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散歩

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「シルキー様、お呼びだと聞いたのですけど?」
「うむ、アンナリーゼがもうローズディアに帰るときいたもんじゃから、また、のけ者にされるんじゃ
 ないかと思うて……」
「いつもすみません……なんだか、バタバタとしていて」
「いいのじゃ……そなた、公爵になったとジルベスターから聞いたのじゃ。
 とても忙しいのに、わざわざ来てくれたのであろう?」


 私は、曖昧に笑うだけにする。
 理由は、私が自主的に来たわけではなく、兄に強制的に連れてこられ、殿下にたんまり報酬ももらっているのだ。
 なので、その答えに困ってしまった。


「いいえ、お気になさらずに……シルキー様が、少しでも良くなってよかったです」
「アンナリーゼ、少し外を歩かないかえ?」


 いいですよとベッドに座っていたシルキーの手をとり、中庭までエスコートをする。
 春の陽気のおかげで外も暖かかったが、握っているシルキーの手にも体温が戻て来ていることに安堵した。


 私たちは、手を握ってただただゆっくりと歩く。


「アンナリーゼ……」
「どうかしましたか?」
「こちらに、戻ってこないかえ?」


 思いつめたような声に、シルキーの顔を覗き込む。


「どうされたんです?」
「今回の件で、思ったのじゃが……やはり、わらわでは王太子妃は……とても、無理じゃ。
 ジルベスターの隣で笑っていればいいだけではないことは、知っておろう?
 そなたのように、強くあろうとしたが……」


 私は、涙を浮かべるシルキーを抱きしめる。
 背の低いシルキーは、私の腕の中にすっぽりおさまっている。

 涙は、誰にも見せるべきでない。
 立場ある女性なら、なおのこと……強かでないといけない。


「シルキー様、王太子妃でいることが辛いですか?それとも、殿下の側にいるのが辛いですか?」
「どっちもじゃ……息がすえなくなることもある。そんなとき、アンナリーゼなら……と
 気持ちを持たせていたが、もう……」
「私とどこかへ逃げますか?何もかも捨てて……
 もちろん、殿下も国も家族も……ジルアート様も捨てて」


 胸に埋めていた顔をシルキーはのそのそっと上に向けてきた。


「どうします?今なら、私、アンバーに帰るので一緒に行けますよ?
 ただし、今後一切、シルキー様が大事に思っている方々に会えるとは思わないでください。
 生まれたくて公女に生まれたわけではないでしょうが、シルキー様はローズディア公国の公女。
 トワイス国でもローゼディア公国でもみながあなたに期待をしています。
 そして、あなたは近いうちに殿下と共に国母となる人です。
 トワイス国の国民が望んでいますし、他の誰よりも殿下がシルキー様に側でいてほしいと願って
 います」
「それは、アンナリーゼが、トワイスを離れたからであろう?
 王太子候補の1番名乗りは、アンナリーゼ、そなただったはずじゃ!」
「そうだったのかもしれませんが……私なんて所詮侯爵令嬢です。
 第二妃の方が、爵位が上ですから……寵姫となれたとしてもただの飾りにすらなれません」


 そんなことは……とシルキーは言うが、そこは、爵位を重んじる国の体制の問題でもあるのだ。
 それに、私は……私が愛したのは殿下ではなかった。
 これからも変わらず愛情を向けられるのは、ただ一人であるのだ。
 そろそろ、そっちに帰してほしい……そんな気もする。


「シルキー様、殿下と私の話はしたことがありますか?」
「あぁ、毎日しておる」
「じゃあ、私が、誰を想っていて殿下の申出を断ったかもご存じですか?」


 …………沈黙が続く。


「シルキー様なら、知っていますよね。私の初恋は、ハリー……ヘンリー様です。
 それをわかったうえで、殿下から王太子妃にと申し出ありました。
 殿下が人のいいことに付け込んで、私、断りました。
 ずっと前から、私、トワイスを出ることは決めていたので……」
「その割に、兄上の申出は断り続けていたとも聞いている。
 なぜじゃ?なぜ、ジョージアだったのじゃ?
 そなたなら、頂にいたとして誰も文句を言うものはないじゃろ!
 爵位や順位をすっ飛ばしても、王妃や公妃に向いているじゃろ?」


 私は、腕の中で叫ぶシルキーの背中を落ち着かせるために撫でてやる。
 強い意志を持って、私に訴えかけてくるが、落とされるつもりは全くない。


「向いているってジョージア様にも言われました。
 本当にいいのかって……公爵なら、トワイスでハリーでもよかったわけですしね。
 私は……今の私で満足しています。
 ジョージア様を愛し愛され、友人たちと領地改革に勤しみ、領民たちが笑ってくれる。
 シルキー様には申し訳ないですけど、それがとても心地よいのです。大切なのです。
 だから、変わって差し上げることもできませんし、シルキー様がもし私と逃げると言われたら……
 意地からでも王太子妃の椅子に縛り付けておくつもりでした。
 辛いことは、どこに行ってもあるんです。
 楽しいことばかりの人生を歩める人間なんてこの世のどこにもいないのですから。
 与えられた役割を全うするか、役割以上のことを成し遂げるか……
 自分で楽しみを見つけるしかありません。
 シルキー様、どんなときもありますが、殿下は変わらずシルキー様に愛情を注いでくれるはずです。
 優柔不断であったり、抜けているところもあったり……結構なものですけど。
 その愛情に応えてあげることはできませんか?殿下をこの国を支えてくださいませんか?
 殿下は、シルキー様の手を離すつもりはないと思いますよ。たとえ、第二妃の手は離したとしても」


 私の言葉が終わるころ、中庭に出たと知ったらしくシルキーを心配して殿下が様子を見に来たようだ。


「シルキーもういいのか?」
「ジルベスター?」


 私の腕の中からひょこっと私の後ろにいる殿下に答えている。
 なんとなく、殿下が近づいてきているのを感じていたので、私はシルキーを諭してみたのだが……あとは、二人で話してもらおうとシルキーからそっと離れる。


「殿下、シルキー様とゆっくり話し合ってください。
 もし、シルキー様を支える存在が必要だと感じるのであれば、第三妃としてメアリーを迎えたら
 どうですか?
 彼女なら、ずっとシルキー様の側にいてくれたわけですから、これからもシルキー様の支えと
 なってくれるでしょう。
 シルキー様もメアリーになら……殿下の愚痴でもなんでも言えるでしょ?」


 イタズラっぽく笑うと、鳩が豆鉄砲を食ったように目を丸くする二人。


「二人で支えられないのであれば、三人で支えればいいのです。
 メアリーなら、二人のことを支えてくれる存在になるはずですよ!
 まぁ、個人的にメアリーは友人でもあるので……とっても信用もしているのですけどね」


 口には出さなかったが、メアリーの想い人でもある殿下の側に置いてあげたい気持ちも友人としてあった。
 余計なおせっかいだろうけど……メアリーにも幸せになってほしいのだ。
 今の提案が、メアリーにとって幸せなのかはわからないが……三人でよくよく話し合って決めてくれればいいだろう。
 家格としても、第二妃の実家と同じ公爵家である。
 シルキーの後ろ盾はフレイゼン侯爵で爵位が落ちるわけだが、メアリーの実家なら申し分ない。
 メアリーの父ともうちの父は仲がいいのだ。
 これも、トワイス国のバランスを取るには、ありがたい話に繋がるのではないかとも思う。


 さて、これで、お兄様の子どもに降嫁される娘が生まれればいいなぁ……なんてよそ事を考えながら、私は殿下とシルキーを残し中庭からこっそり退散したのであった。
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