13年ぶりに再会したら、元幼馴染に抱かれ、異国の王子に狙われています

雑草

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第1章 青春期

本国に届く報せ——カトリーナの沈没事故

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 何と言えば良いのかわからないまま、ギクシャクした関係のまま卒業を迎えた。

学園を去るその日、カトリーナは最後までヴィクトルとまともに言葉を交わすことはなかった。

彼は相変わらず社交界の理想的な公爵令息を演じ、カトリーナもまた、冷静沈着なまま学園生活を終えた。

別れ際、どちらからともなく目が合ったが、何かを言いかけて、結局言葉にはならなかった。

——それでいい。

もう、お互いの人生に干渉することはない。
ヴィクトルは公爵家の後継者として歩み、カトリーナはエーレンベルク家の当主として道を切り開く。

それぞれの未来に向かって、別々の道を歩むだけのこと。

それなのに——

「……卒業して、どれくらい経った?」

ヴィクトルは、ふと窓の外を見ながら呟いた。

カトリーナと最後に会った日から、どれだけの時間が流れたのか。

彼女は卒業後すぐに国外へ旅立ち、商談のために各国を巡っていた。
貴族の枠にとらわれず、経済の道で生きていくために。

それは、カトリーナらしい選択だった。

「……俺のことなんか、もう考えてもねぇんだろうな」

そう自嘲気味に笑いながらも、彼の視線は窓の向こうの空を見つめていた。

遠くへ旅立ってしまった女。
戻ってくるかもわからない女。

それでも——

「ヴィクトル様、大変です!!」

突然、扉が勢いよく開かれ、従者が駆け込んできた。

側近が、やや緊迫した表情で書状を差し出す。

ヴィクトルは、それを受け取り、無造作に封を切る。

そして——目を通した瞬間、全身が凍りついた。

「——商人カトリーナ・エーレンベルクの乗る船、沈没。生存者、確認されず」

ヴィクトルの呼吸が、ひどく静かになった。

「……」

指先が、微かに震えた。

だが、すぐに冷静を装い、側近を見上げる。

「……本国には、どこまでの情報が流れている?」

「すでに噂が広まりつつあります。カトリーナ様の商会関係者の間では、彼女が沈没事故に巻き込まれたことがほぼ確実視されているようです」

ヴィクトルは、淡々とした表情を崩さずに訊く。

「遺体は?」

「……まだ発見されておりません」

「そうか」

ヴィクトルは、それだけを言って、書状を静かに机の上に置いた。

「……引き続き、状況を調べろ」

側近は少し躊躇したが、すぐに頭を下げ、部屋を後にした。

そして、ヴィクトルは——

深く息を吐き、書状を握りつぶした。


——エーレンベルク家の正式な当主交代が発表された。

カトリーナの事故から数日後、彼女の商会と家の関係者たちは、すぐさま事前に準備されていた「引き継ぎ手続き」を進めた。

カトリーナは、以前から万が一の事態に備え、確実に家と商会が機能し続けるように計画していた。
彼女がいなくても、家は回る。商売は止まらない。

そのため、彼女の死が確定していないにも関わらず、エーレンベルク家の新たな当主がすぐに選ばれ、運営体制が整えられていった。

「……カトリーナ様が戻られる可能性については?」

「……正直、生存の可能性は低いでしょう。彼女が乗っていた船は高波にのまれ、残骸もほとんど見つかっていません」

「……ならば、後継は予定通りに」

手続きを進める関係者たち。

誰もが淡々と仕事をこなしていた。

なぜなら、カトリーナ自身がそう望んでいたから。

——“私は、いついなくなってもいいように、すべてを整えておく”

彼女の言葉通り、事前に準備されていた手順が進められ、エーレンベルク家は滞りなく新体制へと移行した。

ヴィクトルは、静かに報告を聞いていた。

カトリーナが沈没事故に巻き込まれ、
そして、エーレンベルク家の後継者が正式に交代したことを。

——まるで、カトリーナがこの世から完全に消えたような感覚だった。

だが、ヴィクトルはまだそれを認めるつもりはなかった。

「……カトリーナが、本当に死んだ証拠はどこにある?」

側近が、慎重に答える。

「……今のところ、確実な証拠はありません。しかし、生存者が見つかっていない以上……」

ヴィクトルは、彼を睨みつけた。

「“確実な証拠”がないなら、“確実な死”でもねぇだろうが」

側近は、わずかに怯んだが、すぐに頭を下げた。

ヴィクトルは、深く息を吐き、椅子に背を預ける。

カトリーナが死んだ——

それを、本当に信じられるか?

「……そんなわけ、ねぇだろ」

ヴィクトルは、静かに呟いた。

カトリーナが、あの程度のことで死ぬわけがない。

こんな形で消えるような女じゃない。

「……お前、俺を置いて勝手にいなくなるほど、冷たい奴だったか?」

そう呟きながら、ヴィクトルは机の上の書状を睨みつける。

だが、その返事は、当然ながら返ってこなかった。

しかし——

ヴィクトルは、まだカトリーナが”終わった”とは、微塵も思っていなかった。
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