悪い冗談

鷲野ユキ

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交渉

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「なあ、悪い話じゃないだろ?」

 すまし顔でチョコレートをつまむお姫さまに、私は懇願する。

「それに、加賀見先生はお前の友人でもあるんだ。友人の願いを叶えるのに協力する義務があるはずだ」
「別に、加賀見さんは私の友達じゃないですし」

 ちら、と一瞥をくれて、彼女は再び黒い欠片を口に放り込む。

「俺に先生を紹介したのはお前だろ。その結果がこうなったんだ。連帯責任って言葉、知ってるか?」
「先輩。恩を仇で返すって言葉、知ってます?」

 質問に質問で返され、私は缶コーヒーをあおった。苦い液体で口内を湿らせてから、

「だが、なんとしてでも彼女を呼ばなけりゃならないんだ。じゃないと、あれを回収できない」

 と、やや声を潜めて、安藤の顔色を窺うように呟いた。すると私を唆した本人は、同じく小声ながらに私に返す。

「あれって。……本当に、加賀見さんに見せたんですか?」

 その言葉には、どこか非難めいたものがあった。

「見せた、というか預けた」
「預けた?渡しちゃったんですか、あんなもの」

 さらに非難の棘を鋭くして、安藤が声を上げた。

「だがおかげで収穫はあったんだ。やはり、あの遺体は自殺なんかじゃなかった」
「それは、良かったですけど」

 ようやくあたりを気にする余裕が出来たらしい。ちら、と安藤が相談室内を見回すが、昼休みに課長はまずここにはいない。楽しいランチタイムにここに来るのは、署内ののけ者の私と安藤くらいだ。

「でも、やっぱマズくありません?」
「そりゃマズいさ。モノがモノだし、持ち出したことがバレたらクビだろうな」
「まさか、そこまで先輩が本気だなんて思ってなかったんです」

 自分には非がないとばかりに安藤が、ちっともかわいくない上目づかいをしている。

「そこまでして、なんであの遺体にこだわるんですか?」
「それは……」

 思わず言い淀む私に、安藤がまるで見当違いな言葉を掛けてきた。

「あ、もしかして。あの相談に来た女の人のことが好きになっちゃったとか」
「は?」
「それで、あの女の人の力になりたいとか、そんなかっこつけなことしようとしてるんでしょう」
「俺が、彼女を好きになる?まさか。彼女は容疑者だぞ。なにしろ自分が殺したかもしれないって言ってるんだから」
「殺したって言っても、ゲームの世界の中での話でしょ。そんなことあるはずないじゃない。先輩、あの遺体が彼女の恋人じゃないことを証明して、安心させてあげたいだけなんでしょ」

 安藤が、大きな図体で詰め寄ってくる。私は思わず椅子を引いた。

「安心させる?いいかっこしいする為だけに、こんな危ない橋を渡れるか」
「いや、むしろ先輩的には、恋人はほんとに死んでた方が都合がいいのかな。だって恋人が生きてたら、彼女は元鞘に収まっちゃうかもしれないし」
「おい、いい加減にしろ」

 呆れた声で私は返した。まったく、勝手な憶測で好き勝手言いやがって。

「なんだって俺が、エーオースのことを好きにならなきゃならないんだ」
「は?誰ですか、エーオースって」
「蜂蜜男の恋人の名前だよ」
「あの女の人、日本人じゃないんですか?」
「違う、彼女のゲーム内のキャラの名前だ」

 そう言うや否や、安藤の顔が渋くなる。

「ゲーム?」
「Era of Bronzっていうアプリゲームだ」
「エラ?なんですか、それ。っていうか、いくら誘われたからって、相談者と一緒に遊ぶなんて、やっぱりその気が」

 隙あらば安藤が意味ありげな視線を向けてくるので、鬱陶しくてたまらない。

「違う。彼女から、ゲーム内に手がかりがあるかもって誘われたんだ。現実世界で蜂蜜男と会ったことのあるやつがいるから、会ってくれって」
「会った?まさか本当に、刑事みたいに捜査してるんですか」

 そう問う安藤の目が輝いている。私は少し得意げな気分になった。

「まあ、捜査ってっても、会ったのはゲーム内だけだがな。実際に会ったわけじゃない」
「ゲーム内?」
「メリッサって言う女の子だ。何か知っていそうだったが、逃げられてしまった」
「すみません、ちょっとよくわからない」

 安藤は、私の元を離れて向かいの椅子に腰かけた。そして眉間に手を当てて、ストップをかけた。

「とりあえず、先輩の捜査の進捗状況は置いておくとして。で、なんでそれが、私が小野さんを合コンに誘うことになるんですか」
「だから何度も言ってるだろ?加賀見大先生が小野さんのことをいたくお気に召したみたいでね。監査結果と遺骨の返却を条件に、小野さんとの合コンのセッティングをご所望したんだ」
「それを、私にやれと?」
「頼むよ、他に頼める人がいないんだ」
「嫌ですよ」

 今度は私が安藤に詰め寄る番だった。安藤の腰掛ける椅子に縋りつく。

「そこを何とか。俺だって、進んでクビにはなりたくない」
「自分で撒いた種じゃないですか」
「種をまく土台を耕したのはお前だろ」
「まあ、加賀見さんを紹介したのは私ですけど……でも、最初から叶わぬ恋を応援するなんて、友人的にはどうですかね」
「そうやって最初から可能性を狭めるのは良くないぞ」
「可能性なんてあるわけないじゃないですか」

 足もとの私を睨みつけて、安藤が冷たい言葉を吐きつける。

「そもそもこないだの合コンで、最初から相手にされてなかったんですから。それなのにまた会おうだなんて、加賀見さんて馬鹿なんですか?」
「知るか。玉砕覚悟で、もう一目会いたいんじゃないのか」
「そんなの、見てられませんよ。余計虚しいだけじゃないですか。悪いことは言いません、加賀見さんには小野さんを諦めてもらいましょう」
「だが、それじゃあ骨を返してもらえない。詳しい監査結果もまだ教えてもらえていないんだ」
「でも、素直に加賀見さんがもう一度会いたいから来てくださいって言って、小野さんが来てくれると思います?」
「小野さんが、俺の思うイメージ通りの女性なら来てくれるはずだ」
「なら自分で誘ってくださいよ」
「それが出来たら苦労しないさ。少なくとも俺よりお前のほうが彼女と親しいだろ」
「親しくなんてありませんよ、あんな女と」

 心底嫌そうな顔で言い捨てる安藤の顔は醜く、まさしくブス姫そのものだった。

「あんな女だなんて。小野さんのことそんな風に言うのはやめろよ」
「先輩までひいきしちゃって。別に加賀見さんに言い寄られて小野さんが嫌がるのを見るのは全然かまわないんですけど。でもこれじゃあ、あんまり加賀見さんがかわいそうじゃないですか」
「なんだ、やけに先生の肩を持つじゃないか。やっぱりお前、いい感じなんじゃないのか?」
「いい感じ?」
「加賀見大先生と」
「冗談やめてください」

 私が茶化すと、安藤はフイと席を立った。

「おい、まだ話は終わってないぞ」
「もうお昼休み終わりますから」

 安藤の視線の先では、色気のない壁掛け時計が一時を告げようとしていた。無情にも部屋を出て行こうとする安藤が、扉の前で立ち止まる。

「先輩」
「なんだよ、もう俺はどうせクビになるんだ。もうお前の先輩じゃない」

 やさぐれる私に、姫さまが振り返り優雅に微笑んだ。

「小野さんの件は、何とかしてあげます。その代わり、先輩。私のお願い聞いてもらえますか?」
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