Wit:1/もしも願いが叶うなら〜No pain, no live〜

月影弧夜見(つきかげこよみ)

文字の大きさ
45 / 256
ブレイバー

勇気ある者

しおりを挟む
 力強く響き渡った掛け声。次の瞬間場に轟いたのは一閃の光。
 雷鳴轟く鋭利の刃。
 直後、耳を裂く轟音。

 貫いた。
 ヤツの装甲ごと、その罪と血に塗れた肉塊を。
 黒騎士は意外だ、という顔をしていた。


 そりゃあそうだろう、神の防御壁が破られる事はない。
 普通は。

「貴様……っ……一体何をした……!」

 装甲から血が吹き出し、装甲の表面の模様を伝って滴り出す。
 膝から崩れ落ち跪く姿は、だがここで確実に殺さなければと俺の中の決意を固くさせた。

 ……が。よく見ると。
「あ……れ?」

 自身の左手が灰色に変色していた。


「……まさか、アイギスが破られる事になるとは……思わなかった……しかし、やはり効いていた……『擬似神核ゴルゴーンの首』は!」

「なるほど……石か、この腕は」

「その、通りだ……『ゴルゴーンの首』は権能を発揮した瞬間、私が視認したものを……石にする」

 ……つまり、この未だに動かない左腕は完全に石化してしまったと。

 ……しかし関係はない。
 この残り1発で終わらせ———、






 誤算だった。
 今の一撃、アイギスを貫いた攻撃によって、ヤツの中に「避ける」という選択肢ができた事を、完全に考慮してなかった。

 刀を振り下ろした時、既にそこには誰もおらず。


「クラッシュッ!」

 黒騎士がそう叫んだ瞬間、一瞬にして数メートル先まで吹き飛ぶ。

「…………ぐ……っ……」

 受け身に失敗し、横腹を大きく痛める。が、休んでいる暇などないと疲労しきった身体に鞭を打ち、よろけつつも立ち上がる。



「……いやあ……しっかし、どうすっかなあ……」

 一撃必殺。あの技で決まるはずだった。

 いや、そんな余裕な事ではなく、「決めなければヤバい」状況だったのだ。

 だからこそ、避けるという選択肢のできた黒騎士にどう対処するかが問題となってくる訳で、その問題をどのようにして克服するかに全霊を注ぎ考え込む……ことができたらよかったのに。

「だあああああっ!」

 見上げれば、魂を刈り取らんとする漆黒の騎士が。

 よくもまあ、そんな風穴が空いた身体で動けるな、と疑問に思う。




 ……だがこうなれば、正面激突以外の道なんて、ないだろう?

状態モード移行チェンジ。五十三連撃状態へと移行だ、神威」

『承知しました』


 1秒にも満たない刹那の後に、互いの刃が再度重なる。

 耳をつんざく金属音の後、場を襲ったのは激突の衝撃による突風。

 ……黒騎士は接地すらしていないのに、片腕で大剣を持って、なおかつ俺の刀を用いて自身の身体を支えバランスまでも取ってみせた。


 一体全体どんな運動神経してんだ?———とか考えながらも、戦況は常に動き続ける。

 3度に渡る剣戟の末、大剣が振り回された先には。


「……あ」

 横腹に違和感。……いいや、これまで幾度となく味わってきた痛みだ。
 力が入らず、その場に倒れ込む。


 倒れ込んだ際目にしたのは。
 片側だけ破れた腰辺りの服に、赤く染まりきった腹とそこから滴り出す血のみであった。







********


 場が静寂に包まれたその間、聞こえていたのは両者の苦痛に悶える呼吸音のみ。
 互いに消耗し合い、、先に動けた方が勝ちだ、と言わんばかりの状況にて。

 やはりというか、なぜだというか、先に動き出したのは黒騎士の方であった。

「……私……を、ここ、まで、追い詰める……なんてな……」

「…………ぁ……」

 大剣が振り上げられる。
 その風穴が空いた身体で。その隻腕と化した身体で。
 弱々しく、震えながら上げられた大剣で、白さんは今まさに両断されようとしている……!




 は。
 ……一瞬だけ、迷った。
 白さんは「俺に任せろ」だなんて口にしたから。

 ……だから逃げてしまえばいいと。

 あんなヤツ倒せっこないのだから、白さんのせいだ、と自分の中で勝手に罪を押し付けて、自分だけこの場から退散しようとしていた。


 ……でも、それじゃダメだと思った。


「…………やめて……白を……殺さない……で……!」

 ……そう口にして、地に伏せながらも魔法使いは杖を振る。
 しかし、何も出はしない。サナさんの魔力は既に枯渇しているからだ。

 ……それでも、魔術すら繰り出せなかろうと、涙を浮かべ白さんを守ろうとする魔法使いの姿をみた。



 ……だからこそ、そんなズルい事はダメだと思って。

 僕は、誰かを守る為にここにいるんだと再確認して。

 きっと、僕以外の誰もが反対するような、そんな決断を下した。





『もうお前は、立派な勇者だ』



 今まさに、白さんを両断しようとする黒騎士のもとに。

 気付かれないように、だとかそんな事も考えず。そんな作戦すら立てず。

 まるで何かにしがみつきに行くかのように、自暴自棄に、無我夢中になりながら走り出した。

 片手には剣。
 どれだけ無力だろうと、どれだけ無意味だろうと、動く事自体には意味がある……と。
 先程そう言ってくれたのは、紛れもない白さんだったから。



 剣も魔法も使えやしない。
 力もないし知力もない。
 ……でも、だからどうしたと、くだらない夢を肯定してくれたのは、紛れもない白さんだったから。




「は……はあ、は……やった……ぞ……」
「小僧……貴公……は……何をした……?!」

 突き刺してやった、その剣を抜く。
 飛び散る血しぶき。

 血を見るのは慣れていないからか、少しばかり吐き気をもよおしたが、今は気にしている場合ではなく。

「……は……ぐ……小癪……なあっ!」

 既に大剣は己の腰辺りまで迫っており。

「危ないっ!」

 ……そう叫んで、白さんは僕を守るためだけに、魔力障壁を展開してくれた。

 魔力障壁を伝い襲いくる激痛に。
 だがしかし耐えて、またヤツに立ち向かわなくちゃならないと心を奮い立たせる。

 ……が。
 動かない。
 骨の髄から身体全体が軋み、動く……動かそうとする度激痛が生じる。

 その間にも、ヤツは白さんに迫っており。
 それでもなお、この状況を打破しようと必死にもがいて。


 ……無理だった。

 耐えがたい激痛に、意識すら薄れてゆく。
 あの人に任せていいのだろうか。
 僕はもう眠って、1度、楽になっていいのだろうか、と。

 自問しながら、その意識は暗闇の中に呑まれていった。

 ……それでも、希望は託した。
 僕はやれた、繋げられたんだ、最後の希望を……!









********


「……ありがとうな、セン。でも俺は……ここで終わりみたいだ」

 小さく呟く。誰に聞こえなくとも、誰かに聞かせたいかのように。








『……終わり、だと……誰が決めたぁ……っ!』




 背後より聞き覚えのある声のした瞬間、黒騎士が困惑しだす。
 正にどこを狙えば良いか分からないかのように。

 ……訂正。本当にどこを狙えば良いか分からないらしい。

 
 何気なく目をやった左には、6体もの「自分」が。

「何……? 何だ、今度は一体……?!」

よく分からない。が、この機に乗じぬ理由はない……!



 天高く、飛び上がる。
 太陽を見上げ。
 長く続いた戦いに、終止符を。
 漆黒に堕ちた騎士に、黄昏を。
 この一撃を以て、決着をつける———!









********

 長い、長い人生だった。
 ……もはや人生と呼んで良いのかあやふやな「ソレ」は、たった今少年の手によって、幕は降ろされた。


 力を、求めた。


 何故であろうか、力を求め、魔の道に影を落とした。

 それを見つめる旧知の顔はやはりどこか寂しげで。

 それを見つめる師匠の顔はどこか儚げだった。



 大した目的も無かった。ただひたすら力を欲し、力に呑まれた無意味な人生……だった。

 死ぬ事もできず、自殺も諦め、自身を殺す者を待ち続けた。

 その結果がコレだ。
 どこの馬の骨とも分からん小僧によって、全てが終わった。
 後悔は無かった。だがしかし無念のみがその場にこだまする。



 無念……何の、一体何の無念……だろうか。

 力に呑まれた無念……一体何の……
 そうか、そう、なのか。ようやく、思い出した。
 こんな時になって、ようやく。


 、私はお前に、勝ちたかったのだ。
 絶対に勝ちたかった。何をしても勝ちたかった。

 だからこそ力を求めた。だからこそ魔の道に影を落とした。
 いつの間にか、私は小僧の姿にお前を重ねていたのか。

 ……しかし。その結果が、この執念をも忘れ去るものだったのなら。

 ……或いは、別の道を歩んでいたのなら。
 全て、変わっていたかも、しれない、な……と。








********



 見事なまでに大量の血を吹き出す肉塊。
 両断してもなお、黒騎士はその場に立ち続け、絶命した。

 ようやく、この地獄は終わった。
 ようやく、この戦いは終わった。

 いくつもの犠牲を払い。
 いくつもの無念が散り。
 その果てに残ったのは、誇り高き者の遺体……のみであった。

「……あ……っ、頭、クラクラ……して……あふっ」

 情けない声を漏らしながら、力を失い崩れ落ちる。

 もうどうだっていいや、と地面に寝転がる。
 ……一生この時間が続けばいいのになあ。


 ……まあ、あくまでそれは願望で。
 現実は少しばかり、違っていた。


「…………ア……レン……決着を……つける……ぞ……」

 やっぱり、そうだった。
 聞き覚えのある声、6人もの俺の幻影。
 それらが指す者こそ、つまり。



「兄さん……生きて……いたんだな……」

 イデアは、兄さんは、
「うるさい……! 終わらせるぞ、俺たちの勝負を……!」



 兄さんは、ちゃんと……!



「剣を構えろ……神威を……構えろ……貴様の全力……を……?」

 腹に傷を負い、よろけながらも近づいてくる兄さんに向かって、立ち上がり、
「……アレ……ン?」

 思いっきし。

 抱きついた。

「何を……何をしているアレン……! 離、れろ……っ!」

「……後で」

 兄さんの服に顔をうずめながら、モゴモゴ言って語りかける。

「もう、後ででいいじゃないか……こんな、時まで……殺し合いなんて、したく、ない……もう、やめよう……兄さん……!」

「ちく、しょう……確かに、お前……の、言う通り、かもな……」

 涙を流しながら。
 顔をうずめた服がだんだん湿っていく中。

 兄弟は地に伏せ。
 深き深き、眠りについた。
しおりを挟む
感想 203

あなたにおすすめの小説

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

処理中です...