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◆無感情、その理由④
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無感情で無関心で無機質……それは、恋愛に関してもそうだった。
俺は愛を信じていないし、女を信じていない。
母が好きな男の為に家を出た、その事実を知ってから特に女は信じられなくなった。
誰かと深い付き合いなんてしたくない。
女の笑顔なんて嘘くさい。
女に夢中になったところで、母のようにみんな去っていくんだろう?
根底にそんな考えがある俺が、普通に純粋な恋愛なんてできるはずがない。
女は不純でしたたかで、なにを考えているのかわからない。
自分の都合で勝手なことをする生き物だ。
こんな考えは歪んでると人は言うだろう。
だが俺は、間違いなく母のことがトラウマになっている。
俺は大学を卒業後、日下さんの支援でアメリカに一年間留学することにした。
アメリカでは経営学について徹底的に学んだ。
留学を終え、帰国した俺はサンシャイン・ホールディングスに入社する。
日下さんは変わらず俺を高く買ってくれた。まるで本当の息子のように。
ここまで俺に目をかけていると、隠し子だと誤解されるのではないだろうか。
まぁ……それはありえないし、俺の勘ぐりすぎだ。
数年後のある日、本社の経営戦略本部で働いていた俺に転機が訪れる。
社長室にいる日下さんが俺を呼び出したのが事の始まりだ。
「来人、……頼みがあるんだ」
いつも必ず柔らかい笑みを向ける日下さんが、この日はいつになく神妙な面持ちだった。なにかあったのだろうか。
「私の、息子になってくれないか?」
意味不明だったが、日下さんが冗談を言っているとも思えなくて押し黙る。
養子にでもなれということか?
それとも、いよいよ隠し子だったという線が濃厚に?
そんなバカな。母と日下さんに接点はまったくない。
「社長、俺はもう息子同然ではありませんか」
会社ではきちんと“社長”と呼んで一線を引いている。
だがこのときは互いに、社長と社員という枠を大きく超えていたのは明らかだった。
実の父が死んでから、日下さんは俺にとって父親同然だ。俺に真心をくれた唯一の人だった。
その人が今、俺に頼みごとをしようとしている。きっと、重要な内容なのだろう。
「私にはひとり……娘がいるんだが……」
実際に会ったことはないが、日下さんに娘がいるのは知っていた。
たしか俺よりいくつか年下だったかなと、そんな曖昧な情報しかないが。
「甘やかして育てたつもりはないが不出来な娘でね。ワガママというか我が強いというか。こうと決めたら譲らず、猪突猛進なところがある」
穏やかな日下さんの娘だから、きっとおしとやかなお嬢様なのだろうと思っていた。
だけど話を聞く限りはそうでもなさそうだ。
「そんな娘でも幸せになってもらいたいんだ。親バカだと笑ってくれ」
「笑いませんよ。それが親心ってものでしょう?」
なぜ日下さんの言葉を笑ったりできる? 子供の幸せを願うのが親だ。
……俺の親は、そうではなかったが。
「来人、うちの凛々子と結婚してくれないか?」
「……え……」
顔には出さなかったが、さすがにこれには驚いた。
「会ったこともない娘と結婚してくれなんて滅茶苦茶だとわかってる。だけど来人なら、娘を安心して任せられると思ったんだ」
日下さんが思い詰めたように言い募る。まるで俺に懇願でもするように。
「凛々子と結婚すれば、誰に遠慮することなく来人に会社を任せられるし……」
「……社長……」
「義理だが来人と親子になれる。家族になれるんだ」
最後の言葉が、一番俺の胸に響いた。
日下さんの娘と結婚すれば、会社でのポジションも大きく変わるのだろう。
だけど俺にはそんなしたたかな欲はない。上にのしあがりたいのなら、自分の力でと思っている。
そんなことよりも、だ。
一番最後の言葉は、俺の急所を思いきり突いた。
それは日下さんもよくわかっている。だからこそ一番最後に口にしたのだろう。“家族”という言葉を。
俺と家族になりたいのだという思いがきちんと込められている。
誰とも結婚するつもりはなかった。俺はずっとひとりでいいと思っていた。
結婚に夢も希望も抱いていない。
両親を見ていたら、こういう曲がった考えにもなる。
だけど、日下さんが望むなら……
俺を受け入れてくれるのなら……
家族になろうと言ってくれるのなら……
断る理由が見当たらない。
そうして俺は、凛々子との結婚を決めた ――
俺は愛を信じていないし、女を信じていない。
母が好きな男の為に家を出た、その事実を知ってから特に女は信じられなくなった。
誰かと深い付き合いなんてしたくない。
女の笑顔なんて嘘くさい。
女に夢中になったところで、母のようにみんな去っていくんだろう?
根底にそんな考えがある俺が、普通に純粋な恋愛なんてできるはずがない。
女は不純でしたたかで、なにを考えているのかわからない。
自分の都合で勝手なことをする生き物だ。
こんな考えは歪んでると人は言うだろう。
だが俺は、間違いなく母のことがトラウマになっている。
俺は大学を卒業後、日下さんの支援でアメリカに一年間留学することにした。
アメリカでは経営学について徹底的に学んだ。
留学を終え、帰国した俺はサンシャイン・ホールディングスに入社する。
日下さんは変わらず俺を高く買ってくれた。まるで本当の息子のように。
ここまで俺に目をかけていると、隠し子だと誤解されるのではないだろうか。
まぁ……それはありえないし、俺の勘ぐりすぎだ。
数年後のある日、本社の経営戦略本部で働いていた俺に転機が訪れる。
社長室にいる日下さんが俺を呼び出したのが事の始まりだ。
「来人、……頼みがあるんだ」
いつも必ず柔らかい笑みを向ける日下さんが、この日はいつになく神妙な面持ちだった。なにかあったのだろうか。
「私の、息子になってくれないか?」
意味不明だったが、日下さんが冗談を言っているとも思えなくて押し黙る。
養子にでもなれということか?
それとも、いよいよ隠し子だったという線が濃厚に?
そんなバカな。母と日下さんに接点はまったくない。
「社長、俺はもう息子同然ではありませんか」
会社ではきちんと“社長”と呼んで一線を引いている。
だがこのときは互いに、社長と社員という枠を大きく超えていたのは明らかだった。
実の父が死んでから、日下さんは俺にとって父親同然だ。俺に真心をくれた唯一の人だった。
その人が今、俺に頼みごとをしようとしている。きっと、重要な内容なのだろう。
「私にはひとり……娘がいるんだが……」
実際に会ったことはないが、日下さんに娘がいるのは知っていた。
たしか俺よりいくつか年下だったかなと、そんな曖昧な情報しかないが。
「甘やかして育てたつもりはないが不出来な娘でね。ワガママというか我が強いというか。こうと決めたら譲らず、猪突猛進なところがある」
穏やかな日下さんの娘だから、きっとおしとやかなお嬢様なのだろうと思っていた。
だけど話を聞く限りはそうでもなさそうだ。
「そんな娘でも幸せになってもらいたいんだ。親バカだと笑ってくれ」
「笑いませんよ。それが親心ってものでしょう?」
なぜ日下さんの言葉を笑ったりできる? 子供の幸せを願うのが親だ。
……俺の親は、そうではなかったが。
「来人、うちの凛々子と結婚してくれないか?」
「……え……」
顔には出さなかったが、さすがにこれには驚いた。
「会ったこともない娘と結婚してくれなんて滅茶苦茶だとわかってる。だけど来人なら、娘を安心して任せられると思ったんだ」
日下さんが思い詰めたように言い募る。まるで俺に懇願でもするように。
「凛々子と結婚すれば、誰に遠慮することなく来人に会社を任せられるし……」
「……社長……」
「義理だが来人と親子になれる。家族になれるんだ」
最後の言葉が、一番俺の胸に響いた。
日下さんの娘と結婚すれば、会社でのポジションも大きく変わるのだろう。
だけど俺にはそんなしたたかな欲はない。上にのしあがりたいのなら、自分の力でと思っている。
そんなことよりも、だ。
一番最後の言葉は、俺の急所を思いきり突いた。
それは日下さんもよくわかっている。だからこそ一番最後に口にしたのだろう。“家族”という言葉を。
俺と家族になりたいのだという思いがきちんと込められている。
誰とも結婚するつもりはなかった。俺はずっとひとりでいいと思っていた。
結婚に夢も希望も抱いていない。
両親を見ていたら、こういう曲がった考えにもなる。
だけど、日下さんが望むなら……
俺を受け入れてくれるのなら……
家族になろうと言ってくれるのなら……
断る理由が見当たらない。
そうして俺は、凛々子との結婚を決めた ――
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