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先に戻ってるわ!

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 部屋を出て、私は食堂で友人たちがいると聞いたのでそこにジョージアを伴い乱入することにした。
 思い思いに話していたようだったのだが、私が部屋に入った瞬間、静かになった。


「何?普通にしてくれていいんだよ?」
「いや、公爵様だろ?一応、朝のご挨拶でもしないとと思って……」
「ウィルにそんな風に言われると、なんだか……このあたりがとても痛むわ……」


 胸を抑えて切なそうにウィルを見ると、真っ先にノクトが大笑いする。
 その後は、みんな見合って笑いだす。
 まぁ、狙ってやっているので、笑ってもらえたら結構なことだ。


「みんなおはよう!それで、何を話していたの?」
「「「おはよう」さん」ございます」


 友人たちの会話に混ざるため、手近にあった椅子を引き寄せ、みんなが話すテーブルにつく。


「領地へ行くのをどうするかって話してたんだ。
 姫さん、体調悪そうだから1週間くらいはこっちにいた方がいいから、ナタリーがこっちに残って、
 俺とおっさんとセバスとイチアが先行で領地に戻ろうかって話」
「先に話しててくれたのね!ありがとう!」


 いいってことよってウィルが得意げに話している。
 それがなんだかおかしくて笑ってしまった。
 でも、ウィルってやっぱり隊長向きよねとか考えてしまう。
 こんなに先を見越して動いてくれるのはとてもありがたい。


「それで、どんなふうになったの?」
「あぁ、俺とおっさんとで領地の説明を兼ねて先に回ろうかって話になった。
 セバスとイチアは、その間、ニコライ、リリーと一緒に情報整理をしてもらって姫さんが来る頃には、
 すぐ動けるようにしようかと。それで、大丈夫か?」
「えぇ、大丈夫。でも、その前にしてほしいことがあるのよ!
 ユービスのまとめている町の端の方で、砂糖を作る実験をすることになったの。
 だから、まず、畑の確保をしたいの。
 麦畑も同時に作る予定だから、そこそこ大きな土地が必要なのよ。
 同時進行で、砂糖工場を作る予定で、ノクトが連れてきてくれた人たちの住む場所も必要で……
 大工仕事ができる人も派遣しないといけないの!」
「そりゃまたいっぺんにだな……」
「麦は、多少時期がずれても大丈夫だから、領地を回ったときにウィルと見てくる。
 まぁ、農業の経験もなくはないからな!俺ってできる従者だろ?」


 ノクトは得意げにしているが、公爵としてふんぞり返っていたわけではないことがわかる。
 私とそんなに変わらない様子で何よりだ。
 ただ、自分が目指す公爵像が、目の前にいるおじさんかと思うとげんなりしてため息が漏れてしまった。
 それをノクトが、どうした?って追及してくるのだからたまらない。


「目指すべき人物像が、ノクトだなんて……嫌だなぁ……って思って」
「あぁ、確かに、アンナリーゼ様っぽいですよね?ノクトさんって」


 ナタリーは、なんだか嬉しそうに同意してくれているが、私は、全く嬉しくない!
 やだ、こんな豪快でちょっとやってみたら何でもできちゃった!的なおじさんが目標だなんて……
 私は、ちょっとやってみたら、ものすごくみんなに迷惑をかけたうえで、さらに悩んで転んでうつうつとしてやっと目的にたどり着けるのだ。
 目標が目の前にいることは励みになるが、卑屈にもなってしまいそうになる。
 それを悟ったのか、横らかジョージアが口をはさんでくる。


「アンナは、ノクトを完ぺきととらえすぎだよ。
 確かにすごいの一言で片づけられるけど、そうじゃないはずだよ?
 それは、アンナが1番よく知っているんじゃない?」


 ジョージアに言われたことは、もちろん理解している。
 ここ数ヶ月、いやもっと前から、自分なりに努力を積み重ねて来た部分であるのだ。
 すごいの一言で片づけられてたまるか!と思っている部分ではある。
 お母様のそれはそれは厳しい特訓のおかげで、涙を流しながら淑女教育も頑張り今も領地運営を始めて頑張っているのだ。


「ノクトの努力は、なんとなくわかる。
 これから私が目指す領地を作るための努力を先にやっているのだもの。
 でも、私が目指すところは、私が頑張るのでなくて、みんなのいいところどりをするつもりよ。
 それぞれが、誰かを目標にこの先歩んでいくのもいいと思う。
 でも、それぞれにも一長一短があるんだから、私はみんなのいいところをどんどん取り入れるわ!
 例えば、ジョージア様の勤勉さ、ウィルの柔軟なものの捉え方、セバスの思慮深さ、
 ナタリーの世話好き、ニコライの勘のよさ、ノクトの経験値、イチアの発想、デリアの絶え間ない
 努力、リアンの決断。
 1つずついいところをあげただけでもこんなにある。
 人間は、一面性だけではないから、たくさんの可能性もある。
 みんなのいいところをかき集めて、領地改革にしっかり使わせてもらうよ!」


 私は笑う。
 すると、みんな笑ってくれる。
 領地にこの笑顔を広げるために、私は公爵になったのだ。
 他にも粛清や後の内乱や戦争というものが控えているとはいえ、私が守りたいものは、なるべく多くの命と笑顔で過ごせる日々を守ることなのだから。


「期待してるから、みんな、キリキリ働いてね!!」


 私が号令をかけると、仰せのままになんて冗談で答えてくれた。


「あと、領地に行く前に……2つ話があるわ。
 1つは、妊娠が分かったの。
 それで、こんなときなんだけど……動けない時期がくるから、みんなには迷惑をかけることになるわ。
 でも、出来る限りがんばるから!」
「姫さんさ、ちょっと、肩の力抜けって。そのために、俺たちがいるんだから!
 2つ目は何?他に何かあんのか?」
「私、嫉妬に狂った公爵夫人として、領地に療養という名目で領地に引っ込むことに表向きなっている
 の……
 だから、その……どうしよう?引っ越しの日って、多少、暴れた方がいいかしら?」


 私は申し訳なさげにみなに相談すると、笑いがどっとわく。
 いや、私、本気で相談しているのだけど……?
 ひとしきり、みな腹を抱えて笑って満足したのだろう。
 落ち着いた頃にセバスが答えてくれた。


「アンナリーゼ様が、屋敷を出るときに、別宅から誰かしら確認に来ると思っておいた方がいいんじゃ
 ないかな?
 普通に仲良くいってきますいってらっしゃいとやってたら、ダメだ。
 せっかくだから、お芝居をすればいいんじゃない?
 ナタリーがこっちに残ってくれるから、そのへんもうまくしてもらったらいいよ!」
「任せてください!お芝居なら、私の出番ですね!」
「あの……差し出がましいのですが……」


 私たちがやいのやいのやっている中で執事のディルが口をはさむ。
 我が家は、誰が話していても侍従が話すことを許している。
 噂話は、何も貴族だけの特権ではないのだ。
 情報はあちこちに落ちているので、気が付いたこととがあれば話すように言ってある。


「何かしら?」
「アンナリーゼ様は、先日、別宅の前でゴネル役をやってらっしゃいます。
 実際は、本音をぶちまけただけだったんですけど……
 セリフなら、旦那様の分だけ用意してもらい、アンナリーゼ様には好き勝手してもらった方が
 真実味が増していいですよ!」
「あら、アンナリーゼ様、もうやっていたのね。それなら、そのまま行きましょう!」


 なんとも簡単に私が演技をすることに話がまとまってしまった……


 また、あの恥ずかしい本音暴露をしないといけないの?
 本音じゃなくてもいいのかな?
 いや、そこまでは……ね?
 多少大げさにしていたけど……あれをもう一度……あ……ナタリー先生の目が……本気だ。


「アンナリーゼ様、迫真の演技を楽しみにしていますわ!」
「……はい……がんばります……」
「あぁ、俺も見たかった……」


 なぜかウィルが見たかったと嘆けばみなが頷く。
 なぜ、そんな恥ずかしいものをみなに見せないといけないの……やめてほしいと思った。
 もう少しで口からでるところだったのに。


「大丈夫ですよ!
 私が目にしっかり焼き付け、耳にもしっかりとどめておきますから!
 領地に言ったら、たっぷり話して差し上げます!」
「ちょ……ナタリー!!」
「ナタリー様!お待ちしております!」


 私たちの温度差に苦笑いを浮かべジョージアは、諦めた方がいいよと私に言うのである。
 公爵になって初めての仕事が……領地に引っ込むための気の狂った公爵夫人の役かと思うと切ない。
 でも、これをしておかないといけない理由もきちんとあるので、ジョージアの言うように諦めのため息をつくのであった。


「それから、出発なんだけど……今日の昼からもう出るわ。
 馬で向かうから、引っ越し荷物は、姫さんが持ってきてくれる?
 そんなに荷物は多くないし、向こうで生活用品なら集めても事足りるし」
「わかったわ!後日、私が持っていく。
 泊るところは、屋敷を用意するよう手紙を書くからそれ、持って行ってくれる?」
「あぁ、わかった。しばらく、世話になる」


 私たちの話し合いは終わり、すぐに出発する男性陣と1週間の準備期間を持たせる私たちの2つにわけることで話はまとまった。
 向こうでも引き合わせが終わっているので、私がいなくても大丈夫だろう。
 頼もしい友人たちと従者たちの顔を見て私は誇らしく思うのであった。
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