悪い冗談

鷲野ユキ

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監査結果

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 甲府駅から電車で三十分、さらに駅から車で十五分。田舎、と言って差し支えのない場所に私の家はある。

 なにも好き好んでこんな場所に家を建てたわけではない。親が買った土地を引き継ぐものがおらず、私も売り払うのを億劫がって、惰性で住んでいるだけだ。ここにいる限り家賃はかからないし、わざわざ狭い賃貸に引っ越したいとも思わなかった。

 メーターの回りきったポンコツを、駐車場と呼ぶにはおこがましい、ただの荒地に停める。ドアを開けるとブーン、と虫の羽音が聞こえたので、慌ててドアを閉めてそれをやり過ごす。

 田舎とはいえ買い物は仕事帰りにすれば済むし、車があればどうとでもなる。難点は仕事上がりに酒を飲めないことと、虫が多いことくらいか。

 ようやくたどり着いた我が家でまず行ったのは、スマホの充電だった。メリッサが逃げるように消えてから、その後どうなったのかが気になった。それに、エーオースからメールが来ているかもしれない。

 充電器に繋いでしばらくの後、思い出したかのようにピコン、とランプが点滅した。飢餓状態から回復し、ようやく通常状態に戻ったスマホを開けば、メールが来ていた。

『骨の監査結果が出た。サンプルの返却と報告をしたいのだが、いつなら空いているか?』

 木村馨からの連絡を期待していた私は、がっくりと肩を落としてしまった。いや、加賀見先生からの連絡を待ち望んではいたのだが、あの赤ら顔を思い出すと同時に、彼に指定されたこの仕事に対する報酬を思い出してしまった。

 ああ、どうやって小野さんとの合コンだなんてセッティングすればいいのだろう。
 よほど、かの遺骨の身元や死因を特定するより難しいことのように思えた。

『では、明日はいかがですか』

 小野さんとの約束などちっとも取り付けていないけれど、早いところ遺骨を回収しておきたかったのもある。この週末、予定らしい予定もない私は、気を急いてそう返す。

『申し訳ないが、土曜は予定がある。それに、小野嬢との約束は取り付けていただけたか?』

 まるで見透かされているようだった。思わず舌打ちが出た。というか、あの男。あのなりで休日になんの予定があるっていうんだ。どうせ家でDVDでも見てるだけだろ?

 どう返そうか悩み、そのまま光る画面をそっと畳の上に戻す。ネクタイをほどき、ジャケットをハンガーに掛ける。箪笥から取り出したスエットに着替えて再びスマホを手に取れば、待ち人からの連絡が来ていた。

『今日は、お仕事中に申し訳ありませんでした。結局、メリッサから何も聞き出すこともできなかったし……。ですがこのまま、もう少しEoBの中でアリスタイオスの手がかりを探してみようと思います』

 殊勝な言葉が画面には連なっている。消えた恋人を探す彼女。その想い人は、もう死んでいるかもしれないというのに。

 一体、彼女はどんな気持ちで私の元を訪れたのだろう。普通なら、蜂蜜と共に見つかった遺体が恋人だなんて、思いたくなどないはずだ。いくら探しても見つからなくて、いよいよどうしようもなくて来るところなんじゃないだろうか、身元不明遺体の相談所だなんて。

 ふと、安藤相手に語った自分の言葉を思い出す。やはり、蜂蜜男を殺したのは、彼女なのではないか。彼が死んでいると知っているから彼女は現れた。なにせ殺したのは自分だ――。

 でも、そんなことする意味あります?

 私の中で、安藤が頬を膨らませて言っている。意味?意味はあるはずだ。例えば、自分を容疑から外すためだとか。

 冷蔵庫から発泡酒を取り出し、甲府駅で買った弁当をアテに一本開ける。一息ついたところで、程よく酔いが回ってきた。私の頭の中で、なぜか小野さんが私を責める。なぜあなたは、必死な彼女を犯人に仕立てようとするの?

 それは、だって――。

 脳内で言い訳をしようとしたところで、ブゥゥゥン、と振動音が耳に入った。思わず手を振り払ったが、室内に入り込んだ虫ではなくスマホのバイブ音だったことに気が付き、一人私は笑ってしまった。どうやら、思った以上に酔いが回っているらしい。

 私を驚かせた犯人は、せっかちな加賀見先生だった。返事の遅い私にしびれを切らしたのだろう、そこにはありがたい内容が書かれていた。

『骨に付着した肉片から、グラヤノトキシンが見つかった。あと、肋骨に傷がある』

 グラヤノトキシン、と言われても私にはさっぱりわからない。が、先生が言うからには、なにか事件の糸口となるものなのだろう。それよりも気になったのは、骨に傷がある、ということだ。慌ててメールを返す。

『それは、どう言う事ですか?』
『小野嬢との約束をこじつけるまでに、自分の頭で考えてみたまえ、リンドウ刑事』

 キザったらしいしぐさで、加賀見氏が言うのが画面越しに見えた。やはり、見透かされている。恐らくこの様子では、小野さんと引き合わせるまで遺骨は返してもらえそうにない。というか、あんなもの。持っていて気分のいい物でもあるまいし。

 明日、安藤に相談してみよう。それぐらいしか解決策は思いつかなかった。そして、私はこの新たな事実をどう受け止とめたものかと思案する。先生が見つけた骨の傷。

 私が名刑事でなくてもわかる簡単なことだ。小野さんと先生の会合を待つまでもない。

 蜂蜜男は、何者かに刺されたのだ。心臓を狙う鋭い刃から守ろうと、その切っ先を真向に受けた肋骨。だがそのディフェンスは不十分で、死の使者は彼の命を奪って行ってしまった。

 刺殺。新たな可能性に、私の胸が騒いだ。鋭い刃を心臓に突き立てたものがいる。そのことが明らかになってしまった。

 犯人は、そいつに他ならない。

 窓を開けて、荒れ果てた庭を見る。月光の元ではかなげに咲く花々に水をやりながら、私は化粧気のない木村馨の横顔を思い出していた。
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