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第一章.美女と熊と北の山
12.北に山があるんだって
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なんでかわからないけど、今日は、北の山に行く。
いつものひらひらお嬢様スタイルにフード付マントを被っただけで出発だ。明らかに登山をなめているとしか思えないが、登山服を買ってくれとも言えなかった。私の手持ちは、プレゼント代か、返済用資金だ。使えない。
馬は、怖すぎるので、徒歩にしてもらった。山道は、馬に向いてないとのことで、承認されて、ホッとしている。
「おい、シャル。お前、何をした? 薬師は男だぞ? 絶対許すハズのないジョエルが何でこうなった?」
キーリーが寄ってきて、こそこそーっと聞いてくる。内緒話だが、ジョエルは、すっごいこっちを睨んでいる。聞かれてる気しかしない。
「私は何もしてないと思うけど、お説教されてたら、急に薬師を探すぞって言い出して」
「一緒に風呂に入って、おねだりしたのか?」
なんでだ!
「ジョエルの裸なんて見たくないよ。あの顔で男だよ? ショックだよ」
「なんで見る心配なんだよ。普通は、見られる心配だろうよ」
「私の身体なんて見ても、面白くないでしょ。実は男でしたーとかないし」
「面白いだろうよ!」
「面白いの?!」
「、、、、、ダメだ、こいつ」
雑談しながら、サクサク歩いてたら、山のふもとに到着した。ここからは、獣道を通って登山開始なのだが、私は背負子に座らされて、ジョエルに背負われた。服装の心配をしていたのだが、そもそも歩く体力がないだろうと言われた。頑張って歩いてくれても、遅くて迷惑だとまで言われたら、もう座るしかなかった。一人で熊五頭担いで歩く人なら、私の体重など紙と変わらないかもしれない。私のために来てるのに、ワガママは言えなかった。
山までの道を歩くより、獣道を歩く方がスピードアップしたので、やはり私が歩く方がお荷物なのだろう。どんどん登って行く。キーリーは、違う道に行った。時々遠くに姿が見え隠れするので、同じペースで登っているのだろう。山頂に着いたら、また別のルートで下る。山中の人探しは大変だ。探し人が動くかもしれないんだから、私をのんびり歩かせられないのも納得だし、宿に置いて来るのも心配な信頼度のなさが、超お荷物だ。
3度目の下りの途中で、笛の音がした。キーリーからの合図だ。音が聞こえた方へ移動する。
「多分、これじゃないか? 生きてる保証はないが」
キーリーの足元に、乾燥した薬草が入ったカゴがあり、近くに大穴が空いていた。滑落した跡はないようだが、落ちてないなら、カゴを持って帰るだろうと言われた。
「モンスターに喰われたとかじゃなければ」
「ひいぃっ!」
また無駄に泣いてしまった。
私が持ってたロープとカンテラを出し、その辺の木にロープを縛りつけたら、キーリーが穴を下って行く。私とジョエルは、ひとまずお留守番だ。
「いると思う?」
「いても、草の乾燥具合がね」
しばらくしたら、笛の合図があったので、私たち用のカンテラをつけ、降りていく。もちろん、私は1人じゃ降りられないので、ジョエルにしがみついているだけだ。あまつさえ、そのしがみつき能力にも信頼度はなく、ジョエルに支えられている。こんな状況で片手をふさがせるとか、本当に情けない。
「キーリー、何の用だい?」
「死体はなかったが、横穴がある。もし落ちて無事だったとして、ここを登って戻るのは現実的じゃない。俺なら、一か八か、横穴に行く」
「そうだね」
「問題は、穴が三箇所あることか?」
「転げ落ちた人間が、方角がわかるのか、ね?」
「という訳で、帰るか! 薬師は他にも五万といるだろう」
「そうねー。次は、女薬師を見つけましょう」
すっきり晴れやか! という顔で、話をまとめる2人だが。
「え? なんでなんで? 助けに行く流れじゃないの」
「そんな予定も装備もないし、義理もない。命をかけて、やらなきゃいけないか?」
ぐうの音も出ない。戦力外の私が勝手に決められることじゃない。でも、もしかしたら生きてる人を見捨ててるんじゃないの?
「うー」
「しれっと帰る作戦失敗したな」
「そうねー。お弁当も持ってきたし、装備は、ルルーが持ってるので足りると思うんだけど、かなり荒れてる死体が出てきても、錯乱しない?」
気を遣われてた!
「頑張る」
「背負って帰る人間が、起きてても寝てても、どっちでもいいか。癇癪だけ起こすなよ」
信頼度ゼロ!
どっちからでもいいとのことで、ロープを背にして左の穴に入ることにした。どこかで読んだ気がする左手の法則だ。右手だったかもしれないが、どちらでも同じことだろう。図書館で読んだ本を思い出し、不謹慎にもちょっと楽しくなってきた。
手を広げた人間が、横に2人、縦に2人並べられるくらいの、まあまあ広い穴だった。道は、少し下っているのだが、床面が階段状に削られているので、歩きにくくはない。ジョエル、私、キーリーの順で進む。
「これって、人工物だよね?」
「自然の神秘とは、いいがたいな」
「人工物なら、薬師生存確率が上がるが、これは違うような気がするよ」
一本道を20分ほど歩いて、行き止まりに着いた。正確にはまだ先があるが、歩いて行けるのは、ここまでだ。先の見えない湖か川があった。水面は繋がっているようだが、上は壁で塞がっているので、水中がどうなっているか、わからない。
「ハズレか」
他の道を捜査した後なら、一か八か行く選択もあるかもしれないけど、こちらに行ったのだとしたら流石に探しようがないだろう。
「うー、上りかー」
「お前が行きたがったんだ。キリキリ歩け」
キーリーには怒られたけど、ジョエルはひょいと持ち上げて運んでくれた。所謂、お姫様抱っこだ。抱えてる方が美人なだけに、ちょっとシュールだ。
「何甘やかしてんだよ。戦力が両手ふさぐなよ」
「できたら、今日中に帰りたい」
「ちっ。しょーがねぇな」
戻りは、キーリー、私、ジョエルの順だ。私は、歩いていないが。
降りたところに戻ってきたら、ロープがなくなっていた。
「薬師が登って、ロープ持って帰った説」
「薬師、なかなか元気じゃねぇか」
「薬師だったら、登ったとして、ロープは置いて行くだろう。恩を仇で返すのも甚だしいし、ロープを回収するのは手間じゃないか」
「さて、どうする。帰るか、行くか」
作戦会議が始まったが、私に発言権があるかどうかが微妙だ。
「帰るって、帰れるの?」
「シャルルが、まだロープ持ってるだろ? 俺が弓で上に上げてもいいし、ジョエルなら登れるだろうから確実だな」
「ボルダリングすればいいだろう? 足場は、自分で作らないといけないけどね」
なんだろう。このハイスペック超人たちは。お荷物抱えて暮らしてる人は、随分と余裕があるね。
「わたしの見立てだと、ロープ回収は薬師じゃない。きな臭い場所だから、撤退することをオススメするよ」
「そうだな。ジョエルが責任持って、女薬師をかっさらってくるから、心配ないない」
「薬師さんが!」
「ロープを回収した奴らが、どうにかしてると思わない?」
「あ」
また気遣われてたのか。そうだよね。この人に甘々な2人が揃って簡単に見捨てるってことは、多分そういうことなんだ。
「わかった。かえーーー!?」
急に、キーリーにタックルされた。私の足元に、キラリと光を反射する物がある?
「ぐえっ」
断りもなく、フードを引っ張られ、小脇に抱えられる。誰だ! と文句を言いそうになって、慌てて口を閉じた。あっちこっちから槍や弓矢が飛び出して、落とし穴が開く。それを必死に回避しているキーリーが見えた。恐らく、私を抱えてるのは、ジョエルだ。
自分が避けるだけでも大変なのに、私にも当たらないようにしてくれている。変に動いて、邪魔をしてはいけない。私の今の1番大事な仕事は、うっかり舌を噛んだりしないように気をつけることだ。最悪、ちょっとくらいならケガをしても、後で特級傷薬で治せる。毒が仕込まれていないことを祈りつつ、じっとしてよう。ジョエルが何かを避ける度にお腹が圧迫されて痛い。カエルのような声が出そうになるが、口から漏れないように頑張る。流れるように避けているキーリーもすごいと思うが、ジョエルの動きは本当に意味がわからない。この人は、本当に同じ人間なんだろうか。さっきから時々、壁や天井を走っているのはなんだろう。ボルダリングが何とかとか言ってたけど、これがそうなのだろうか。違うよね?
さっき、私は帰ろうと言おうとしたのだけど、今は、絶賛真ん中の道を爆進中だ。わざとなのか、避けるためにそうせざるを得ないのかは、よくわからない。ひっきりなしに色んな物が飛んでくるのだ。質問する時間も余裕もない。
しかし、私の仕事は動かないことだけだ。視界は、私の意思に関係なく意味のわからない動きをするので、最初は気付かなかったけれど、この罠? おかしいよね、と思い始めた。一度発動した罠が、いつまでも動作してたり、一度止まった罠も戻ると再稼働するのだ。どんなセンサー式だよ! というくらい正確で、かつ仕込まれていた罠にしては、補充が豊富すぎる。槍だって無料じゃないのに、豊富な量! 非常時でなければ、持って帰りたいくらいだ。
あ、キーリーが矢を拾ってる! なんだよ、ずいぶん余裕だな。私も1つくらい取れないだろうか。そうか! そうだよ。拾ってやる。
私は槍に向かって手を伸ばす。ジョエルオートで回避してしまうので、全然触ることもできないが。
「あっぶっ。手、しまう。邪魔!」
とうとう怒られたが、私も引かない。
「だいじょーぶ。手の平以外でも、物をきゅーしゅーできるから。全部吸ったら終わるーよ」
「いらん」
こうなると、意地の張り合いだ。私は槍に手を伸ばし、ジョエルは気合いで回避する。それにしても長い道だ。湖への道は一本道だったが、こちらは縦横無尽に入り組んだ道だ。見分けがつかないのでわからないが、もしかしたら同じところをグルグル回っているかもしれない。しばらく2人でいがみ合っていたが、キーリーが寄ってきた。
「シャル、パス」
キーリーが、さっき拾っていた矢だ。私は、まとめてごっそり吸収する。しばらくすると、槍も渡された。隙をみて、ジョエルも落ちてる槍に触らせてくれるようになった。目に見えて、飛んでくる槍や弓矢が減ってきて、そのうち打ち止めになった。
「終わったか?」
「まだ1本2本隠して狙ってるかもしれないよ?」
そう言いつつ、ジョエルはやっと私を下ろしてくれた。何分飛び回っていたのやら、疲れたよね。ありがとう。そう伝えたかったのだが。
「みぎゃーーーーーあぁああーーーーー!!」
私は、落とし穴から落っこちた。
ジョエルが追ってこようとしたけど、穴に入れないようなことを言ってるのが聞こえた。
いつものひらひらお嬢様スタイルにフード付マントを被っただけで出発だ。明らかに登山をなめているとしか思えないが、登山服を買ってくれとも言えなかった。私の手持ちは、プレゼント代か、返済用資金だ。使えない。
馬は、怖すぎるので、徒歩にしてもらった。山道は、馬に向いてないとのことで、承認されて、ホッとしている。
「おい、シャル。お前、何をした? 薬師は男だぞ? 絶対許すハズのないジョエルが何でこうなった?」
キーリーが寄ってきて、こそこそーっと聞いてくる。内緒話だが、ジョエルは、すっごいこっちを睨んでいる。聞かれてる気しかしない。
「私は何もしてないと思うけど、お説教されてたら、急に薬師を探すぞって言い出して」
「一緒に風呂に入って、おねだりしたのか?」
なんでだ!
「ジョエルの裸なんて見たくないよ。あの顔で男だよ? ショックだよ」
「なんで見る心配なんだよ。普通は、見られる心配だろうよ」
「私の身体なんて見ても、面白くないでしょ。実は男でしたーとかないし」
「面白いだろうよ!」
「面白いの?!」
「、、、、、ダメだ、こいつ」
雑談しながら、サクサク歩いてたら、山のふもとに到着した。ここからは、獣道を通って登山開始なのだが、私は背負子に座らされて、ジョエルに背負われた。服装の心配をしていたのだが、そもそも歩く体力がないだろうと言われた。頑張って歩いてくれても、遅くて迷惑だとまで言われたら、もう座るしかなかった。一人で熊五頭担いで歩く人なら、私の体重など紙と変わらないかもしれない。私のために来てるのに、ワガママは言えなかった。
山までの道を歩くより、獣道を歩く方がスピードアップしたので、やはり私が歩く方がお荷物なのだろう。どんどん登って行く。キーリーは、違う道に行った。時々遠くに姿が見え隠れするので、同じペースで登っているのだろう。山頂に着いたら、また別のルートで下る。山中の人探しは大変だ。探し人が動くかもしれないんだから、私をのんびり歩かせられないのも納得だし、宿に置いて来るのも心配な信頼度のなさが、超お荷物だ。
3度目の下りの途中で、笛の音がした。キーリーからの合図だ。音が聞こえた方へ移動する。
「多分、これじゃないか? 生きてる保証はないが」
キーリーの足元に、乾燥した薬草が入ったカゴがあり、近くに大穴が空いていた。滑落した跡はないようだが、落ちてないなら、カゴを持って帰るだろうと言われた。
「モンスターに喰われたとかじゃなければ」
「ひいぃっ!」
また無駄に泣いてしまった。
私が持ってたロープとカンテラを出し、その辺の木にロープを縛りつけたら、キーリーが穴を下って行く。私とジョエルは、ひとまずお留守番だ。
「いると思う?」
「いても、草の乾燥具合がね」
しばらくしたら、笛の合図があったので、私たち用のカンテラをつけ、降りていく。もちろん、私は1人じゃ降りられないので、ジョエルにしがみついているだけだ。あまつさえ、そのしがみつき能力にも信頼度はなく、ジョエルに支えられている。こんな状況で片手をふさがせるとか、本当に情けない。
「キーリー、何の用だい?」
「死体はなかったが、横穴がある。もし落ちて無事だったとして、ここを登って戻るのは現実的じゃない。俺なら、一か八か、横穴に行く」
「そうだね」
「問題は、穴が三箇所あることか?」
「転げ落ちた人間が、方角がわかるのか、ね?」
「という訳で、帰るか! 薬師は他にも五万といるだろう」
「そうねー。次は、女薬師を見つけましょう」
すっきり晴れやか! という顔で、話をまとめる2人だが。
「え? なんでなんで? 助けに行く流れじゃないの」
「そんな予定も装備もないし、義理もない。命をかけて、やらなきゃいけないか?」
ぐうの音も出ない。戦力外の私が勝手に決められることじゃない。でも、もしかしたら生きてる人を見捨ててるんじゃないの?
「うー」
「しれっと帰る作戦失敗したな」
「そうねー。お弁当も持ってきたし、装備は、ルルーが持ってるので足りると思うんだけど、かなり荒れてる死体が出てきても、錯乱しない?」
気を遣われてた!
「頑張る」
「背負って帰る人間が、起きてても寝てても、どっちでもいいか。癇癪だけ起こすなよ」
信頼度ゼロ!
どっちからでもいいとのことで、ロープを背にして左の穴に入ることにした。どこかで読んだ気がする左手の法則だ。右手だったかもしれないが、どちらでも同じことだろう。図書館で読んだ本を思い出し、不謹慎にもちょっと楽しくなってきた。
手を広げた人間が、横に2人、縦に2人並べられるくらいの、まあまあ広い穴だった。道は、少し下っているのだが、床面が階段状に削られているので、歩きにくくはない。ジョエル、私、キーリーの順で進む。
「これって、人工物だよね?」
「自然の神秘とは、いいがたいな」
「人工物なら、薬師生存確率が上がるが、これは違うような気がするよ」
一本道を20分ほど歩いて、行き止まりに着いた。正確にはまだ先があるが、歩いて行けるのは、ここまでだ。先の見えない湖か川があった。水面は繋がっているようだが、上は壁で塞がっているので、水中がどうなっているか、わからない。
「ハズレか」
他の道を捜査した後なら、一か八か行く選択もあるかもしれないけど、こちらに行ったのだとしたら流石に探しようがないだろう。
「うー、上りかー」
「お前が行きたがったんだ。キリキリ歩け」
キーリーには怒られたけど、ジョエルはひょいと持ち上げて運んでくれた。所謂、お姫様抱っこだ。抱えてる方が美人なだけに、ちょっとシュールだ。
「何甘やかしてんだよ。戦力が両手ふさぐなよ」
「できたら、今日中に帰りたい」
「ちっ。しょーがねぇな」
戻りは、キーリー、私、ジョエルの順だ。私は、歩いていないが。
降りたところに戻ってきたら、ロープがなくなっていた。
「薬師が登って、ロープ持って帰った説」
「薬師、なかなか元気じゃねぇか」
「薬師だったら、登ったとして、ロープは置いて行くだろう。恩を仇で返すのも甚だしいし、ロープを回収するのは手間じゃないか」
「さて、どうする。帰るか、行くか」
作戦会議が始まったが、私に発言権があるかどうかが微妙だ。
「帰るって、帰れるの?」
「シャルルが、まだロープ持ってるだろ? 俺が弓で上に上げてもいいし、ジョエルなら登れるだろうから確実だな」
「ボルダリングすればいいだろう? 足場は、自分で作らないといけないけどね」
なんだろう。このハイスペック超人たちは。お荷物抱えて暮らしてる人は、随分と余裕があるね。
「わたしの見立てだと、ロープ回収は薬師じゃない。きな臭い場所だから、撤退することをオススメするよ」
「そうだな。ジョエルが責任持って、女薬師をかっさらってくるから、心配ないない」
「薬師さんが!」
「ロープを回収した奴らが、どうにかしてると思わない?」
「あ」
また気遣われてたのか。そうだよね。この人に甘々な2人が揃って簡単に見捨てるってことは、多分そういうことなんだ。
「わかった。かえーーー!?」
急に、キーリーにタックルされた。私の足元に、キラリと光を反射する物がある?
「ぐえっ」
断りもなく、フードを引っ張られ、小脇に抱えられる。誰だ! と文句を言いそうになって、慌てて口を閉じた。あっちこっちから槍や弓矢が飛び出して、落とし穴が開く。それを必死に回避しているキーリーが見えた。恐らく、私を抱えてるのは、ジョエルだ。
自分が避けるだけでも大変なのに、私にも当たらないようにしてくれている。変に動いて、邪魔をしてはいけない。私の今の1番大事な仕事は、うっかり舌を噛んだりしないように気をつけることだ。最悪、ちょっとくらいならケガをしても、後で特級傷薬で治せる。毒が仕込まれていないことを祈りつつ、じっとしてよう。ジョエルが何かを避ける度にお腹が圧迫されて痛い。カエルのような声が出そうになるが、口から漏れないように頑張る。流れるように避けているキーリーもすごいと思うが、ジョエルの動きは本当に意味がわからない。この人は、本当に同じ人間なんだろうか。さっきから時々、壁や天井を走っているのはなんだろう。ボルダリングが何とかとか言ってたけど、これがそうなのだろうか。違うよね?
さっき、私は帰ろうと言おうとしたのだけど、今は、絶賛真ん中の道を爆進中だ。わざとなのか、避けるためにそうせざるを得ないのかは、よくわからない。ひっきりなしに色んな物が飛んでくるのだ。質問する時間も余裕もない。
しかし、私の仕事は動かないことだけだ。視界は、私の意思に関係なく意味のわからない動きをするので、最初は気付かなかったけれど、この罠? おかしいよね、と思い始めた。一度発動した罠が、いつまでも動作してたり、一度止まった罠も戻ると再稼働するのだ。どんなセンサー式だよ! というくらい正確で、かつ仕込まれていた罠にしては、補充が豊富すぎる。槍だって無料じゃないのに、豊富な量! 非常時でなければ、持って帰りたいくらいだ。
あ、キーリーが矢を拾ってる! なんだよ、ずいぶん余裕だな。私も1つくらい取れないだろうか。そうか! そうだよ。拾ってやる。
私は槍に向かって手を伸ばす。ジョエルオートで回避してしまうので、全然触ることもできないが。
「あっぶっ。手、しまう。邪魔!」
とうとう怒られたが、私も引かない。
「だいじょーぶ。手の平以外でも、物をきゅーしゅーできるから。全部吸ったら終わるーよ」
「いらん」
こうなると、意地の張り合いだ。私は槍に手を伸ばし、ジョエルは気合いで回避する。それにしても長い道だ。湖への道は一本道だったが、こちらは縦横無尽に入り組んだ道だ。見分けがつかないのでわからないが、もしかしたら同じところをグルグル回っているかもしれない。しばらく2人でいがみ合っていたが、キーリーが寄ってきた。
「シャル、パス」
キーリーが、さっき拾っていた矢だ。私は、まとめてごっそり吸収する。しばらくすると、槍も渡された。隙をみて、ジョエルも落ちてる槍に触らせてくれるようになった。目に見えて、飛んでくる槍や弓矢が減ってきて、そのうち打ち止めになった。
「終わったか?」
「まだ1本2本隠して狙ってるかもしれないよ?」
そう言いつつ、ジョエルはやっと私を下ろしてくれた。何分飛び回っていたのやら、疲れたよね。ありがとう。そう伝えたかったのだが。
「みぎゃーーーーーあぁああーーーーー!!」
私は、落とし穴から落っこちた。
ジョエルが追ってこようとしたけど、穴に入れないようなことを言ってるのが聞こえた。
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