Wit:1/もしも願いが叶うなら〜No pain, no live〜

月影弧夜見(つきかげこよみ)

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アーティフィシャル・マインド

最後の約束

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 薄れゆく視界の中に最後まで残ったのは、目を輝かせながらその様子を観察するコックの姿。
 ……だが、記憶はここで終わっていた。






********

 ……ああ、終わった。
 いいや、これも運命なのだろうか。
 多くの人々の命を奪い、多くの人々の夢を壊してきた「人斬り」の最期が、こんなにも呆気なく、ひっそりとしたものだなんて。


 やり残した事は……かなりある。
 サナは……まあ大丈夫だろうが、センは……アイツは1人にしとくと何するか分からない。ほっといたら1人で死ににいくかもだし……

 兄さんとは……決着がまだついてなかった……よな。きっとあっちにとっても心残りだろうな。

 ……それに、コックは……
「……へっ、契約した途端に死ぬマスターなんて、マスター失格だな……?」







 ……え?
 なぜ、俺は喋れる?
 なぜ、風穴が、俺の胸にぽっかりと空いていたはずの、風穴が閉まっている?
 …………どうして、俺は死んでいない?


 ……いや、違うよな。

「そっか、死んだらこんな感じになる……のか。天国も地獄も、所詮は嘘っぱちだったって訳か」

 全てが灰色に染まり、完全に静止しきった世界に、俺は立っていた。


 ……そして。


「身体が……動く。……だけど、俺はどうすれば……」

 とりあえず、斬ってみる……か。



 リーの機体を両断した瞬間、視界に色が戻り、全ての生命体が動きだす。

 そうして、今に至る。







 一瞬にしてリーの目前から姿を消し、その機体を既に両断していた俺自身と、
 完全に気絶したイデア、それを横目に主の神技ジルの覚醒を祝うコック。


 ……だが、しかし。
 この行動は。

 今の俺の行動の軌跡、すなわち「覚醒」した白の神技ジルを説明できる者は、俺含め誰1人としておらず。

「———そう、か……まだチャンスがあるというのなら……っ!」

 されどそのジルは、その場に「勝利」という結果のみを残し、刻み付けていた———!






「もらったあああああっ!」

 両断した機体の中心部に手を差し込み、中から2つに割れた球体を取り出す。


「コック! こいつがお前の奪われた記憶じゃないのか?!」

 ……そう、あの時、リーはコックの記憶を消すのではなく奪ったのではないか、と仮説を立てたわけだ。

 なぜならヤツは確かに『吸収』と口にした!

 検討違いだったのなら……それは仕方ない、が、そこに可能性があるというのなら、そこに賭けてみるが……吉だ!




「7る  、 ほド……私の記憶カラ再現しようとシマシタ。ですね。

 理解されました……私の記憶はコックピットが使わレた……ですね、、  詩かし無知は幸せ知らぬは花……知らない事がいい事も……あるマス」



「……最後に1つ質問だ。お前は……リーか?」

「受理されますた……私をリーであり、リーでをありません……複合体として再現されようとされました……私の中で……[[アム]]と[[リー]]の複合体としつつ……ですか。



 あなたたちならば……全てを。この世界を変えられるかもしれぬ。[[アム]]の支配の先には———」


 両断された機体は、その後2度と動くことはなかった。
 場には沈黙が流れる。
 あまりにも呆気なく終わったのと。
 あまりにも、ヤツの発言が不可解だったせいで。


 ———だが、これでようやく、チャンスができた。
 俺が死んだら———お前の顔はまただろうから———。




 ……それでも、やはり最初にやるべき事は。


「コック。記憶をどうやって取り戻すか……なんて、正直俺には分かんないけど、できる限りの事はしたつもりだ。


 ほらっ、それが多分ヤツの……リーの記憶だろうから、多分そこから……」

「…………残って、ません」



「……やっぱ、そうだったか。何事もそう上手くはいかないもん……だな」

「そうですね、やっぱり、そんなもの、なんでしょうか……!」



 ……ああ。
 また、守れなかったよ、その笑顔は。
 約束、したはずなのに。

 …………泣かないでくれよ、頼むから。

 お前は、のお前は、そんなヤツじゃなかったはずだろう?

「私は……やはり本物の私なんて……いなかった……そんなもの、最初から……!

 もう、私にはないんだ……本物である証拠も、本物である記憶も……本物である、証明すら……できやしなくて……!

 なら、ならば私は、私は一体何……? 一体私は、何なので———」



「……お前は、今のお前が、本物だよ。今のお前を妨げるマスターも、今のお前を消去する存在も、システムも存在しない。

 ……もう、最初から分かってるんだろ……? 今の自分を本物として、生きてゆくしかないって。


 前のお前の分だけ、今のお前が何かに触れ、何かを見る事が……大切なんだ。だから……」



「そうです……よね、やはり、そう生きるしか……ない……私は最初から、分かっていた……」


「……だからこそ、ここでお別れだ。お前は、お前の世界で全てを見てくるといい。俺がお前といる理由なんて、もうないだ———」













「…………一緒にいる理由ならば………あるでしょう……マイ……マスター……!……私は……言いました……後悔させないで、と!

 あなたが前の私とした約束は———存じません、ですがマスター、あなたは……この約束を無かったことにするつもりですか……!」



「……でも、俺といない方が自由だし……」

「許しません、それこそ許しませんっ! その、私の初めて交わした、約束を……なかったことにする事だけは……絶対に……!」


 ああ、そうか。
 また、まただよ。また俺は、他人との約束を破ろうとしていた。それも、自分勝手にだ。

 ……やっぱり、どこまでもどうしようもないヤツだったよ。……俺は。

「俺は……俺は、どうやったら、約束を守れると思う……?」

「…………私と、一緒にいてくれるなら、それだけで」




 ……一緒にいる。
 今まで結びつけてきたどんな約束にも、その根幹は存在し。

『誰かと共にいたい』という想いが、今までの俺を強くしてきた。


 ……そうか。答えは、そうだったのか。
俺は結局のところ、誰かと一緒にいたいだけで———。



「……なら。だったらいいさ。……後悔は、させないと……思う」

 守れるかどうかすら怪しい、最後の約束を、取り付けた。






********

 最後の最後。

 前の『私』が残した1つの疑問が、ファイルの裏からこぼれ落ちる。
『なぜ、私はあの用のないはずの、アレンという人間に固執したのか』

 でも、今ならば、すこしは分かる気がする。

 ……変えてくれる、と思ったのだ。

 ヒトの心を持ちながら、マスターの命令を聞くことしかできない機巧天使にとって、そのマスターのいない1000年は、実に退屈で、実に虚無に満ちていた。

 だからこそ、そんな現状を、「救世主セイバー」なら、大戦を終結させた「誰か」のならば、何かを変えてくれる、と、そう思ってしまったのだ。

 元マスター、ジェネラル・グレイフォーバスの亡き娘、セラ・グレイフォーバスのデータが詰まった、その偽物の心にて。




 ———その人工の、精神にて。
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