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第一章

第16話『交渉成立』

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 まずは少女をこのつるっぱげのおじさんから助けるところから、と決めたはいいが····やはり、いきなり飛び掛かるのは失礼だろう。話が通じる相手とは思えないが、一応忠告だけはしておくか。

『そうですね。一度話し合いを試みるのは良い考えかもしれません』

 だよな。話が通じるかどうかはさておき、少女から手を引くよう促すのは戦闘を仕掛ける上で最低限のマナーだろう。
もしかしたら、手を引いてくれるかもしれないからな。まあ····それは十中八九ないだろうが···。そもそも話し合いに応じてくれる相手なら、こんなところをほっつき歩いていないだろう。
 マジックバッグから短剣を取り出した俺はゆっくりと男性の方へ歩み寄った。

「おい、おじさん。その子のこと、諦めてくれないか?そいつは俺の大事な連れなんだ」

「はぁ?んなの知るか、よ····?え、お前···!?」

 ん?なんだ?俺になんか変なところでもあったか?
さっきまで『あひゃひゃひゃひゃっ!』と不気味な笑い声を上げていたおじさんは俺を見るなり、顔色を変えた。何故だ····?俺が武器を所持しているから···?それとも、この鎧····って、鎧はマジックバッグに仕舞ってるんだったな。
じゃあ、何で俺のこと怖がってるんだ?このおじさん。俺はただの根暗陰キャにしか見えない筈だぞ?
 小首を傾げる俺の前でおじさんはジリジリと後退を始めた。まあ、後退したところで後ろは壁なんだがな。路地裏の突き当たりに位置するここの出入口には俺が立っている。いや、塞いでいると言った方が正しいだろうか?
だって、少女を抱えて逃げられでもしたら面倒だし···。

「お、お前何者なんだ····!?レベル29の奴が何でこんなとこに····!?」

 おい、待て。何でお前が俺のレベル知ってるんだよ。鑑定スキルでも持ってんのか?つーか、レベル29ってそんなに高いのか?普通のレベルがいまいち分からないんだが····。

『あの男は音羽の言う通り、鑑定スキル持ちです。まあ、スキルレベルは1なので相手の名前とレベルしか分かりませんが····。そして、レベルの平均値についてですが、一般人はレベル1~9がほとんどですね。9から10にレベルアップするのに必要な経験値が莫大過ぎて、大体みんなそこで躓くんです。王国騎士や冒険者なんかはその壁を乗り越えて二桁台に乗ったりしていますが、一般人で二桁台に乗ることはほとんどありません』

 てことは、レベル29の俺ってかなり化け物じゃねぇーか····!
まあ、それもこれも全部特殊スキル『レベルアップ経験値一定』のおかげだが····。これがなければ俺が二桁台の高みに登り詰めることなんて出来なかっただろう。経験値チート凄すぎる···。この特殊スキルを俺に与えてくれた神様には感謝しかない。
特に意味もなく、グッと右手を握り締める俺を他所につるっぱげのおじさんは壁にペタンと背中をつけ、こちらを警戒している。太陽に反射して輝く頭皮が冷や汗を滲ませていた。
 そこまで警戒しなくても···別に取って食いやしないのに。

「連れを返してくれるなら、危害を加えるつもりはない」

 俺は鞘に収まったままの短剣を片手で振り、戦意がないことを伝えた。
俺は別に某アニメの主人公のように喧嘩っ早くはないからな。相手が交渉に応じてくれるなら、それに越したことはない。無駄に敵を作る必要はないだろう。復讐とかされたら、面倒だし····。
 おじさんはしばらく俺を訝しむような目で見つめていたが、やがて諦めたように深い溜め息をつく。しわしわの手で無造作に汗を拭い、真っ直ぐに俺の目を見つめ返した。

「分かった。女を返す。おら、行け!」

「ひぇっ····!ひゃわっ!?」

 おじさんは早くここを立ち去りたいのか、少女の背中を力強く押して俺の方へ突き出した。
いや、もう少し優しく押してやれよ····って、そうじゃない!まず、押すな!相手は女の子だぞ!?しかも見たところ、まだ子供。特に優しく扱ってやらないといけない年頃だろう。
 おじさんに押されるまま、俺の方へ慌てて歩み寄ってきた少女の瞳は潤んでいる。紫結晶アメジストの瞳に涙を溜める少女は実に痛々しかった。
チッ····!危害を加えないと約束したから、今回は何もしないが次会ったら、ただじゃおかない!
 腹の底から、ふつふつと沸き上がる怒りに眉を顰めながら俺は少女と手を繋いだ。迷子になられたら、困る。少女がローブ代わりに身に纏っている赤ワイン色のマントの下で小さな小さな手を優しく包み込んだ。
 ちっさ!子供の手って、こんな小さかったか?

『この少女は人間の年齢に置き換えると、まだ5歳かそこらですからね····要するに音羽はロリコンってことに····』

 ならねぇーよ!!何で手繋いだくらいでロリコン認定されなきゃいけないんだよ!俺は小さい餓鬼に興味なんかねぇーよ。

『あぁ、なるほど。自分の手で育てて収穫したいと···』

 違う!!何でそうなる!?
某ゲームアプリの女性育成ゲームみたいじゃねぇーか!俺にそんな趣味はねぇーよ!!大体、俺は恋愛自体に興味無いんだよ!それはさっきも話しただろうが!

『はいはい、分かりましたよ。そういう事にしといて、あげます。それより、場所を移動しましょう。少女は取り返しましたし、長居は無用です』

 それもそうだな。このおじさんが変な気を起こす前に去ろう。
俺はビアンカの提案に乗り、少女と手を繋いだまま踵を返す。もちろん、後ろの警戒は怠らない。こういうのは背を向けた瞬間、『隙あり!』とか何とか言って襲ってくるのがテンプレなんだが····どうやら、その心配は杞憂に終わったみたいだ。
つるっぱげのおじさんは俺達が角を曲がるまで、ずっと壁にペタンとくっ付いていた。まるで『俺に戦意は無い』と全身で表すかのように····。

『あの男性は音羽の発する殺気と敵意に怯えていただけですよ。それより、これからどうしますか?少女を連れてドゥンケルの森へ向かいますか?それとも···』

 いや、ドゥンケルの森は後回しだ。人気ひとけのない所へ案内してくれ。まずはこの子と落ち着いて話がしたい。
 俺は大人しく付いてくる少女の手を引きながら、適当に路地裏を歩く。握っている小さな手が可哀想なくらい震えていることに気付かないふりをしながら···。
出来れば離してやりたいが····今、手を離せば逃げられるよな。最後まで面倒を見る覚悟をして助けた以上、途中で放っぽり出す訳にはいかない。それが例え、俺の自己満に過ぎなくても···。

『分かりました。では、次の角を左へ曲がってください』

 分かった。次の角を左だな?
俺はトボトボと重い足取りでゆっくり歩く少女に歩幅を合わせ、とりあえず次の角を目指した。
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