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赤い毒リンゴにはご用心?

第35話 仕草で表現するのがすごい好きなんだ

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「おはようございます」

 事務所に集合してから、小園の運転でCM撮影の現場に入った。僕は一人、先に挨拶周りを始める。陽翔は小園について行動する約束になったので、後から現場に入ることになった。

「よぉ! 湊」
「月影監督! おはようございます! 今日はよろしくお願いします」
「こっちこそ、頼むよ! CM、やっと受けてくれる気になったって?」
「すみません。僕、写真ならまだ、大丈夫なんですけど、CM撮影って緊張しちゃって……」

 苦笑いをすると「そんなたまかよ?」と豪快に笑われた。月影とはMV撮影で一緒に仕事をしている。僕のことをよく知る人物であった。

「そんなふうに見えましたか?」
「誰がMV撮ってると思ってるんだ? 俺の目に狂いはない!」

「よろしく頼むな!」と肩を叩いて打ち合わせに向かうので、僕はメイクの方へ向かった。

「真希さん、おはようございます」
「おはよう! このあいだの歌番組、よかったよぉー! もう、ビックリしちゃった!」

 メイク室へ入り真希に挨拶すると同時に、この前の歌番組を褒められる。あの日は僕のあとにも何人かメイクを頼まれて忙しくしていたので、見れていなかったらしい。録画を見てくれたようで、「あの日に限って」と悔しがっている。

「あぁ、生で聞きたかった! 本当、いつの間に成長したの?」
「成長?」
「声に表情……、なんてったって、し、ぐ、さ! 何あれ! トレンドにも上がるわ!」

 真希の次から次へと押してくる会話に、後ろに引いていたら、どんっと壁にぶつかった。「大丈夫?」と伺っているが、心配はしてないようだ。

「さっ、今日は、初めてのCM撮影だから、気合い入れて頑張るよ!」
「お願いします」

 ペコと頭を下げると、「どうぞ」と椅子へ誘われる。

 真希さん、張り切ってるな……。

「そういえば、今日、モデルがくることになってるんだけど、まだ、来てないらしいのよね。渋滞かしら?」
「そうなんですか? 僕らが来たときは何にもなかったですけど……撮影、押すと困りますね?」

 真希と話していると、陽翔と小園が部屋に入ってきた。ソワソワしている陽翔を見れば、初めて現場に入ったときのことを思い出す。
 近づいてくるので、鏡越しに見上げてみても、どこか陽翔の表情が硬い。

「緊張してるの?」
「あっ、いや……そう言うわけでは……」

「本当?」と確かめるために陽翔の指先にそっと触る。ビックリしたらしく、体を震わせている。

「な、何?」
「指先、冷たい」
「そんなこと……」
「陽翔が出るわけじゃないんだから、楽しんでいってよ! 僕も初めてだけど、楽しむからさ。あっ、そうそう。今日の監督、『しらゆき』のMVを撮ってくれた月影監督だった。小園さん、よかったら……」
「わかった! 挨拶しておくよ」

「お願いします!」というと、呼ばれて出ていた真希が戻ってきた。同時に、陽翔たちは出ていく。

「何かあったんですか?」
「モデルの子が大幅に遅れそうなんだって。2、3時間遅れるって連絡があったそうよ」
「撮影、どうなるんですか?」
「ここのスタジオ、貸切にできるのが4時間しかないらしいのよ。片付け入れてだから、厳しいかもね?」

 真希の暗い表情に「大丈夫ですよ!」と声をかけた。そのあと、すぐに監督が入ってくる。監督が、キャストのところへ来るのは珍しい。

「話は聞いた?」
「はい。モデルさんが、遅刻になるとは」
「それ、本当に困るよね。今、代役がいないか当てを探しているんだけどさ……」
「今日って、どんな撮影なんです?」
「コンテあるよ?」

 テーマは『しらゆき』になぞった4つの構成でなっている。男女で出会いから友人、恋人と化粧品によって表情を変えるらしい。

「……間に合いますか?」
「正直、わからないな。何か代案があればいいけど……」
「……差し出がましいこと、言ってもいいですか?」
「ここで手をこまねいているよりかは、ずっと。主役が何か案があるなら言ってみて」

「じゃあ……」と、僕は代案を言ってみた。採用されるか、また、許可が降りるかは別で、今できる最大限ではないかと考えた結果だ。

「顔は映さないだな?」
「はい。このままのコンテで、僕が女性役を僕の友人が僕の役をして、友人の顔は映さないって感じでどうですか?」

 月影は渋い顔で、腕を組みながら考え始めた。僕がメイクされる側になるとは、考えていなかったようで、しばしの沈黙が流れた。

「湊、撮影って、やっぱりすごいな? チラッと流れるだけでこんなに時間……」

 陽翔がタイミングよく、メイク室に入ってきた。声の方を見た監督は、陽翔を目で捉えたとき、「湊、決まりだ! 準備してくれ」とコンテを持って部屋を出ていく。

「えっ? 何?」

「ちょっと待ってて。小園さーん! ちょっと」と呼んで、メイク室へ来てもらう。月影と話したことを小園に確認をとった上で、社長にも知らせる必要があったからだ。

「どうした? 今、モデルが来ないって騒動あるけど?」
「それで、代案があるんだ」
「代案? なんだ? 月影監督、もう動いているのか?」
「今、コンテ見せてもらった」

 僕は今しがた見せてもらったコンテの話をする。陽翔は「俺が聞いてもいいやつ?」と言うので、「そこに座って」と指定する。小園も空いている席に座り、コンテの概要を聞いていく。

「なかなかいいコンテだな? でも、それはモデルが来たらの話だろ? 撮影できるかどうかも……」

 ニヤリと笑う僕。陽翔の契約は昨日済ませているので、なんの問題もないだろう。小園さえ堂々として、陽翔が頷けばここで壁になるものは何もない。

「……まさか?」
「そのまさか」
「えっ? 待って。俺?」
「俺、俺」
「いや、オレオレ詐欺じゃないから。それに、今日は見学だって……」
「あぁ、無理。月影監督に提案したら、通ったから、今、それで確認に行ってる」

「さっき、あっただろ?」と慌てて出ていく監督のことを思い出したようだ。

「湊、でも…俺には、まだ、無理だって」
「こっちきて」

 おもむろに立ち上がり、陽翔の手を取りメイク用の鏡の前に座る。後に立たせて、目の前にあるコットンに手をかけた。手慣れているので、特に問題なく、コットンに化粧水を馴染ませる。

「何?」
「そのまま後にいて、右手だけ貸して」

 元々、基礎化粧品のCM撮影はモデルの後ろから、僕が優しく「疲れてない?」と囁きながら、化粧水を使用するシーンが想定されていた。後にいる陽翔の顔を映さないで、作るCMであるから、何かしら、仕掛けは欲しいところだが、僕が全面的に映ることになる。

「こうやってコットンを持って。そう」

 戸惑う陽翔にどうやれば、いいのか教えていく。素直に聞いてくれるようだ。

「頬に触れるとき、優しさを忘れないで、手の表情を意識……」
「手の表情?」
「そう。バレエとかフィギュアスケートとか、指先まで使って表現するだろう。例えば……」

 振り返ると、陽翔が見下ろしてくる。その陽翔を、めがけてサッと頬を触った。「ビックリした!」と言っているが、素早くすれば急に触られると身構えことを説明する。
 パッと陽翔の頬から手を離す。少しホッとしたような表情をする陽翔に笑った。

「今度は大事なものに触れる喜びとか戸惑いとか触れてもいいのか? って、思いながら触れるから」

 頷く陽翔の頬にもう一度触れる。ピタっと触れるのではなく、指先から少しの戸惑いを混ぜて。演技が嫌で、ドラマに出ていないわけでもない。バラエティも視野に入れたりもした時期もあった。
 僕は、僕の全部を出し切って、アイドルをしてこなかったことを今更後悔しているが、それと同時に情けない僕に感謝もした。

 薬指の指先が頬に触れる瞬間、僕の戸惑いより陽翔の驚きの方が大きかった。触れるか触れないかの微妙なもどかしさに何かを感じたのだろう。

「湊、くすぐったい」
「もう少し……」

 薬指の腹で触れば、次は中指、人差し指、小指……、そのまま頬に沿わせるようにして手のひらで陽翔の頬に触れる。最後に親指で頬骨を撫でると、赤面の陽翔。

「な、に……これ。めっちゃゾワゾワするんだけど!」

 照れ隠しなのか、叫ぶ。そんな陽翔を見て、クスクス笑い始めると「もう!」ともう一度大きな声を出した。

「こんな感じかなぁ? 手で表現するって。僕ね、顔の表情で感情を表現するのも好きだよ。眉を寄せたり、眉尻下げたり、視線逸らしたり、口角上げ下げしたりさ。でも、そうじゃなくて、仕草で表現するのがすごい好きなんだ。視線ひとつ、指先だけでとか……こだわってやってみると、多分面白いと思うよ?」

 手に持ったコットンに視線を落とす。僕を正面に座らせて、使い慣れていないコットンで、頬をそっと撫でる。

「んーもう少し優しくできる? ゴシゴシっていうのは、肌にもよくないし。そぅ、その調子!」

 真剣な目で僕を後ろから見て、言われた通りにしていく。頬にかかる圧がちょうどよく、「他も」というと、反対側の頬を撫でていく。どんどんよくなっていくのをジッと見つめていた。そんな練習をしていると、月影が静かに入ってきたようだ。
 視線があって、やめようとしたら「そのまま続けて」と言われ続ける。

「いいね? コンテ通りになってる。湊を使うとヘタなモデルを使うより、絵になる」
「揶揄わないでくださいよ! 僕はアイドルですから」
「いいじゃないか。そうそう、事務所の許可も降りた。始めようか? 基礎から始めよう。さっきの雰囲気で。あぁ、衣装は……湊の着ているのをキミが着てくれ」

 月影は部屋から出ていき、大きく息を吐いている陽翔。余程、緊張していたのだろう。僕は鏡越しに笑いかけ、二人の初仕事に向けて準備を進めた。
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