ)は、部下たちのやり取りを静かに見守っていた。 そこでは村上和弥(むらかみかずや)が、長年想い続けてきた和泉に別れを告げられていた。和泉は「ありがとう」と優しく微笑みながらも、決意をもって彼を突き放す。和弥は矜持を守ろうと、営業スマイルを貼り付けて必死に言葉を紡ぐが、その姿は痛々しいほどに惨めだった。 和泉が去った後、七瀬は姿を現し、冷徹な言葉で和弥を追い詰める。 「お前はただの予備だった」「純愛なんて綺麗な言葉で誤魔化してるだけだ」――七瀬の毒舌は、和弥の心を抉り、憎悪を引き出す。和弥は「嫌いだ」と叫び、七瀬を突き放して階段を駆け下りていく。 「……本当、バカだよな。お前も、俺も」 七瀬は独り言を漏らすと、和弥が触れた手首を愛おしそうに、そして自嘲気味に強く握りしめた。 その指先に残る熱は、嫌悪という仮面の下で燃え盛る執着の証だった。 毒を吐き続けることでしか伝えられない――「好きだ」という言葉を、七瀬は永遠に飲み込んだまま、胸の奥で腐らせていた。

職業寵妃の薬膳茶

なか
BL
大国のむちゃぶりは小国には断れない。 俺は帝国に求められ、人質として輿入れすることになる。

処理中です...