Fat,Nerd&Gay【連載版】

ROSE

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 夏休みが終わる直前に朔は行ってしまった。
 見送りだとかそういうのはない。
 普通友人だったら空港まで見送りに行ったりするものなのだと母さんには言われたが、なんとなく気まずさと、行ってどうするんだという気持ちが邪魔して見送りに行けなかった。
 朔が居ない学校生活は静かだ。変化が少ない。
 相変わらず俺は底辺だし、時々体型をからかわれたりグループ学習で仲間はずれにされたりすることはあったけれどそれなりに平和な時間を過ごしたと思う。
 少なくとも、暴力的な被害を受けるほどまずい立ち位置ではない。
 成績はそこそこ。そこそこをキープ出来ればそれでいい。
 楽器が弾けるようになったからといって俺の性格に変化があるかと言えばない。
 じいちゃんは折角だからアマチュアオーケストラに参加してみないかと誘ってくれるけれどそんな気分にもなれない。
 受験があるから。
 それを口実にじいちゃんの誘いを断るくせに、不思議と楽器店には足を運んでしまう。
 朔の気配を探していると言うよりは、受け取った楽器に恥をかかせない程度の練習が必要だと思っているのかもしれない。
 たぶん心の空洞を埋めようとしている。
 朔の形に空いてしまった心の空洞を満たすために練習を重ねているのだ。
 じいちゃんは楽器のメンテナンスも指導もしてくれる。それに練習室も借りられる。
 月謝もメンテナンス費用も払わないくせに図々しい客だ。
 そう思うのに、じいちゃんは毎回温かく出迎えてくれる。
 きっと朔が戻ってきたら驚く。いや、驚いて欲しいのだろう。
 爬虫類の世話に練習、それに受験勉強。
 忙しくしていると時間はあっという間に過ぎていく。
 結局東京の大学はやめ、地元の大学に進学することにしたおかげで成績にも少しゆとりがある。
 つまり、しばらくじいちゃんの指導を受け続けられると言うことだ。
 その話をしたらじいちゃんはとてもと喜んでくれた。
 じいちゃんは俺の演奏を「よく歌う」と表現する。なんとも言えない不思議な感覚だ。
 深く考え事をしているような、言葉に出来ない感情を吐き出しているようなそんな演奏らしい。

 受験前夜を除いて、殆ど毎日じいちゃんのところに通った。
 そして、無事に合格した俺はそれから先もじいちゃんの元で指導を受けた。
 大学に進学してからも、講義が終わるとじいちゃんの店に足を運んで、我が物顔で練習室を独占する。
 だからといってオーケストラに参加するだとか発表会に参加するなんてことはない。
 ただの自己満足。
 自己との対話。
 観客なんてじいちゃんと、時々母さん。もっと珍しく父さん。その程度で十分だ。
 コンクールにも参加していない。
 なんというか、人前で演奏するのは場違い。そんな気がしてしまうのだ。
 きっと観客や審査員だって痩せてるイケメンの演奏が目当てに決まっている。
 だからといってそんなものに参加するために過激なダイエットなんてできるはずもなかった。
 逃げと言われてしまえばそれまでだ。
 けれども、コンクールという場は俺にとってそんな努力をするだけの価値があるほど魅力を感じないもので、結局のところ、朔もじいちゃんもコンクールの結果なんて物をそれほど重要視していないだろう。
 ただ楽器に寄り添って、音楽を日常の一部にする。
 きっとそれだけでこの楽器を作った朔は満足してくれる。
 勝手に朔の考えを決めつけ、結局人前で演奏することから逃げる日々を送っていた。
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