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supplementary tuition番外編
未来への礎 02
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教壇に立つ彼女の背中が好きだった。
華奢で線の細い首から肩、そして肩から伸びる嫋やかな腕、その先にある白く長い指がチョークを摘み、黒板に文字が刻まれていく。
彼女が振り向くまでは見詰めていられるその背中が、教室で見るその景色が好きだったのだ。
「相談せずにごめんね。絶対反対されるだろうなって、事後報告なんて怒られるって分かってたんだけど」
──── 何を言われるか、知ってる。
「校長と教頭に退職届渡してきたの」
薄々勘付いてはいたのだ。
夢月が教職に未練がないことを、辞める覚悟が出来ていることにも。
だけれどそれが、夢月にとって本当の望みなのか、犠牲を厭わない姿勢からなのか計れずにいた。
事後報告になった理由も、痛い程に分かる。
相談しなかったのではなく、相談できなかったのだ。
オレに余裕がなかったからか……………………
過去の記憶に振り回され今を見てなかった。
「ごめんな、夢月」
「…………どうして?」
有都の謝罪に夢月は首を傾げ不思議そうに瞬いた。
自分の身体に回る有都の腕を掴み、顔を近づけようと踵を上げる。
「真崎くんは何も悪くないよ。謝る必要ない。私が色々と覚悟し切れなかっただけで、本当はもっと早くこうするべきだったんだもん」
切な気に下げた眉と言い終えたあとに唇をきゅっと結ぶ夢月の顔が、焦りと後悔を伝えてくる。
良かれ、と思っていた。
決して悪戯に妊娠させた訳ではない。
それでも想定していない形で妊娠させ、結果仕事を続けられない状態にしてしまった。
だから、せめて戻れるようにと、彼女の為だと思ったのだ。守ったつもりでいた。
だけど、違ったのかも知れない。
「私ね、お互いにゼロになるのもいいのかな、って思ってるんだ」
「…………ゼロ?」
有都の表情が曇っていくのを見て取り、夢月は慰める様に温かく微笑んでくる。
「私は教師を辞める、真崎くんは生徒じゃなくなる。新しい方向を見るの」
「夢月はいいのか?」
高校教師の採用倍率は、小中学校教師よりも非常に高い。
非常勤であれば幾分間口が広がるが、常勤となると簡単には採用されないだろう。
2年間の休職を掛け合う際、悠都から聞いた情報では楽観できる状況下になかった。
もし、現行の退職に要らぬ噂がついてしまえば、それは更に厳しいものとなる。
「教職は好きだよ。この学校も好き。自分で手に入れた自分の居場所だと思ってた」
夢月は噛み締めるように言葉を紡ぐと、有都の腕の中から擦り抜け近くにある机に触れた。
「きっとずっと先までここに居るんだって感じてた」
そして黒板へと視線を移し、瞳を細める。
その軟らかい目色は、過ぎた思い出をなぞるかの様に穏やかだ。
「だけど、それ以上に大切なものが出来たから、もう必要ないよ」
そう言うと、恥ずかしそうに夢月は顔を伏せる。
髪が一房、肩を滑り落ち揺れた。
何を指しているのか、何を伝えたいのか、渇いた身体の中に水が染み込む様に理解できた。
心が潤されていく。
彼女の言葉はいつだって、こうして満たしてくれるのだ。
華奢で線の細い首から肩、そして肩から伸びる嫋やかな腕、その先にある白く長い指がチョークを摘み、黒板に文字が刻まれていく。
彼女が振り向くまでは見詰めていられるその背中が、教室で見るその景色が好きだったのだ。
「相談せずにごめんね。絶対反対されるだろうなって、事後報告なんて怒られるって分かってたんだけど」
──── 何を言われるか、知ってる。
「校長と教頭に退職届渡してきたの」
薄々勘付いてはいたのだ。
夢月が教職に未練がないことを、辞める覚悟が出来ていることにも。
だけれどそれが、夢月にとって本当の望みなのか、犠牲を厭わない姿勢からなのか計れずにいた。
事後報告になった理由も、痛い程に分かる。
相談しなかったのではなく、相談できなかったのだ。
オレに余裕がなかったからか……………………
過去の記憶に振り回され今を見てなかった。
「ごめんな、夢月」
「…………どうして?」
有都の謝罪に夢月は首を傾げ不思議そうに瞬いた。
自分の身体に回る有都の腕を掴み、顔を近づけようと踵を上げる。
「真崎くんは何も悪くないよ。謝る必要ない。私が色々と覚悟し切れなかっただけで、本当はもっと早くこうするべきだったんだもん」
切な気に下げた眉と言い終えたあとに唇をきゅっと結ぶ夢月の顔が、焦りと後悔を伝えてくる。
良かれ、と思っていた。
決して悪戯に妊娠させた訳ではない。
それでも想定していない形で妊娠させ、結果仕事を続けられない状態にしてしまった。
だから、せめて戻れるようにと、彼女の為だと思ったのだ。守ったつもりでいた。
だけど、違ったのかも知れない。
「私ね、お互いにゼロになるのもいいのかな、って思ってるんだ」
「…………ゼロ?」
有都の表情が曇っていくのを見て取り、夢月は慰める様に温かく微笑んでくる。
「私は教師を辞める、真崎くんは生徒じゃなくなる。新しい方向を見るの」
「夢月はいいのか?」
高校教師の採用倍率は、小中学校教師よりも非常に高い。
非常勤であれば幾分間口が広がるが、常勤となると簡単には採用されないだろう。
2年間の休職を掛け合う際、悠都から聞いた情報では楽観できる状況下になかった。
もし、現行の退職に要らぬ噂がついてしまえば、それは更に厳しいものとなる。
「教職は好きだよ。この学校も好き。自分で手に入れた自分の居場所だと思ってた」
夢月は噛み締めるように言葉を紡ぐと、有都の腕の中から擦り抜け近くにある机に触れた。
「きっとずっと先までここに居るんだって感じてた」
そして黒板へと視線を移し、瞳を細める。
その軟らかい目色は、過ぎた思い出をなぞるかの様に穏やかだ。
「だけど、それ以上に大切なものが出来たから、もう必要ないよ」
そう言うと、恥ずかしそうに夢月は顔を伏せる。
髪が一房、肩を滑り落ち揺れた。
何を指しているのか、何を伝えたいのか、渇いた身体の中に水が染み込む様に理解できた。
心が潤されていく。
彼女の言葉はいつだって、こうして満たしてくれるのだ。
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