上 下
87 / 124
第六章.Let's get married

80.閑話、ジョエル視点〈前編〉

しおりを挟む
 あの日から、ずっとクロの村で生活をしている。
 今までは、みんなの中に黒髪のシャルルが1人だけだったが、今は沢山いる黒髪の村人の中にわたし1人だけが金髪だ。なんとなく居心地が悪い。誰も何も言わないが、ここにいていいのだろうか、と思ってしまう。シャルルも、こんな気持ちでいたのだろうか。
 どうせ帰れないなら、ここで護衛でもしている方が、この村を心配しなくて済んでいいし、ここにいた方がシャルルが見つけてくれるのではないか、と思って、ずっといるのだが、1人で勝手に疎外感を感じていた。
 家も建ち揃い、村の柵も完成した。農地も整備され、家畜小屋も作った。わたしは、村の中心に作った村の集会所の二階に住んでいた。後の宿屋のわたしの部屋だ。
 村の成り立ちを見守るのも、面白くはあるが、不安もよぎる。シャルルを信じる心と、シャルルに忘れられていないか心配する気持ちが、同居しているのだ。忘れられていないにしても、助けに来れない事情があるかもしれない。誰かに邪魔をされたら、シャルルは勝てないだろう。そうでなくとも、誘拐される心配もあるのだ。助けを待つより、こちらから助けに行きたいくらいなのに、方法がわからない。


 今日は、狩りに来ていた。
 畑を作ってみても、収穫は遠い。作物を育てる時間がかかる上に、全員が素人だ。安定的な収穫を得られるようになるまで、全員養う覚悟で狩りをしている。
 皆の指導役をしていたシュバルツは、上物だけ仕上がると、どこかへ帰っていった。シャルルは、仕切りに保護を訴えていたが、シュバルツは、そんな物を必要としていないように見えた。
 熊を3頭見つけたところで、見知った気配を感じた。勘違いか、別個体か、気になって追いかけた。シュバルツを乗せたシャノワールがいた。あれは!
 近寄ったら、シャルルが飛んできた。慌てて抱き抱えると、タケルまで飛び乗ってきた。シュバルツは放り出されているが、いいのだろうか?

 現状を確認したいのだが、シャルルの意識はないし、タケルは寝てしまった。起こしても構わないのだが、わざわざ魔獣を起こさなくとも、起きている人間がいた。シュバルツを助け起こして、集会所まで連れて行った。
「ほら、着いたよ。自分で座れるかな」
「わざわざ運んでくれなくとも、自分で歩けた」
 もてなしするほど物資もないので、水くらいしか出せない。シャルルが起きたら、何を食べさせてあげようか。
「ルルーは、寝てるだけかな。そろそろ起きそうな顔してる」
「わかるのか」
「最近のルルーは、すぐひっくり返るからね」
「ふーん」
「熊のストックはあったかな。ルルーは、熊肉が好きなんだよ」
 腕の中が、もそもそ動いた。
「やっと見つけた。ジョエル、置き去りにして、ごめんね」
 シャルルの手が伸びてきて、顔が包まれた。
「迎えに来てくれると信じてたから、大丈夫」
 何年経っても来てくれなかったから、本当は、もう会えないかと思っていた。でも、今日来てくれたからいい。また会えて、すごくすごく、本当に嬉しい。
「あのね。私、いつ帰るかわからないの。常にそばにいてもらっていい? ずっと手を握ってるくらいで、丁度いいの」
「え。あ。うん。わ、わかった」
 やっぱりそうだったのか。置いて行かれたのは、故意ではなかった。そう冷静に落ち着いて話をした方が格好がつくのに、シャルルの提案に浮つく。
 久しぶりに会えて、抱っこしている幸せがずっと続くとは。置いて行かれて、良かったかもしれない。昨日までは、かなり落ち込んでいたのに、なんて簡単なんだろうか。シャルルのいる世界は、それだけで気分が華やぐ。

「もう、用事は済んだ?」
「あ、シュバルツ」
 シャルルの視線を奪われた。今まで村を放置で、どこぞに行っていたくせに、なんなんだ。シャルルを連れて来てくれたなら感謝するが、きっと違うだろう。
「ごめんね。シュバルツも気付いてるかもしれないけど、シュバルツと何かすると終了フラグがたつみたいだから、その前に用事を済まさないといけなかったんだよ」
「へえー。俺と結婚するより大事な用事なのか」
「結婚?」
 聞き捨てならない台詞が聞こえた。誰が誰と結婚するって? 1月かそこらの付き合いしかない上に、この先一緒にいることすらできないくせに結婚だと? 無責任にもほどがある。遊びで手をつけるなど、許容する必要性が全く感じられない。
「それなんだけどさ。結婚式をあげたら、今回はそこで消えちゃう気がしない? もう消えて欲しい?」
「結婚式?」
 結婚式とは、なんだ? シャルルの口振りからすると、シャルルも結婚の話は初耳ではなさそうだ。何故、否定しないんだ? 好きなのは、宿屋の旦那じゃなかったのか? キーリーは、どうした。
「そうか。折角用意したんだが、それならいらないな。シャルルは式をあげなきゃダメだと言ったが、ツガイになるのには、特に必要のないものだ」
「ツガイ?」
 クロの家は、完膚なきまでに潰してきた。残党狩りまではしていないが、この村では、それらしいものは見ていない。シュバルツの方には、いたのか? それに、シャルルが巻き込まれているのか? そういえば、初対面の時に、年齢的にシャルルがツガイだと言っていた。もう一度、潰しに行かなくては。本拠地は、どこだ。
「あとね。ジョエルはお母さんなんだけど、キーリーっていうお父さんもいてね。結婚するかも、って言っただけで怒っちゃってさ。今、口もきいてくれなくなっちゃって、悲しいんだよ。お父さんの賛同がなくちゃ、結婚できないよ」
 そうだ! キーリー、その通りだ!!
「そうね。お母さんも反対よ。断固反対するわ!」
「ごめん、ジョエル。今、シュバルツと話してるから、黙ってて」
「はい」
 何故だ。話の流れとして、結婚を断ろうとしていたんじゃないのか。まさか、一緒にキーリーを説得しようという話だったのか。キーリーは説得がいるのに、わたしの意見は聞かないのか。何故だ!
「シャルルは、俺と結婚するのが嫌なんだな」
「そうじゃなくてさ。私は、シュバルツのお姉ちゃんになったつもりだったんだよ。夫婦じゃケンカしたら、それでサヨナラでしょ? でも、姉弟なら、ケンカしても、死んでもずっと姉弟でいられるでしょう? そういう関係だったらいいな、って思ってたんだよ」
「わかった。まだ早かったんだな? 今は、兄妹でいい」
 話の流れが、まったくわからなかった。だがきっと、シャルルの中では、わたしをお母さんにしたのと同じ、謎の理論があるのだろう。明らかにシャルルより年上の男を弟呼ばわりする気持ちはまったくわからないが、一歳違いで母親呼ばわりされた自分に比べれば、常識的なのかもしれない。


 夕食後、寝ることになったのだが、ちょっと頭を抱えたくなった。
 わたしの寝室に、シャルルとシュバルツがやってきたのだ。わたしがシャルルと寝るのもダメだと思うが、シャルルとシュバルツが一緒に寝るのもおかしい。だが、何よりおかしいのは、わたし以外、何の疑問もなく普通のことだと思っていることだ。
「シャルル、ベッドが小さすぎる。これじゃあ2人が限界だ。新しいのを作ってもいいが、この部屋には入りきらないぞ」
「そうだね。確かこの宿、反対側がツインルームだったから、あっちに行ったら広い部屋はあるかも。ベッドは持ってるから、3つでも4つでも出すよ」
 問題は、ベッドの大きさでも、部屋の広さでもない。空き部屋はいくらでもあるのだから、全員別の部屋で寝ればいい。
「ルルーは、ルルーの部屋で寝た方が良いよ」
「ダメだよ。寝てる最中はないと思うけど、起きてすぐ向こうに帰る可能性だってあるんだよ。もう次は迎えに来れないかもしれないんだよ? 私は、絶対、ジョエルを連れ帰るんだよ。ずっと手をつないでるのは、寝てる間も有効なの」
 なるほど。一応、納得できる理由はあった。それにしても別室で寝た方がいいと思うが、シャルルもこちらに迎えに来るのにリスクがあるのかもしれない。
「シュバルツは、シュバルツの部屋で寝ないのか?」
「俺は、いつでもシャルルと一緒だ。離れたら死ぬ」
 いや、絶対に死なない。シャルルがいなくなった後、普通に1人で寝ていただろう。どういうことだ。
 話を聞いても、理解できないことを真顔で答える点は、本当に似ている2人だ。顔も似ている。兄妹だと言われると納得しそうになるが、兄妹ではない。一緒に寝かせてはいけない。そういえば、前は一緒にテントに入っていた仲だ。あれから月日も経った。より一層、放置できない。
「シュバルツ、こっちだよ」
 シャルルは部屋から出て行った。シュバルツもついて行った。置いて行かれてはいけない。

 シャルルが選んだ部屋に入ると、ベッドが既に3つ並んでいた。真ん中にくっついて並んでいたのを、等間隔に離して、置き直した。
「こんなこともあろうかと、昨日、お布団を干しておいたんだよ」
 シャルルはニコニコしているが、絶対、気にすることがおかしい。せめてもの抵抗で、真ん中のベッドを占拠してやろうと足を向けたら、止められた。
「ジョエルは、窓際」
「なんで!」
「寝相が悪いからだ」
 言い返せなかった。だが。
「どうして2人は同じベッドなの?」
 ベッドを3つ出したのは、何のためだ。別々に寝る予定だから出したんじゃないのか。2人とも何の疑問もなく同じベッドに行くのは、流石に変だと理解してくれる、、、くれない訳がないハズだから!
「寝る前のトークタイムだよ。シングルベッドで、2人で寝れるハズないじゃん。2人で寝るのは、ダブルベッドって言うんだよ」
 シャルルは、仁王立ちで得意げな顔をしている。シュバルツは、無表情だ。
「時間の無駄だ。早く寝ろ」
 なんでだ! この2人は、どうなっているんだ。

「物体の質量をm、動摩擦係数をμ、加える力をF、垂直抗力をN、物体の加速度をaってするじゃん?」
 ふわふわパンケーキの作り方が、突如として、また謎話に変わった。
「動摩擦力?」
「物がすべって動いてる時にさ、こすれてるトコに摩擦力が働くでしょ。静摩擦係数より、動摩擦係数の方が小さいってトコに、マーカー引いたよ」
 意味がわからん! 相変わらず、この2人の会話は理解できなかった。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

三国志英雄伝~呂布奉先伝説

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:21pt お気に入り:4

悪役令息の義姉となりました

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:21,066pt お気に入り:1,518

異世界に落っこちたので、ひとまず露店をする事にした。

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:2,167pt お気に入り:54

転生チートは家族のために~ ユニークスキルで、快適な異世界生活を送りたい!~

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:27,726pt お気に入り:531

不死王はスローライフを希望します

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:43,566pt お気に入り:17,451

妹ばかり見ている婚約者はもういりません

恋愛 / 完結 24h.ポイント:67,962pt お気に入り:6,313

【完結】妹にあげるわ。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:170,120pt お気に入り:3,633

処理中です...