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第二章

民衆の拒絶

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「ところで、用件は何だ?」

 忙しい中、わざわざこちらへ来たということはそれなりに緊急性の高い案件なのだろう。

 ────と判断し、私は本題へ入るよう促した。
すると、ジークは慌てて居住まいを正し、こちらに向き直る。

「実は先程、リカルド団長より報告……というか、相談を受けまして。内容が内容なだけに、一度イザベラ様のご判断を仰いだ方が良いかと思い……」

「話してみろ」

 クイクイと人差し指を動かし、私は詳しい説明を求める。
『御託はいい』と示す私の前で、ジークは小さく頷いた。
かと思えば、懐から丸められた書類を取り出す。

「クリーガー王国、フィーネ王国、シックザール帝国の三ヶ国で施行されていた奴隷制度を撤廃したのはイザベラ様もご存知ですよね?」

「ああ。そうするよう指示したのは、私だからな」

 人が人を虐げる制度など百害あって一利なし、だ。
いつ、奴隷の不満が爆発するか分からない時限爆弾を抱え込むようなものだからな。
早めに手を打っておいて、損はない。

「もしや、その三ヶ国の貴族や商人が文句を言ってきているのか?」

「いえ、表面上は従う姿勢を見せています。問題なのは、むしろ……」

 そこで一度言葉を切ると、ジークは目頭を押さえた。

「民衆の方です」

「未だに元奴隷達を受け入れられていない、ということか?」

 民衆の混乱はある程度分かっていたことなので、私は大して驚くことなく話を聞く。
『どうせ、腫れ物に触るかのような対応なんだろう』と考える中、ジークは小さく首を横に振った。

「いえ、『受け入れられていない』というのは少し違います。彼らは────拒絶しているんです、全身全霊で」

 ジークは丸めてあった書類を広げ、こちらに見せた。

「突然の変化や国の混乱によるストレスを、全て元奴隷達にぶつけているんです。言葉や暴力を用いて。元奴隷達お前達は我々と違う……対等じゃない、と示すように」

 最近起こった事件のリストを見下ろし、ジークは『全て元奴隷が被害者なんです』と補足する。
その声色はとても暗かった。

「これは俺の予想なんですけど……民衆達は奴隷という存在があったことで、不満を堪えられたんじゃないか、と。三ヶ国とも傍から見ると凄く裕福ですけど、実情は悲惨なもので……高すぎる税金に、民達は苦しめられてきました。だから、自分より下の存在である奴隷を見ることによって、『ああはなりたくない』『あれよりはマシ』って精神を保ってきたんだと思います」

 『一種の集団心理でしょう』と話し、ジークはそっと書類を下ろす。

「でも、奴隷と同じ地位になってしまった。『自分は最底辺じゃない』というプライドが……安心感が失われてしまった。反感を覚えても、おかしくはありません」

 『もちろん、彼らの行いは許せませんけど』と述べつつ、ジークは一つ息を吐いた。
なかなか難しい問題に直面し、思い悩んでいるのだろう。
人の意識を塗り替える、というのは容易いことじゃないから。

「そういう状況なら、厳しく取り締まってもきっと不満は溜まる一方だろうな」

「はい……根本の解決には、ならないかと」

 『頑固な人は本当に頑固ですから』と肩を落とすジークに、私は相槌を打つ。
と同時に、席を立った。

「仕方ない。アリシアの教育をもっと早めるか」

「えっ?」

「この問題を解決するには、近い将来宰相となるアリシアの力が必要だ」

 『私やジークじゃ、不適格』と言ってのけると、彼は困惑気味に眉尻を下げる。

「それはえっと……彼女が元奴隷だから、ですか?」

「それもあるが、根本はもっと別にある」

「別……?」

「ああ、大事なのは『いい生まれじゃないのに、高い地位へ登り詰めた者が居る』という事実だ」

 『奴隷かどうかはそこまで重要じゃない』と主張し、私は人差し指を立てた。

「これからの社会は完全実力主義だと示すことで、民衆の目を下ではなく上に向けさせるんだ。お前達も頑張ればこの地位につけるぞ、と……下克上しに来い、と」

 ニヤリと口元を歪め、私は腰に手を当てる。

「努力が報われるというのは、国を発展させていく上で大事なことだ。無能が幅を利かせるような社会に、未来はないからな」

 『出自しか取り柄のないやつなど不要だ』と切り捨て、私は髪を手で払う。
世襲制度を真っ向から否定する私に、ジークは動揺を示した。
が、特段反対する様子はない。

「……では、今後は身分制度も見直していかなければなりませんね」

「ああ、無能な貴族は軒並み排除出来るようにしないとな。でも、それはまた今度にしよう」

 『今はこっちに専念しなければ』と主張し、私はふと窓の方を見る。

「一先ず、民衆の方はリカルド達に任せよう。それで、元奴隷を一旦こちらへ連れてきてくれ。もちろん、希望する者だけだ」

「それは構いませんが……あまり人数が多いと、城では面倒を見きれないかもしれません」

 『先に連れてきた者達のようにすぐ馴染むとも限りませんし……』と言い、ジークは悩ましげな表情を浮かべた。
受け入れ可能な範囲を超えてしまうのではないか、と不安なのだろう。

「なら、信頼の置ける貴族……ラッセル子爵などに頼んで、しばらく預かってもらおう」

「それなら……何とかなりそうですね」

「ああ。細かいことはジークに任せる。謝礼は弾むようにな」

 『せっかく国庫が潤っているんだから』と考え、私は惜しまず使うよう指示した。
経済を回すという意味でも、今はどんどん金を使うべきだ。
特に北部のような痩せた土地に対しては。
『あまり使い過ぎると、それはそれで社会現象になるが』と思案しつつ、私は扉へ足を向ける。

「とにかく、時間稼ぎは頼んだ。私はアリシアの教育とお膳立てに徹する」

 ────と、宣言した二週間後。
アリシアは見事な成長を遂げてくれた。ある意味、豹変と言ってもいい。
『狸を簡単に御せるようにもなったし』と目を細め、私は執務机に腰掛ける。

「さて、アリシア。貴様に初仕事を与える」

 満を持して話を切り出し、私は目の前に立つ茶髪の少女を見つめた。

「────クリーガー王国、フィーネ王国、シックザール帝国の王族共の本質を見極め、適正な処罰を下してこい。生かすも殺すも、貴様次第だ」

 『好きにしろ』と通告し、私はゆるりと口角を上げる。
アリシアはこの仕事の真意に気づくだろうか、と考えながら。

「期限は今から、一ヶ月以内。私の支配下にある物や者は好きに使うといい」

 私のサイン入りの書類を手渡し、『これを見せれば、皆従う筈だ』と説明する。

「アリシア、貴様なら私の期待に応えてくれると信じている」

 『努力の成果を見せてみろ』と言い、私は軽くアリシアの肩を叩いた。
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