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第二章

第47話『稽古』

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 今、俺に足りないのは圧倒的技術力。即ち、剣の腕だ。今まではレベルの高さと攻撃力の高さでゴリ押してきたが、今後もそれが通じるとは思えない。ヘラの恩恵を受けた職業能力を持つ人族との戦いで剣もまともに扱えない俺がきちんと戦えるか分からない。魔族が守ってくれるからと言って、おんぶにだっこじゃ駄目だろう。俺も俺で強くならなきゃ意味が無い。
 そう───────意味が無いのだが·····。

「何でその日の内に剣の稽古なんだよ!?今日は色々あって疲れてるんだよ!!」

「まあ、『思い立ったら即行動!』が魔王様の流儀だからな。それに剣の稽古はいつ始めたって、やることは同じだ」

 肩を竦めるこの女騎士はルシファーのせっかちさを『いつもの事だ』と一蹴する。ルシファーと長い時を共にしただろうベルゼは奴の性急さにもはや慣れてしまったらしい。
 ちなみに───────────俺の剣の指南はベルゼにやってもらう事になっている。そして、レベル上げの狩りにはアスモが同行。体術はルシファーが教えくれるらしい。
 忙しいであろう魔王や魔王幹部が俺にあれこれ教えてくれるのは有り難いが····良いんだろうか?
俺がこの世界を救える唯一の希望であることは分かるが、魔王や魔王幹部が出張ることの程か?
 そう疑問に思う俺の前で、ベルゼは人一人入れそうな大きなカゴの中をガサゴソと漁っていた。ガチャン!ゴトン!と、鳴っちゃいけない音が度々鳴るが当の本人は気にする素振りを一切見せない。と言うか、全く気にしていないのだろう。

「はぁ····とりあえず、ルシファーのことはさておき···ここ、どこだよ···?」

 丸いドーム状に出来たこの空間は漫画でよくあるコロシアムのようで、少し気味が悪い。あと、広い。とにかく、広い。札幌ドームのおよそ2.5倍はあるだろう、この闘技場に俺とベルゼの二人だけ····。広いに決まっている。

「ここはお祭りで使う勝ち抜き戦の会場だ。祭り以外のときはたまに魔王軍の練習に使ったりもするが、まあ····ほとんど使われていないな。だからこそ、オトハの練習場に選んだ訳だが···」

「だからって、これはさすがに····広すぎだろ」

「その意見には私も同意するが、魔王様の意思なんだ。どうか、文句を言わず従ってくれ。狭いよりかはマシだろう?」

「いや、まあ···確かに狭いよりかはマシだけど····」

 確かに狭いよりかは広い方がいい。剣も振り回せないほど狭い部屋と剣をブン投げても壁につくことがないだだっ広い部屋、どっちが良い?と問われれば誰もが後者を選ぶことだろう。だがな····ものには限度ってもんがある。
 『はぁ····』と深い溜め息をつき、やれやれとかぶりを振る俺に突然木刀が投げつけられた。咄嗟にそれを片手で受け止める。

「ふむ····思ったより、反射神経は悪くないな。これは育てがいがありそうだ」

「い、いや、待て!!俺の反射神経を測るためとは言え、いきなり木刀投げつけるって···どういう頭してんだよ!!」

「ん?なんだ?真剣の方が良かったか?」

「んな訳あるか!!」

 憤慨する俺に対し、キョトンとした表情を浮かべるベルゼ。どうやら、悪い事をした自覚がないらしい。このキョトン顔はウリエルによく似ている。そのせいか、自然と怒る気が失せた。
 まあ、異世界人魔族ベルゼじゃ価値観も違うし、咎める必要はないだろう····真剣だった場合、確実に叱りつけているが。木刀なら、まだ許容範囲内だ。
 俺はキャッチした木刀を逆手持ちに切り替える。
あっ、これ····両刃だから、逆手持ちしたら俺の手首が···。
王家から貰った短剣はたまたま···本当にたまたま片刃だったため逆手持ちが出来たが、この世界では基本両刃が主流なので俺の逆手持ちは危ない。これを機に剣の持ち方を直した方が良いだろうか?

「珍しい持ち方だな」

 大きな箱の中から目当てのものが見つかったらしいベルゼが木刀で軽く素振りをしながら、こちらを振り返る。ベルゼが剣を振るう度、ブォン!と風が巻き起こるが、俺は見なかったことにした。あれはもう人間の為せる技じゃねぇ····。

「『珍しい』って言うことは、見たことはあるのか?」

「まあな。私の知り合いに東洋の国で過ごした経験のある者が居てな···そいつが確かオトハと同じ持ち方をしていた筈だ。まあ、そいつはもうこの世に居ないが」

「····そうか」

 東洋の国に渡ったことがあるという今は亡き仲間を思い、悲しみに満ちた表情を浮かべるベルゼ。恐らく、こいつもルシファーと同様に多くの仲間を見送って来たのだろう。その憂いた表情はルシファーとそっくりだ。
先に逝ってしまった仲間のためにも、ベルゼは俺の教育に力を入れることだろう。俺の戦闘能力が上がれば、成功率が飛躍的にアップする。だからこそ、俺の教育に魔族は力を入れるのだ。
 せめて、自衛は出来るようにならないとな。
俺の生存率=この世界の生存率と言っても過言ではない。それほど、俺の命は重いのだ。
いつ失くなっても良い無価値な命だと思ってたのに····まさか、こんな価値のある命になるとは思わなかった。

「なあ、ベルゼ。剣の持ち方は直した方がいいか?このままでも大丈夫そうか?」

「好きにすれば良い。オトハの持ちやすいように待てばいい」

「そうか?なら、俺はこのままで行こうかな」

 変に変えるより、このままの方がしっくり来るし、剣を学ぶ上で問題がないなら、このままで行かせてもらおう。
 ベルゼは俺の返答に軽く頷くと素振りをやめ、今一度俺に向き合う。片手で剣を構え、その剣先を俺の左胸あたりに向けた。
まさか、俺の心臓にその剣先を突き付ける訳じゃないよな····?
木刀だからと言って、油断してはいけない。相手は魔王幹部の一人だ。刃物じゃなくても、人一人くらい簡単に殺せるだろう。

「さて────────早速で悪いが、稽古を始めさせてもらう。まずはそうだな····オトハの力量を見極めたい。そのまま私に打ち込んでこい。もちろん、本気でだ」

 う、打ち込む····!?
確かに相手の力量を見極める上で一番手っ取り早いのは実践だ。実践を交えれば今後の課題や直すべき欠点が見つかる。だから、ベルゼの考えは間違っていないが·····女相手に剣を振り上げるのは····。ベルゼが俺より強いのは分かっている。彼女の強さは今朝、身をもって理解した。
だがなぁ····女相手に暴力を振るうのはちょっと抵抗が····しかも、ベルゼは味方だし····。

「?·····何をグズグズしている。早く来い」

「え?いや、でも···」

「はぁ····焦れったい!では、こちらから行かせてもらう!」

「えっ!?ちょ、待っ···!?はぃ!?」

 煮え切らない俺の態度に痺れを切らしたベルゼが真正面から飛び掛ってきた。
い、いやいやいやいや!!ちょっと待て!!いや、待ってください!!

「うわっ!?」
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