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第二章
家族になりたい《リズベット side》
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「私はただ、気に食わないだけだ。半強制的にエルフとしての生を……人生の選択肢を奪われている者を見るのが、な。まあ、一種の自己満足だ」
『可哀想な子供のためとか、そんな崇高な理由じゃない』と肩を竦め、彼女はゆっくりと手を下ろした。
「まあ、『今すぐ決めろ』と言われても無理だろうから、時間をやろう。よく考えて、答えを……」
「で、弟子にして……!」
反射的にそう答えると、私は彼女の腕に抱きついた。
どうしても、離れたくなくて。
だって、今までこんな風に私の今後を考えてくれた人は居なかったから。
このご縁だけは絶対に手放しちゃいけない、と思った。
「私、貴方の傍に居たい!」
────と、懇願した約十年後。
私は一人でも生きて行けるような実力と知識を身につけた。
言葉遣いや仕草も丁寧になって、凄く人間らしくなったと思う。
少なくとも、もう自分の種族すら知らない孤児ではなかった。
最近は恩師様に仕事を任されることも多くなったし、この調子で活躍すればいつかは────身内として、認めてくれるかも。
これまで素顔はおろか、名前まで教えてくれなかった恩師様を思い浮かべ、私はグッと手を握り締める。
いつの日か、彼女の心の内側へ入れてもらえることを願って。
でも、現実とは非情なもので……
「貴様にもう教えることはない。一人前として、認めよう────ということで、巣立て」
……恩師様に『家から出ていけ』と遠回しに言われてしまった。
親指で玄関を示す彼女に対し、私はブワッと涙を零す。
「嫌です、嫌です、嫌ですぅぅぅぅうううう!私はずっと恩師様のお傍に居たいんです!」
ヒシッと恩師様の足にしがみつき、私は『イヤイヤ』と首を横に振る。
が、恩師様は躊躇なく
「却下だ」
と、言い放った。
私の涙なんて見飽きたのか、やれやれと頭を振っている。
まさに無情。
「なんっ……何でですかぁぁぁぁあああ!?」
「鬱陶しい」
「これからは気をつけますぅ!」
頑張って声量を落とし、私はゴシゴシと涙を拭う。
『これでどうだ!』と顔を上げるものの……恩師様は溜め息を零すだけ。
「いいから、さっさと巣立て。貴様は私以外の人間とあまり関わったことがないから、こんなに執着しているだけだ。もっと視野を広げれば、私のことなど直ぐにどうでも良くなる」
「そんなことはありません!私はずっとずっと恩師様のことが大好きです!貴方は私の世界の中心なんです!」
「まず、そこが間違っているんだ。身内でもない他人の私を、中心に置くな」
『せめて、自分自身にしろ』と通告する恩師様に、私はクシャリと顔を歪める。
深紅の瞳を涙で潤ませながら。
「恩師様は私の身内……いえ、家族です!だから、問題ありません!」
「いや、あのな……」
「家族の定義は血の繋がりだけじゃないって、恩師様も言っていたじゃないですか!なのに、何でダメなんですか!」
半ば泣き叫ぶようにして問い質すと、恩師様は困ったような素振りを見せる。
どう説得するか悩んでいる様子の彼女に、私はまたもや泣いてしまった。
私のことを家族として認める気はないんだ、と分かってしまって。
「私、恩師様と家族になれるなら妹でも娘でも伴侶でも何でも構いません……だから、恩師様の傍に置いてください……ずっと一緒に居たいんです……」
『大好き』とか『愛している』とか、そんな言葉じゃ言い表せないほどの感情を見せ、私は縋り付く。
恩師様はなんだかんだ優しい方だ。
ここまで言えば、無下にはしないだろう。
『仕方ないな』と応じてくれる筈……。
────という予想は見事に外れ、
「悪いが、家族はダメだ」
と、ハッキリ拒絶されてしまった。
ハッと息を呑む私の前で、恩師様はおもむろに距離を取る。
まるで、一線を引くように。
「私の内側へ土足で上がり込もうとするな。いくらリズベットでも────場合によっては、殺すぞ」
未だ嘗てないほど低い声で警告を促し、恩師様は身を翻した。
かと思えば、直ぐさま結界を展開する。
『えっ……?そこまでする?』とショックを受ける私だったが……予想と違い、結界は家を包み込む形で固定された。
あれ……?じゃあ、これは私を隔離するためのものじゃなくて……
「……外敵に備えて?」
そう呟いた瞬間、地響きのような音が木霊し────家を埋められた。
比喩表現でも何でもなく、本当に。
一応、土砂崩れの可能性もあるけど……そのような前触れは一切なかった筈。
毎日きちんと確認していたから、間違いない。
森の奥まった場所に住居を構えている関係で、そういった災害には目を光らせていたため、私は『何者かの攻撃だ』と断定した。
と同時に、立ち上がる。
「恩師様、私が敵を片付けてきます」
「それは別に構わないが────相手は恐らく、エルフだぞ?大丈夫か?」
実力的な意味で心配なのか、それとも精神的な意味で心配なのか……恩師様はじっとこちらを見つめる。
『ちゃんと出来るか?』と問う彼女に、私はコクリと頷いた。
「私は恩師様の弟子ですから」
『負ける筈ない』と断言し、私はゆっくりと手を上げる。
すると、その動きに合わせて家の周りを囲う土や砂が浮き上がった。
恩師様の結界のおかげで家は無事だけど、このままじゃ外に出られないから……
「こちら、お返しします」
そう言って、私は草むらに居るエルフ達へ土砂を投げつけた。
と同時に、転移魔法で家の外へ出る。
「念のためお尋ねしますが、用件は?」
ふわりと宙に浮いてエルフ達を見下ろし、私は『手短にお願いしますね』と述べた。
あからさまに機嫌の悪い私に対し、エルフ達はちょっとたじろぐ。
が、エルフの戦士としてのプライドか決して引き下がらなかった。
「半端者の貴様に用はない!」
「さっさと失せろ!」
「フードの女の方を出せ!」
「お断りします」
迷わず彼らの要求を突っぱね、私は『早くお帰りください』と促す。
礼儀のなっていない者達に、恩師様を引き合わせるなど……考えただけで、腸が煮えくり返りそうになるため。
『何様のつもり?』と不快感を露わにする私に対し、彼らは眉を顰めた。
「半端者の分際で、生意気な……!」
「それって、今関係あります?」
コテリと首を傾げ、私は口元に手を当てる。
「あと、何で恩師様に会いたいんですか?あなた方と、どんな関わりが?」
『可哀想な子供のためとか、そんな崇高な理由じゃない』と肩を竦め、彼女はゆっくりと手を下ろした。
「まあ、『今すぐ決めろ』と言われても無理だろうから、時間をやろう。よく考えて、答えを……」
「で、弟子にして……!」
反射的にそう答えると、私は彼女の腕に抱きついた。
どうしても、離れたくなくて。
だって、今までこんな風に私の今後を考えてくれた人は居なかったから。
このご縁だけは絶対に手放しちゃいけない、と思った。
「私、貴方の傍に居たい!」
────と、懇願した約十年後。
私は一人でも生きて行けるような実力と知識を身につけた。
言葉遣いや仕草も丁寧になって、凄く人間らしくなったと思う。
少なくとも、もう自分の種族すら知らない孤児ではなかった。
最近は恩師様に仕事を任されることも多くなったし、この調子で活躍すればいつかは────身内として、認めてくれるかも。
これまで素顔はおろか、名前まで教えてくれなかった恩師様を思い浮かべ、私はグッと手を握り締める。
いつの日か、彼女の心の内側へ入れてもらえることを願って。
でも、現実とは非情なもので……
「貴様にもう教えることはない。一人前として、認めよう────ということで、巣立て」
……恩師様に『家から出ていけ』と遠回しに言われてしまった。
親指で玄関を示す彼女に対し、私はブワッと涙を零す。
「嫌です、嫌です、嫌ですぅぅぅぅうううう!私はずっと恩師様のお傍に居たいんです!」
ヒシッと恩師様の足にしがみつき、私は『イヤイヤ』と首を横に振る。
が、恩師様は躊躇なく
「却下だ」
と、言い放った。
私の涙なんて見飽きたのか、やれやれと頭を振っている。
まさに無情。
「なんっ……何でですかぁぁぁぁあああ!?」
「鬱陶しい」
「これからは気をつけますぅ!」
頑張って声量を落とし、私はゴシゴシと涙を拭う。
『これでどうだ!』と顔を上げるものの……恩師様は溜め息を零すだけ。
「いいから、さっさと巣立て。貴様は私以外の人間とあまり関わったことがないから、こんなに執着しているだけだ。もっと視野を広げれば、私のことなど直ぐにどうでも良くなる」
「そんなことはありません!私はずっとずっと恩師様のことが大好きです!貴方は私の世界の中心なんです!」
「まず、そこが間違っているんだ。身内でもない他人の私を、中心に置くな」
『せめて、自分自身にしろ』と通告する恩師様に、私はクシャリと顔を歪める。
深紅の瞳を涙で潤ませながら。
「恩師様は私の身内……いえ、家族です!だから、問題ありません!」
「いや、あのな……」
「家族の定義は血の繋がりだけじゃないって、恩師様も言っていたじゃないですか!なのに、何でダメなんですか!」
半ば泣き叫ぶようにして問い質すと、恩師様は困ったような素振りを見せる。
どう説得するか悩んでいる様子の彼女に、私はまたもや泣いてしまった。
私のことを家族として認める気はないんだ、と分かってしまって。
「私、恩師様と家族になれるなら妹でも娘でも伴侶でも何でも構いません……だから、恩師様の傍に置いてください……ずっと一緒に居たいんです……」
『大好き』とか『愛している』とか、そんな言葉じゃ言い表せないほどの感情を見せ、私は縋り付く。
恩師様はなんだかんだ優しい方だ。
ここまで言えば、無下にはしないだろう。
『仕方ないな』と応じてくれる筈……。
────という予想は見事に外れ、
「悪いが、家族はダメだ」
と、ハッキリ拒絶されてしまった。
ハッと息を呑む私の前で、恩師様はおもむろに距離を取る。
まるで、一線を引くように。
「私の内側へ土足で上がり込もうとするな。いくらリズベットでも────場合によっては、殺すぞ」
未だ嘗てないほど低い声で警告を促し、恩師様は身を翻した。
かと思えば、直ぐさま結界を展開する。
『えっ……?そこまでする?』とショックを受ける私だったが……予想と違い、結界は家を包み込む形で固定された。
あれ……?じゃあ、これは私を隔離するためのものじゃなくて……
「……外敵に備えて?」
そう呟いた瞬間、地響きのような音が木霊し────家を埋められた。
比喩表現でも何でもなく、本当に。
一応、土砂崩れの可能性もあるけど……そのような前触れは一切なかった筈。
毎日きちんと確認していたから、間違いない。
森の奥まった場所に住居を構えている関係で、そういった災害には目を光らせていたため、私は『何者かの攻撃だ』と断定した。
と同時に、立ち上がる。
「恩師様、私が敵を片付けてきます」
「それは別に構わないが────相手は恐らく、エルフだぞ?大丈夫か?」
実力的な意味で心配なのか、それとも精神的な意味で心配なのか……恩師様はじっとこちらを見つめる。
『ちゃんと出来るか?』と問う彼女に、私はコクリと頷いた。
「私は恩師様の弟子ですから」
『負ける筈ない』と断言し、私はゆっくりと手を上げる。
すると、その動きに合わせて家の周りを囲う土や砂が浮き上がった。
恩師様の結界のおかげで家は無事だけど、このままじゃ外に出られないから……
「こちら、お返しします」
そう言って、私は草むらに居るエルフ達へ土砂を投げつけた。
と同時に、転移魔法で家の外へ出る。
「念のためお尋ねしますが、用件は?」
ふわりと宙に浮いてエルフ達を見下ろし、私は『手短にお願いしますね』と述べた。
あからさまに機嫌の悪い私に対し、エルフ達はちょっとたじろぐ。
が、エルフの戦士としてのプライドか決して引き下がらなかった。
「半端者の貴様に用はない!」
「さっさと失せろ!」
「フードの女の方を出せ!」
「お断りします」
迷わず彼らの要求を突っぱね、私は『早くお帰りください』と促す。
礼儀のなっていない者達に、恩師様を引き合わせるなど……考えただけで、腸が煮えくり返りそうになるため。
『何様のつもり?』と不快感を露わにする私に対し、彼らは眉を顰めた。
「半端者の分際で、生意気な……!」
「それって、今関係あります?」
コテリと首を傾げ、私は口元に手を当てる。
「あと、何で恩師様に会いたいんですか?あなた方と、どんな関わりが?」
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