Wit:1/もしも願いが叶うなら〜No pain, no live〜

月影弧夜見(つきかげこよみ)

文字の大きさ
23 / 256
新・二千兵戦争

新・二千兵戦争/反転

しおりを挟む
◆◆◆◆◆◆◆◆

 何の変哲もないはずの朝だった。

 
 しかし、家の扉は開いていて、サナは既に家にいなかった。

 明らかに何かおかしいと思いつつ周りを観察すると、テーブルの上に紙切れが置いてあった。

 紙切れの内容は王城を出て、そこからある場所が示されている地図だった。
「行くしか……ないか」

 罠なんだろうな、などと察しつつ、刀を取り上げる。

 先程まで朦朧としていた意識は完全に覚醒し、脳内は既にいつでも戦いに臨める体勢に移っていた。



 開いた扉から外へ出る。
 家の前の少し大きな道はかなり散らばっており、明らかにここを誰かが大人数で通った痕跡が至る所に残されていた。

 外に出てからはすかさず王都を飛び出し、地図を頼りにそのまま進むと、森の中にある開けた平野に出た。




 いつか見た光景。
「そこ」が、地獄と化す前のものとほぼ同じ光景が、そこには広がっていた。

 王都を飛び出した時から空には暗雲が立ち込め、灰色の空模様が頭上に広がっている。




 その下には、幾千もの雑兵。
 その数、以前の二千兵戦争とは比べ物にならないほど。

 俺が平野に出た瞬間、その人だかりの中から、担がれた台座に縛り付けられたサナが出てきた。


「……何、してんだ?」

 なぜ。頭に浮かんだのはそのような困惑だった。

 なぜ、サナは縛り付けられているのか。
 なぜ、サナを持ち去ったのか。
 なぜ、わざわざ俺をこんなところに呼び出したのか。

 ……でも、俺だけ捕らえられずに、こんなところに呼び出されたのだから、大体相手の要件は察していた。



 と、そこで、前にいた少年が声を上げる。
「人斬り白郎だーっ! 人斬り白郎を殺せーーーっ!」

 そう言うと少年含む人だかりは、皆刀を構え一斉にこちらに向かって走ってくる。






 ……あーあ、やっぱりそうだった。


 わざわざ俺と戦わなくても、復讐したいなら眠ってる間に殺せばよかったのに。
 ……何で同じことを、どうしてそんな無意味なことを繰り返すんだろうか。



 木刀を構える。
 前から来た敵から、ありったけの力で薙ぎ払う。

「ふんっ! ふううっ!」

 敵の数にキリはない。
 何度振り払っても、また絡まってくるツタのようにしつこく飛びかかってくる。
 1人、また1人と、首の付け根や頭を狙い慎重に叩いていく。

 間違っても、殺す事のないように。
 それが師匠との約束だから。




 ある程度の敵を木刀で気絶させた後、走ってくる者はいなくなった。
 皆少し退き、防御を固めている。
 かかってこい、という合図だろうか。
 こんな奴ら、何人集まろうと倒す事は造作もな———




 ドスッ、と。

 腹部に電撃が走る、重い音と共に。



 恐る恐る、腹部に目をやる。


 冷たい鉄の刃が、その肉を貫いていた。




「……ぁ………あ……」
「死ねっ! 人殺しっ!」

 後ろから俺を突き刺した男はさらに力を強める。

 激痛でまともに動きそうのない腹を捻り、木刀を男の頭にぶつける。男は倒れたが、その際に見えたのが、


 先程木刀で気絶させたばかりの敵が、生気のない顔をして立ち上がっている姿だった。




 冷たい刃を引っこ抜く。
 歯を食いしばって、噛み砕いてもなお耐えがたい激痛が自身を襲うが、そんな事目の前 (と後ろ)の敵を目にした時には構ってられなかった。

 後ろからも前からも、俺を突き刺そうとして走ってくる人だかり。
 飛べば切り抜けられる状況だ。



 しかし、
 自身の腹から流れ出た血を目にして、そこから目が離せなくなった。
 頭がボーっとして、揺らぎながら、それでもなお自身の血を見つめ続ける。



 そんな時。思い出した。
 あの地獄を、この手で作り上げた時の感覚を。
 全てが終わった後、貪り食った肉と血の味を。
 人を斬り殺した時の、快感を。


 撃鉄が落とされる。


 自身の心の中で、カチッと言う針音が鳴った後、止まらなくなった。

 タガが外れる。
 完全に決壊する。
 自身の理性よりもエゴを優先する。

 鼓動は速くなる一方。
 身体の奥が熱くなる。
 はちきれんばかりの衝動がこの身を飲み込む。


 その渦の中で、もう1人の自分が囁いた。
「コロせ、コロせ、タベロ、シタガエ、チをノメ、ムサボリツクセ」





 ———反転。
 先程抉れた腹をさらに自身の手で抉る。
血に汚れ、濡れたその手を。
 人差し指だけ、口に突っ込んだ。
 瞬間、木刀が割れる。


「……へっ……へへっ……」

 不気味な笑いを浮かべる。

 だが、これで。ようやく。
 殺せる。
 斬れる。
 食べれる。
 好きなだけ、好きなだけ。


「約束」も、「夢」も、「名前」も、「戦う理由」も、「仲間の存在という認識」も、全てどこかに捨ててきた。

 今の俺は。
 人を食べる、怪物に変貌した。
しおりを挟む
感想 203

あなたにおすすめの小説

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

処理中です...