Wit:1/もしも願いが叶うなら〜No pain, no live〜

月影弧夜見(つきかげこよみ)

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旅立ちと出会い

イキリ初陣

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 ……そういえば、適正役職を聞いていなかったが、適正属性が回復魔術だと書かれていたのだから、どうせろくな役職を勧められないなどと考え、結局ジョブセンターに戻る事はやめにした。

 実際のところ、魔術が使えなくとも自分には充分な剣術が備わっているので魔術は扱えなくてもよかったのだが、それでも使ってみたいっていう男のロマンがありましてですね……




 ……そんな事よりも、まずは生計を立てる事を考えなくては。

 まだ1回しか食べた事がないけど、新人の勇者ってのは魔物の肉を食べて生き延びるもんだ、っておじさんは言ってたな……


 ひとまず今日は、おじさんからもらった人間界の通貨———レメルを使えば宿に泊まれるけど……明日からは街に張り出されてる依頼を受けてレメルを稼がないと宿にも泊まれない……

 勇者って意外と大変なんだなと思いつつも、依頼が張り出されている掲示板に足を進めた。

◎薬草を採ってきて!
◎ゴブリンの群れを倒して!
◎実験台になってください

 掲示板には、ありきたりな依頼からあからさまに怪しいものまで、ざっと見た感じだと50枚以上の紙が貼られていた。


 時計を見ると丁度昼頃だったので、(昼飯用の)ゴブリンの群れを倒す依頼を受ける事にした。

 ……まあ、今から受ける時点で、昼飯用にはできないのだが。




◆◇◆◇◆◇◆◇



 ———王都から西に約1キロ、かつては農業で栄えていたと聞いている町、スライド。依頼主は開拓班の人たちだった。

 ゴブリンの数はおよそ300。他の勇者との合同で討伐が行われる。

 他の勇者はほとんどが魔術を扱う杖だの回復用ポーションだのを持ってきているが、勿論こちらはほぼ無一文状態。魔術も使えない俺の武器は、もちろん刀だ。

『日ノ國』伝統の武器、刀。
 王都製の剣とは違い、滑らかな曲線を描く様な刀身が特徴の武器。

 ……まぁ、いつもは、って言うか今この刀には『不殺』の概念が付与されていて、今だけはただの木刀に過ぎないのだが。
 それでも、ゴブリンの数はたったの300。に比べたらどうって事は無い。


「あ、ちょっと君、カード見せてー」

 黄色の髪をし、動きやすそうなデザインの白銀に輝く鎧を身に纏った青年が、こちらへと近寄って来る。グイグイ来られるのは意外と苦手なのだが……

「白くん、ねぇ…………やっぱり。装備も何も付けてないと思ったら新人じゃないか、初めての戦場がこんな所で大丈夫かい?」

 しぶしぶカードを見せたが、意外と俺のようなヤツは珍しいらしい。

「あ、はい。大丈夫です。刀の扱いには、自信があるので」

「刀……刀か……中々お目にかかれない武器だなぁ……いくら木刀とは言え……ん?……まさかコレ……が……」

「あ、あんまりジロジロ見ないでくださいっ」

 ……あまり人に見せるものでもないので、つい刀を取り上げてしまった。

「あっ……すいません……急に取り上げてしまって」

「い、いいよいいよ、大丈夫。それよりも……」

 そう言うとお兄さんは森の方角を指差す。

「見えた。ゴブリンの群れだ。ここ数日間、開拓班が餌付けしてくれたおかげで、今日もここに来てくれた」




 ゴブリンの群れが、餌目がけ我先にとこちらへ走って来る。と、ゴブリンの足音しか聞こえなかった開拓地に、力強い声が鳴り響いた。

「『ファイアストーム!』」

 次の瞬間、ゴブリンの群れの最中に、緑と赤の混ざり合った嵐が発生する。

 地面に埋まっていた岩をも優に抉り、吹き飛ばすその威力は……やはり男のロマンと言っても、何一つ差し支えのないものであった。


 ……俺にとっては、だけど。



「あれは……風と炎属性の混合魔術だね」
「カッコいい……」

 俺はただその場に留まってるだけだったが、他の冒険者はその魔術を開戦の合図として受け取った様で、剣や杖片手に一目散に突撃していった。

「それじゃあ、僕も行ってくるね。君はここに留まっておくかい?」

「あ……もう少しだけ……初めて間近で魔術を見れて嬉しいんです」

「そうかい。……健闘を祈るよ」

 そう告げるとそのお兄さんは、俺たちが立っていた崖をまるで行き慣れたかの様に飛び降りていった。


 

 それからしばらくの間は傍観の時間が続いた。

 ……それも、ゴブリンなど所詮下級の魔族に過ぎず、大体の人が追い払うくらいは優にこなせるので、正直俺は行っても意味がないかななどと考え、「皆がゴブリンを倒した後に、しれっとその肉だけ貰っていこう」などという小狡い思考が頭を巡っていたからだ。


 ……がしかし、あるタイミングで戦況に変化が生じた。



 ズドオオォォォオン、と、岩を落とすような鈍い音が鳴り響く。

 ……まあ実際、言葉に表すのが難しい衝撃音であるのだが。




 地を揺さぶる足音。
 他のゴブリンよりも一回り大きいそれは、現れた瞬間に場の者を敵味方問わず圧倒した。

 キングゴブリン。そう名付けるのが妥当なくらいの威圧感だった。



「こんな重量級のやつがいるなんて聞いてないぞ!」
「待って待って待って! 今足、挫いてるから、ほんとに待っ……」



 踏み潰されたり、棍棒で上半身を吹き飛ばされる勇者たち。
 上がる血飛沫。飛び散る肉片。

 それらを見て、ようやく俺は———。


「……そろそろ、やるか」

 戦場に赴く事を、決めた。

 別に逃げれないから気が狂った訳じゃない。逃げようと思えば、ここからならいくらでも逃げられる。
 ただ、食料が欲しかっただけ。それと、

「……どうも嫌だな、人が惨めに死ぬ様ってのは」

 ただ、そんな、他のニンゲンたちにはどうでもいい理由だった。

 …………いや、もう1つ……確かにそこにはあった。



『人を守る剣を、振るいなさい』

 ……そんな、の……古く錆びきった言葉が。



「概念封印、解除」


 刀の木でできた部分が割れ、中から銀色の刀身が姿を現す。
 なぜか分からないけど、ここまでずっと身体に巻いていた、古ぼけたローブを脱ぎ捨てる。



 とりあえず崖下に降り、棍棒を振り回すキングの隙を見極める。

「グッ」

 殺気に勘付かれた。キングはそのままこちらへ走って来る。
 ———しかし、今の俺にとっては好都合だ。


 構えを取る。腰を一段低く、足に力を入れる。当然ながら、走って来る間の相手は無防備。
 棍棒を振るスピードは速いが、その動作に移行するまでが長過ぎる。

 ズドン。ズドン。
 一歩、一歩と近づいて来る。しかし、


 スッ、と一閃。

 勝負はたったの一撃でカタがついた。
 まさに技。

 上がる血飛沫。飛び散る肉片。
 それが自分のものになるとは、キングは思いもしなかったであろう。

「なんだあれ……」
「すげえ!」

 戦地では歓喜の声が上がっていた。
 残されたゴブリンも走ってどこかへ消えていき、ようやく戦いは終わりを迎える。

 ……さて、それじゃあ一番の目的を達するか。

 俺はキングの巨大な肉を指差し、崖から観察しに来た依頼主に向かって、


「この肉、持って帰ってもいいですかーっ?」

 夕暮れと血に染まった荒れ地の下で、ありったけの力を込めて叫んだ。






 ……いや~、それにしても、ゴブリンを斬り裂いた時の俺、カッコよかっただろうな~っ!

 一発、ただの一発で倒した……! いや~気持ちよかった!!!!
 
 コレだよコレコレ! このまま俺は期待の新人として注目されていって、チヤホヤされるんだろうな~っ!




 優越感と、爽快感と優越感で、その時の俺は有頂天の極みに達していた。
 優越感、などという言葉がわざわざ2回も思い浮かぶぐらいには有頂天だったのである。


◆◇◆◇◆◇◆◇


 その後……依頼主から小刻みに分けてもらったキングの肉とレメル50枚(一番の活躍を果たしたため通常より多く貰えた)、そして依頼を終えた証としてバッジを貰い、犠牲になった勇者の埋葬をした後、王都へと戻った。

 昼ごはん……のつもりでゴブリンを狩ったが、帰ってきた時には既に夜。

 今日はそのままご飯も食べず、宿にて宿泊の手続きをした後、ベッドへと一直線。そのまま深い眠りについた。

 あのお兄さんは大丈夫だったかな、なんて……くだらない事を思いながら。







 ……夢の中で、師匠の姿を見た。

 あんな『言葉』と共に思い出してしまったのだろうか。

 ……上半身が切断され、目は虚のまま、赤く染まりきった床に倒れ込んでいる、もう二度と思い出したくもなかった姿を。






◆◇◆◇◆◇◆◇

「……概念武装の刀、白髪、そしてあの年であること。私は、この少年が執行指定人物と踏んで、こうして密告を……」

 王都、その最奥部。
 そこに佇む王城にて、黄髪の青年は謁見している最中だった。

「特徴を聞いている限りは、そのようだな。……が、疑わしきは罰せよ。魔王軍戦争において、この人類が不利になるかもしれぬ要素は排除しておかなくてはならぬ」


 暗闇の中に、蝋燭の灯った柱が、王座を照らし爛々と輝いている。

 ……その灯りの下にて、現・人界王、ユダレイ・タッカーダル四世の威厳ある声が響き渡る。

 その青年は、密告していた。
 今日……その昼に出会った少年……白のことを。

「報酬金の件ですが……」
「もちろん既に用意してある。しかと受け取るが良い」





 ……別に個人的な恨みはないんだ。
 ただただ、そうすればレメルがもらえるから密告した、ただそれだけのことさ。
 ごめんよ白くん。明日から君は追われる身になるけれども。


「……健闘を、祈るよ」

 月明かりのみが照らす王都の帰路にて、青年はただ1人、妖しくにやけながら呟いた。
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