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婚約破棄

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 暖かい春の日差しの下で意気揚々と寝転がる私は、屋敷の庭でまったり過ごす。
草木の香りに目を細め、『絶好の昼寝日和だ』と頬を緩めた。
心地良い風に吹かれながら、そっと目を閉じると、急に辺りが暗くなる。

「────お嬢様、こんなところで寝てはいけませんよ。起きてください」

 聞き覚えのある声に促され、そっと目を開けると────澄み切った青の瞳と目が合う。
見覚えのある人物を前に、私は『面倒な奴に見つかってしまった』と肩を落とした。

 はぁ……ついてないわね。よりにもよって────ウィルに見つかるだなんて……他の人なら、上手く丸め込めたのに。

 不満げに口先を尖らせる私は幼馴染みであり、専属執事でもあるウィルフレッド・ノーマン・バーンズを見上げる。
立ったまま、こちらを見下ろす彼は透明感のある青髪を風に靡かせた。
ニッコリ微笑む彼は童顔ということもあり、子供っぽく見える。
昔から変わらないウィルの笑顔に、私は癒される────訳もなく、思い切り顔を顰めた。

「邪魔よ。どきなさい。このままでは、光合成が出来ないでしょう?」

「お嬢様は植物じゃないので、光合成をする必要はないと思いますよ。というか、まず出来るんですか?」

「出来るわよ。日向ぼっこ……じゃなくて、光合成をした後は気分がいいもの」

「それはお昼寝をしたからでしょう?」

 『ああ言えば、こう言う』とでも言うべきか……ウィルは徹底的に反論してきた。
もはや日常となりつつある言い合いに、彼は呆れたように溜め息を零す。

「全く……そうやって、怠けていられるのも今のうちですよ。お嬢様はもうすぐ結婚して、家の手伝いを……っと、そうでした!」

 また小言が始まるのかと思いきや、ウィルは何かを思い出したかのように手を叩いた。

「先程、婚約者様がこちらにいらっしゃって、お嬢様と話がしたいと仰っています。至急、屋敷へ戻っ……」

「────その必要はない!」

 ウィルの言葉を遮り、この場に颯爽と現れたのは────私の婚約者である、ヘクター・カルモ・ラードナーだった。
伯爵家の次男坊である彼は、我が家に婿入りすることになっており、領地経営のあれこれを学んでもらっている。
あらゆる分野において、優秀な成績を収めている彼は跡取りとして申し分ない人材だった。
次男として、生まれたことを悔やむレベルである。

 だから、彼との結婚自体に不満はなかった。多少傲慢なところはあるけど、やるべき事はしっかりやってくれるから。

 寝転んだまま婚約者を見上げる私は、宝石のように美しい翠眼と目を合わせた。
黄金の髪を風に靡かせる彼は、女性受けのいい端整な顔立ちをしている。
剣術で鍛えられた体は程よく引き締まっており、男らしかった。

「長居するつもりはない。俺は忙しいからな。手短に済ませるぞ」

 突然の訪問に対する謝罪はなく、上から目線の物言いでこちらを威圧する。
婚約者の無礼な振る舞いに、ウィルは一瞬眉を顰めるものの、何か言うことはなかった。
ここで口を挟めば、私の立場が悪くなるとでも思っているのだろう。
大人しく静観するウィルを一瞥し、私は偉そうにふんぞり返るヘクター様に目を向ける。

「分かりました。では、早速ご要件をどうぞ」

 地面に横たわったまま対応する私は、さっさと話を終わらせたい気持ちでいっぱいだった。
あからさまに面倒臭そうな態度を取る私に、ヘクター様はムッと顔を顰める。

「客人の前で、その態度はなんだ!無礼だぞ!早く地面から立ち上がれ!」

 『なんて、非常識な奴だ!』と非難するヘクター様は、完全に自分のことを棚に上げているようだった。
『お前が言うな』と言いたげなウィルを他所に、私は一つ息を吐く。

「無礼なのはお互い様でしょう。それより、要件は何ですか?お忙しいヘクター様の時間を奪うのは心苦しいので、本題へ入ってください」

 起き上がる気力も体力もない私は適当に話を流し、本題へ入るよう促す。
『貴方の時間を奪いたくない』という言葉に気を良くしたのか、彼は少しだけ表情を和らげた。

「ふむ!そうだな!さっさと終わらせよう!俺は忙しい人間だから、お前に構ってやれる余裕はないんだ!」

 『多忙=できる男』とでも思っているのか、ヘクター様は得意げな顔をする。
上機嫌な彼は緩む頬を必死に押さえながら、コホンッと一回咳払いをした。
何とか気持ちを切り替えた彼は、真剣な顔つきに変わる。
こちらを見つめるエメラルドの瞳には、揺るぎない何かが垣間見えた。

「────レイチェル・アイレ・ターナー伯爵令嬢!お前との婚約は今このときをもって、破棄する!」

 わざわざ私のフルネームを口にしたかと思えば、ヘクター様は声高々に婚約破棄を宣言する。
あまりにも唐突な展開に、私は『解消の申し出じゃなくて、破棄なんだ』と見当違いなことを考えてしまった。
恐らく、驚きすぎて逆に冷静になってしまったのだと思う。

「婚約破棄、ですか……」

「ああ、そうだ!」

 失礼極まりないことをしている自覚はないのか、ヘクター様は自信満々に頷く。
反省や後悔は一切していないようで、罪悪感を抱く素振りすら見せなかった。
『少しは申し訳なさそうにしろよ』と突っ込むウィルを横目に、私は静かに口を開く。

「理由をお伺いしてもよろしいでしょうか?親同士の決めた結婚とはいえ、十年以上付き合いのある相手にいきなり婚約破棄だと言われても、到底納得できませんわ」

 『はい、そうですか』と二つ返事で了承する訳にもいかず、私は説明を求めた。
十代後半適齢期間近の私にとって、ヘクター様との婚約は生命線とも言えるほど、大事なものである。
ちゃんとした理由を提示してもらわなければ、こちらもそう簡単に引き下がれない。
『今から新しい婚約者を探すのは難しいわよね』と思案する中、ヘクター様はわざとらしくかぶりを振った。

「婚約破棄の理由、か……話してもいいが、ショックを受けて、倒れないでくれよ?」

 そう前置きするヘクター様は、気遣わしげな視線をこちらに向ける。
『そんなに衝撃的な内容なのか?』と身構える中、彼は神妙な面持ちで口を開いた。

「心して聞け、レイチェル。実は俺─────真実の愛を見つけたんだ!」

「……はっ?」

 予想の斜め上を行く理由に、面食らった私は素っ頓狂な声を上げる。
『真実の愛』という言葉を脳内で反芻し、呆然とした。
動揺のあまり固まる私に、ヘクター様は哀れみの目を向ける。

「そうだよな……いきなり、こんなことを言われても困るよな。戸惑う気持ちはよく分かるぞ!愛する婚約者を他の女に奪われて、さぞショックだろう!」

「いえ、そんなことは……」

 困惑気味に眉尻を下げる私は、思わず本音を零してしまった。
ヘクター様との婚約は確かに大事だが、愛のない政略結婚に変わりはない。
彼自身のことを愛しているのか?と問われれば、答えはNOだった。
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