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Study39: shock「衝撃」
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「裏門から出た?……うん、私ももうすぐ裏門」
夢月は周囲に視線を走らせながら、携帯電話を握り締める。
事もあろうに、あのまま気を失い眠り込んでしまった。
目覚めると真崎の膝枕の上で、真崎も壁にもたれ寝息を立てていた。
すでに21時を過ぎている。
22時には用務員がセキュリティロックをかけてしまう。
職員玄関で用務員に挨拶を済ませている隙に、真崎をこっそりと外に出し、夢月も玄関を出た。
真崎との関係にしても、人目を盗み何かをするスリルに度胸がついていかない。
喉から心臓が飛び出る思いをしながら夢月は小走りで裏門を出る。携帯片手に塀にもたれている真崎と目が合い、ホッとした。
「駅まで通話で、オレが後ろからついて行くから」
「りょーかい」
携帯を耳に当て、真崎の前を通り過ぎる。
並んで歩く訳にもいかず、だけど夜道は危ないからと、こんな手段で帰宅することになった。
電車も離れて、マンションまで別々に歩くのだ。
仕方のない事だけれど、心細いし寂しい。
今まで当たり前に一人で帰っていた道のりが、嫌になるくらいもどかしく思う。
『体、平気?』
携帯を通して聞く真崎の声は新鮮で、直接聞くより声音が高い。
「ちょっとだるいかな」
『わりーな、アレがあんなに凄いとは』
ははは、と真崎が笑う。
「笑い事じゃないしっ」
『気持ち良かった?』
行為中に囁かれる時みたいに鼓膜の直ぐ近くで聞こえる声が、とてもくすぐったい。
夢月はチラリと肩越しに振り返る。
辛うじて電灯の下で姿が見えるくらいの距離を置いて、真崎が見えた。
「……………うん」
『へー、電話だと素直』
「いつも素直ですよっ」
さっきまで一緒だったし、家に着けばまた触れることができるのに、見える場所にいて近くにいられない事が酷く物足りない。
『角曲がったらコンビニあるだろ、中で少し待ってて』
「何か買うの?」
『尾行で厄介なのは曲がり角、姿見えなくなるから』
「え?プロのストーカーノウハウ?」
『ちげーよ、せめて探偵と言え、探偵と』
真崎は何故か変な事ばかり詳しい。
普段から尾行とかしているんだろうか……
『俺が見えたら歩き出して。また距離置いてからついてく』
「何だか、本格的だね」
『守るって、言ったろ』
何かが、心に引っかかった。
そう言えば、帰宅途中の寄り道を知っていたり、帰るタイミングを知っていたり、そんな時が多々あった。
もしかして、何度かこうして帰宅を見守っていたのだろうか。
泊まり込んでいる目的も、そこにあるのだろうか。
守ってくれていた?
素知らぬ顔で、強引な遣り方で、ずっと近くで………
「ありがとね、真崎くん」
確信はないけれど、頬を染めてそう告げる。
が、全く反応がない。
通話のままなのに、真崎の声がしない。
「真崎くん?」
『夢月、店から出るなよ』
唐突にそう言われ、通話が切られた。
緊張を孕んだ低い声だった。
夢月は店の前に佇む。
店から出るな、そう言われたのに、足が硬直して踏み出せない。
何か、あったのかもしれない。
『何かわからないけど、気をつけなよ』
美咲の言葉が頭の中を駆け巡る。
悠太が真崎の背中に投げつけていた、あの敵意。
夢月は携帯を握り締め、振り返る。
そしてゆっくり踵を返した。
嫌な予感がする。
学校関係者に一緒にいる姿を目撃されるかもしれない危惧など、とてもちっぽけで、どうでも良く思えた。
距離を考えても、もう姿が見えるはずだがそれもない。
夢月は突き動かされるように元来た道を引き返していた。
角を曲がると、人影が二つ。
地面に真崎の鞄が落ちている。
真崎の背中と、対峙する野球帽とマスクの男の姿がある。
男はそれほど背は高くない。
中肉中背、野球帽の上にパーカーのフードを被っているから髪色はわからない。
夢月が迷わず駆け寄ると、足音に気づいて真崎が振り返った。
「夢月っ、店にいろって言ったろ!」
「だって………」
怒鳴りつけてきた真崎の剣幕に夢月はたじろぐが、真崎の左腕が目に入る。
左側の二の腕を抑えた右手の指の間から、赤い血が見えた。
目を疑う。
恐怖で動悸が跳ね上がり、息が苦しくなった。
男の手を横目に見ると、刃物が見える。
それを見た時、夢月は混乱する頭で事態を理解した。
苛立った憤りがじりじりと沸き立つ。
大切なものを奪われそうになった焦りと不安。
頭に来た。
どうしようもなく、その男が憎らしく腹立たしく思えた。
「夢月、ここはいいから店に」
庇うように前に出た真崎を、夢月は避ける。
「よくなんかない!」
衝動的に鞄を振り上げて思いっきり男に向かって投げつけていた。
鈍い音を立て男の左肩に直撃した夢月の鞄が、中身を撒き散らしながら地面に落ちる。
「どう?参考書と教科書入りの鞄の威力は!通報したからすぐに警察がくるわよっ」
怒鳴りつけると自分で思っていたより凄味のある声だった。
「やれるものならやってみなさいよ!」
「マジかよ」と真崎の声がしたけれど、冷静にはなれなかった。
男が戸惑いを見せながら走り去る。
その背中を見送りながら、夢月は震える手を握り締めた。
自分の中にこんな激しさがあるなんて………
夢月は周囲に視線を走らせながら、携帯電話を握り締める。
事もあろうに、あのまま気を失い眠り込んでしまった。
目覚めると真崎の膝枕の上で、真崎も壁にもたれ寝息を立てていた。
すでに21時を過ぎている。
22時には用務員がセキュリティロックをかけてしまう。
職員玄関で用務員に挨拶を済ませている隙に、真崎をこっそりと外に出し、夢月も玄関を出た。
真崎との関係にしても、人目を盗み何かをするスリルに度胸がついていかない。
喉から心臓が飛び出る思いをしながら夢月は小走りで裏門を出る。携帯片手に塀にもたれている真崎と目が合い、ホッとした。
「駅まで通話で、オレが後ろからついて行くから」
「りょーかい」
携帯を耳に当て、真崎の前を通り過ぎる。
並んで歩く訳にもいかず、だけど夜道は危ないからと、こんな手段で帰宅することになった。
電車も離れて、マンションまで別々に歩くのだ。
仕方のない事だけれど、心細いし寂しい。
今まで当たり前に一人で帰っていた道のりが、嫌になるくらいもどかしく思う。
『体、平気?』
携帯を通して聞く真崎の声は新鮮で、直接聞くより声音が高い。
「ちょっとだるいかな」
『わりーな、アレがあんなに凄いとは』
ははは、と真崎が笑う。
「笑い事じゃないしっ」
『気持ち良かった?』
行為中に囁かれる時みたいに鼓膜の直ぐ近くで聞こえる声が、とてもくすぐったい。
夢月はチラリと肩越しに振り返る。
辛うじて電灯の下で姿が見えるくらいの距離を置いて、真崎が見えた。
「……………うん」
『へー、電話だと素直』
「いつも素直ですよっ」
さっきまで一緒だったし、家に着けばまた触れることができるのに、見える場所にいて近くにいられない事が酷く物足りない。
『角曲がったらコンビニあるだろ、中で少し待ってて』
「何か買うの?」
『尾行で厄介なのは曲がり角、姿見えなくなるから』
「え?プロのストーカーノウハウ?」
『ちげーよ、せめて探偵と言え、探偵と』
真崎は何故か変な事ばかり詳しい。
普段から尾行とかしているんだろうか……
『俺が見えたら歩き出して。また距離置いてからついてく』
「何だか、本格的だね」
『守るって、言ったろ』
何かが、心に引っかかった。
そう言えば、帰宅途中の寄り道を知っていたり、帰るタイミングを知っていたり、そんな時が多々あった。
もしかして、何度かこうして帰宅を見守っていたのだろうか。
泊まり込んでいる目的も、そこにあるのだろうか。
守ってくれていた?
素知らぬ顔で、強引な遣り方で、ずっと近くで………
「ありがとね、真崎くん」
確信はないけれど、頬を染めてそう告げる。
が、全く反応がない。
通話のままなのに、真崎の声がしない。
「真崎くん?」
『夢月、店から出るなよ』
唐突にそう言われ、通話が切られた。
緊張を孕んだ低い声だった。
夢月は店の前に佇む。
店から出るな、そう言われたのに、足が硬直して踏み出せない。
何か、あったのかもしれない。
『何かわからないけど、気をつけなよ』
美咲の言葉が頭の中を駆け巡る。
悠太が真崎の背中に投げつけていた、あの敵意。
夢月は携帯を握り締め、振り返る。
そしてゆっくり踵を返した。
嫌な予感がする。
学校関係者に一緒にいる姿を目撃されるかもしれない危惧など、とてもちっぽけで、どうでも良く思えた。
距離を考えても、もう姿が見えるはずだがそれもない。
夢月は突き動かされるように元来た道を引き返していた。
角を曲がると、人影が二つ。
地面に真崎の鞄が落ちている。
真崎の背中と、対峙する野球帽とマスクの男の姿がある。
男はそれほど背は高くない。
中肉中背、野球帽の上にパーカーのフードを被っているから髪色はわからない。
夢月が迷わず駆け寄ると、足音に気づいて真崎が振り返った。
「夢月っ、店にいろって言ったろ!」
「だって………」
怒鳴りつけてきた真崎の剣幕に夢月はたじろぐが、真崎の左腕が目に入る。
左側の二の腕を抑えた右手の指の間から、赤い血が見えた。
目を疑う。
恐怖で動悸が跳ね上がり、息が苦しくなった。
男の手を横目に見ると、刃物が見える。
それを見た時、夢月は混乱する頭で事態を理解した。
苛立った憤りがじりじりと沸き立つ。
大切なものを奪われそうになった焦りと不安。
頭に来た。
どうしようもなく、その男が憎らしく腹立たしく思えた。
「夢月、ここはいいから店に」
庇うように前に出た真崎を、夢月は避ける。
「よくなんかない!」
衝動的に鞄を振り上げて思いっきり男に向かって投げつけていた。
鈍い音を立て男の左肩に直撃した夢月の鞄が、中身を撒き散らしながら地面に落ちる。
「どう?参考書と教科書入りの鞄の威力は!通報したからすぐに警察がくるわよっ」
怒鳴りつけると自分で思っていたより凄味のある声だった。
「やれるものならやってみなさいよ!」
「マジかよ」と真崎の声がしたけれど、冷静にはなれなかった。
男が戸惑いを見せながら走り去る。
その背中を見送りながら、夢月は震える手を握り締めた。
自分の中にこんな激しさがあるなんて………
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