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61 女2人の話し合い
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ピウスはふわりと微笑む。
「私はのんびり屋で…卒業式の6日前にあなたの妊娠を知ったのです。…あなたの存在は把握していました。アッロガーンス王家語の講師に言われていたのです。『王太子の頼みでとある男爵令嬢にアッロガーンス王家語を教えています。彼女は落ちこぼれクラスだそうですが、何の、頭は悪くありません。必要の無い勉強を嫌っているだけです。何故なら、王女殿下が全く覚えられないアッロガーンス王家語を着実に習得中です。王女殿下もかの男爵令嬢を見習って頂ければ幸いなんですがね…』と」
クピドゥスはピウスが何故彼女にとっては悔しいだけの事を穏やかに話すのか理解できない。
「あなたは欲が無いのね」
不意にそんな事を言われてクピドゥスは目を丸くする。
――は!?アタシ、欲の塊だけど!?
「だって――影に隠れる積りだったでしょう?王太子殿下の子を身ごもっているなら王太子妃に名乗りを上げるべきなのに。今は妊娠4ヶ月目?当然、数か月前には自覚があったはず。それなのにあなたは私を牽制する事も婚約者から降りるよう主張する事もなかった」
「あーー、それはね、ちょっと微妙だったからさ」
「…え?」
「あッ、いやいや、ほら、王太子妃なんて面クサじゃん?だから側妃とか愛妾とか贅沢は出来るけど仕事しなくていいやつがいいかなって。けど、テナ様が思ってたのと違ったっていうか…アンタの事冷たいの何のって散々悪口言ってたくせに、アンタに待ち伏せされてから人が変わったみたいになっちゃってさ。流石に焦ったっていうかさ。アンタを排除しなきゃヤバいって思っちゃって…」
「私はあなたの方が王太子妃になるべきだと思ったわ。テナークス殿下が求める優しさを差し出し、子を宿した。誰に聞いたってあなたの方が相応しいわ。正当な権利者よ。私はその事をアッロガーンス王と王妃にも知ってもらいたかったの。もちろんテナークス殿下にも理解してもらいたかった。だから――『切り札』が必要だったのよ」
「‥ッ‥」
クピドゥスは息を呑む。
自分は意気揚々と2枚の『切り札』を切った――
だが実際は切らされていた!?
「アンタは…王太子妃になりたくなかったの!?だからアタシに切り札を切ら‥」
「もう1度言うわね。あなたが王太子妃に相応しかったのよ。それだけが事実よ」
「アタシは…アンタに踊らされ…」
その後はピウスが『ゆっくり体を休めた方がいい』『体を冷やさない様に』『へそ出しドレスは妊娠中はやめた方がいい』などと言うのをぼんやり聞きながらソファから立ち上がり連れだってドアへ向かった。
ドアを開ける直前ピウス姫が神妙な顔で言った。
「…出産までの間、出来るだけ信用出来る人を増やして周りに置きなさい。出産は許される限り極秘裏に行うのがいいわ。それでもし…」
そこでピウス姫は言葉を区切りクピドゥスをじっと見た。
「それでもし、赤ちゃんの色に不都合な事があったら――
赤ちゃんを連れてすぐに出来るだけ遠くへお逃げなさい」
クピドゥスはギクッとする。
さっき『ちょっと微妙だったからさ』と口を滑らせてしまった。
それは父親が王太子かどうか微妙という意味。
上手く誤魔化したつもりだったのに気付かれていた。
この王女は一体――
クピドゥスは眉を寄せてピウスを…
その瞳を見る。
――アタシを恐れない王女。
他の誰とも違う瞳。
恐れの無い瞳。
その瞳には恐れだけでなく
蔑みも憐れみも嫌悪も戸惑いも――
アタシをイラつかせるものが一切無い。
まるで濁ってない。
そんな濁りの無い瞳で
真っ直ぐ見て来るから
オーキッドピンクに吸い込まれそうに――
「よ、余計なお世話だから!」
クピドゥスは目を逸らしそう吐き捨てた。
「…あなたは王家をチョロいと思っているかもしれないけど――王族は恐ろしい一族よ。そしてテナークス殿下も紛れもなく王族なの。侮らない方がいいわ‥」
クピドゥスはピウスが言い募るのを最後まで聞かずにドアを開けて歩き去った。
恐かった。
王女は本当の親切心で言っている。
そんなキラキラしたものに触れるのが恐かった。
心が震えるのが。
温度を得るのが。
得たと思ったものを失う人生を送って来た。
だから涙が出るほど恐かったのだ――
テナークスの何とも表現しがたい顔を見て
クピドゥスの耳にあの時ピウス姫が最後に言い募った言葉がこだまの様に響く。
『テナークス殿下も紛れもなく王族なの。侮らない方がいいわ‥』
「私はのんびり屋で…卒業式の6日前にあなたの妊娠を知ったのです。…あなたの存在は把握していました。アッロガーンス王家語の講師に言われていたのです。『王太子の頼みでとある男爵令嬢にアッロガーンス王家語を教えています。彼女は落ちこぼれクラスだそうですが、何の、頭は悪くありません。必要の無い勉強を嫌っているだけです。何故なら、王女殿下が全く覚えられないアッロガーンス王家語を着実に習得中です。王女殿下もかの男爵令嬢を見習って頂ければ幸いなんですがね…』と」
クピドゥスはピウスが何故彼女にとっては悔しいだけの事を穏やかに話すのか理解できない。
「あなたは欲が無いのね」
不意にそんな事を言われてクピドゥスは目を丸くする。
――は!?アタシ、欲の塊だけど!?
「だって――影に隠れる積りだったでしょう?王太子殿下の子を身ごもっているなら王太子妃に名乗りを上げるべきなのに。今は妊娠4ヶ月目?当然、数か月前には自覚があったはず。それなのにあなたは私を牽制する事も婚約者から降りるよう主張する事もなかった」
「あーー、それはね、ちょっと微妙だったからさ」
「…え?」
「あッ、いやいや、ほら、王太子妃なんて面クサじゃん?だから側妃とか愛妾とか贅沢は出来るけど仕事しなくていいやつがいいかなって。けど、テナ様が思ってたのと違ったっていうか…アンタの事冷たいの何のって散々悪口言ってたくせに、アンタに待ち伏せされてから人が変わったみたいになっちゃってさ。流石に焦ったっていうかさ。アンタを排除しなきゃヤバいって思っちゃって…」
「私はあなたの方が王太子妃になるべきだと思ったわ。テナークス殿下が求める優しさを差し出し、子を宿した。誰に聞いたってあなたの方が相応しいわ。正当な権利者よ。私はその事をアッロガーンス王と王妃にも知ってもらいたかったの。もちろんテナークス殿下にも理解してもらいたかった。だから――『切り札』が必要だったのよ」
「‥ッ‥」
クピドゥスは息を呑む。
自分は意気揚々と2枚の『切り札』を切った――
だが実際は切らされていた!?
「アンタは…王太子妃になりたくなかったの!?だからアタシに切り札を切ら‥」
「もう1度言うわね。あなたが王太子妃に相応しかったのよ。それだけが事実よ」
「アタシは…アンタに踊らされ…」
その後はピウスが『ゆっくり体を休めた方がいい』『体を冷やさない様に』『へそ出しドレスは妊娠中はやめた方がいい』などと言うのをぼんやり聞きながらソファから立ち上がり連れだってドアへ向かった。
ドアを開ける直前ピウス姫が神妙な顔で言った。
「…出産までの間、出来るだけ信用出来る人を増やして周りに置きなさい。出産は許される限り極秘裏に行うのがいいわ。それでもし…」
そこでピウス姫は言葉を区切りクピドゥスをじっと見た。
「それでもし、赤ちゃんの色に不都合な事があったら――
赤ちゃんを連れてすぐに出来るだけ遠くへお逃げなさい」
クピドゥスはギクッとする。
さっき『ちょっと微妙だったからさ』と口を滑らせてしまった。
それは父親が王太子かどうか微妙という意味。
上手く誤魔化したつもりだったのに気付かれていた。
この王女は一体――
クピドゥスは眉を寄せてピウスを…
その瞳を見る。
――アタシを恐れない王女。
他の誰とも違う瞳。
恐れの無い瞳。
その瞳には恐れだけでなく
蔑みも憐れみも嫌悪も戸惑いも――
アタシをイラつかせるものが一切無い。
まるで濁ってない。
そんな濁りの無い瞳で
真っ直ぐ見て来るから
オーキッドピンクに吸い込まれそうに――
「よ、余計なお世話だから!」
クピドゥスは目を逸らしそう吐き捨てた。
「…あなたは王家をチョロいと思っているかもしれないけど――王族は恐ろしい一族よ。そしてテナークス殿下も紛れもなく王族なの。侮らない方がいいわ‥」
クピドゥスはピウスが言い募るのを最後まで聞かずにドアを開けて歩き去った。
恐かった。
王女は本当の親切心で言っている。
そんなキラキラしたものに触れるのが恐かった。
心が震えるのが。
温度を得るのが。
得たと思ったものを失う人生を送って来た。
だから涙が出るほど恐かったのだ――
テナークスの何とも表現しがたい顔を見て
クピドゥスの耳にあの時ピウス姫が最後に言い募った言葉がこだまの様に響く。
『テナークス殿下も紛れもなく王族なの。侮らない方がいいわ‥』
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