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十四話
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教室の施錠を買って出た私は、それに付き合ってくれた纐纈君と校門に向かう。
夕日は落ちて、空の色は紫色から深い青になっていた。
満月と半月の間の、中途半端な月がぼんやりと辺りを照らしている。
纐纈君が校門で立ち止まる。私はそれを避けるように左に曲がり、ワンテンポ遅れて立ち止まった。
「苗木、今日はどっか寄るのか?」
「あ、ううん。いつもは歩いて帰るんだけど、今日はちょっと遅くなったからバスで帰ろうかと思って」
「そっか。じゃあ、バス停まで一緒だな」
「邪魔じゃ、なければ……」
「邪魔じゃないに決まってるだろ」
バス通りに出るまでは、道幅は狭く車も少ない。静かな夜道を、纐纈君は当たり前のように私の左側を歩いてくれる。
そうやって数歩進んで、やっと、彼が立ち止まった理由に辿り着いた。纐纈君は別れの挨拶をしようとしてくれていたんだ。
それに気付かずに追い抜くなんて、間抜け過ぎる。
気恥ずかしさに俯いていると、纐纈君が口を開いた。
「よかったな。間に合って」
「うん。紗耶香と陽菜乃が声を上げてくれた時は、友達だから私のことを見捨てられなかったのかなって思ったんだけど、山内君も池永さんも手伝ってくれたね。帰ったみんなも心配してくれて、やさしくて……」
「みんながやさしかったのは、苗木が頑張ってるのを知ってるからだよ。だから、友達でも、友達じゃなくても助けてくれたんだよ。
オレだって……」
途切れた言葉に顔を上げたけれど、纐纈君の表情は見えなかった。
「オレだって、文化祭委員だから手伝ったんじゃないからな! 苗木を助けたいって思ったから助けたんだ」
「そっ……か。へへ、ありがと」
さっきから、視界がぼやけるし、声がうまく出せない。
バス停までの道ってこんなに長かったかな。歩幅が小さくなって、前に進めない。
いつのまにか、私の行く手を纐纈君が塞いでいた。
「苗木。ずっと我慢してたんだろ。無理するなよ」
纐纈君の手が、遠慮がちに私の頭を撫でる。
「……うん」
失敗を耳のせいにする自分が卑怯で大嫌いだと思った。
悪いのは違和感を持ちながらも、ちゃんと確認しなかった自分だ。
だって、聴き取れないのが当たり前すぎて、脳みそが情報を勝手に補完するんだ。本当は、どこまで聴こえていて、どこからが推測なのか私にもわからない。
これはきっと、今さらどうにかなることじゃない。そういうふうにしか、私は生きられない。
これからも同じ失敗を繰り返すんだと思うと、絶望しかなかった。
大粒の涙がぽとりと落ちる。きっと、私は真っ赤になって、酷い顔をしている。くちびるを噛みしめても歯はカチカチと震え、情けない声が今にも漏れ出てしまいそう――。
「ふっ……う」
「思い切り泣いた方がきっとスッキリするって。無理矢理感情を押し込めるなよ」
纐纈君の手が首の後ろに触れて、引き寄せられる。かすかに汗の滲んだシャツに頬を埋め、私は声をあげて泣いた。
悔しさと、悲しさと、情けなさと、申し訳なさ。
はずかしさと、安堵と、うれしさと。色んな感情が私の中を駆け巡って、涙と泣き声になって溢れ出る。
こんなにダメな私なのに、みんなやさしくしてくれるんだ。
こんなのダメなのに。やさしさに甘えて、贅沢な人間になってしまったらどうしよう。
生まれた時から人より劣ってる私は、他の人よりできてやっと普通になれるのに。
「オレにだけは甘えていいよ」
どうして、纐纈君は私が欲しいと思っているものばかりくれるんだろう。
夕日は落ちて、空の色は紫色から深い青になっていた。
満月と半月の間の、中途半端な月がぼんやりと辺りを照らしている。
纐纈君が校門で立ち止まる。私はそれを避けるように左に曲がり、ワンテンポ遅れて立ち止まった。
「苗木、今日はどっか寄るのか?」
「あ、ううん。いつもは歩いて帰るんだけど、今日はちょっと遅くなったからバスで帰ろうかと思って」
「そっか。じゃあ、バス停まで一緒だな」
「邪魔じゃ、なければ……」
「邪魔じゃないに決まってるだろ」
バス通りに出るまでは、道幅は狭く車も少ない。静かな夜道を、纐纈君は当たり前のように私の左側を歩いてくれる。
そうやって数歩進んで、やっと、彼が立ち止まった理由に辿り着いた。纐纈君は別れの挨拶をしようとしてくれていたんだ。
それに気付かずに追い抜くなんて、間抜け過ぎる。
気恥ずかしさに俯いていると、纐纈君が口を開いた。
「よかったな。間に合って」
「うん。紗耶香と陽菜乃が声を上げてくれた時は、友達だから私のことを見捨てられなかったのかなって思ったんだけど、山内君も池永さんも手伝ってくれたね。帰ったみんなも心配してくれて、やさしくて……」
「みんながやさしかったのは、苗木が頑張ってるのを知ってるからだよ。だから、友達でも、友達じゃなくても助けてくれたんだよ。
オレだって……」
途切れた言葉に顔を上げたけれど、纐纈君の表情は見えなかった。
「オレだって、文化祭委員だから手伝ったんじゃないからな! 苗木を助けたいって思ったから助けたんだ」
「そっ……か。へへ、ありがと」
さっきから、視界がぼやけるし、声がうまく出せない。
バス停までの道ってこんなに長かったかな。歩幅が小さくなって、前に進めない。
いつのまにか、私の行く手を纐纈君が塞いでいた。
「苗木。ずっと我慢してたんだろ。無理するなよ」
纐纈君の手が、遠慮がちに私の頭を撫でる。
「……うん」
失敗を耳のせいにする自分が卑怯で大嫌いだと思った。
悪いのは違和感を持ちながらも、ちゃんと確認しなかった自分だ。
だって、聴き取れないのが当たり前すぎて、脳みそが情報を勝手に補完するんだ。本当は、どこまで聴こえていて、どこからが推測なのか私にもわからない。
これはきっと、今さらどうにかなることじゃない。そういうふうにしか、私は生きられない。
これからも同じ失敗を繰り返すんだと思うと、絶望しかなかった。
大粒の涙がぽとりと落ちる。きっと、私は真っ赤になって、酷い顔をしている。くちびるを噛みしめても歯はカチカチと震え、情けない声が今にも漏れ出てしまいそう――。
「ふっ……う」
「思い切り泣いた方がきっとスッキリするって。無理矢理感情を押し込めるなよ」
纐纈君の手が首の後ろに触れて、引き寄せられる。かすかに汗の滲んだシャツに頬を埋め、私は声をあげて泣いた。
悔しさと、悲しさと、情けなさと、申し訳なさ。
はずかしさと、安堵と、うれしさと。色んな感情が私の中を駆け巡って、涙と泣き声になって溢れ出る。
こんなにダメな私なのに、みんなやさしくしてくれるんだ。
こんなのダメなのに。やさしさに甘えて、贅沢な人間になってしまったらどうしよう。
生まれた時から人より劣ってる私は、他の人よりできてやっと普通になれるのに。
「オレにだけは甘えていいよ」
どうして、纐纈君は私が欲しいと思っているものばかりくれるんだろう。
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