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別れ①
しおりを挟む男爵がいない以上、二階の部屋を使うわけにもいかず、アンは皆が使う共同部屋へ戻り、布を当てて髪を乾かす。日付が変わる頃、ヒルダがやって来た。
ヒルダは高々と袋を掲げてみせた。じゃり、と音がなる。アンは目を見開いた。
「まさか──」
「ああ売れたよ。金貨三十枚だ」
王家の借金が記された紙。国の重要機密とも言える情報が、やっと売れた。アンは歓喜と共に、もう悠長なことはしていられないと、ベッドから飛び起きた。
「買った方はどんな人ですか?」
「見た目は地味だったけど、着てるもんはどれも一級品だ。間違いなく伯爵以上だ。情報をチラつかせたら飛びついてきたよ。名前はスタンリーとか言ってたね」
聞き覚えのない名前だった。おそらく偽名だろう。アンは腹をくくった。
「ヒルダさん、お世話になりました。ここを発ちます」
「いつ?」
「明日にでも」
ヒルダは名残惜しそうにぎこちなく頷いた。
「もし誰か訪ねてきても、東へ行くと言っていたと答えてください」
「そりゃ構わないけどさ、目無し男爵様はどうするんだい」
先のやり取りを思い出す。彼がまたやって来るとは思えないが、心残りではあった。
「手紙を書きます。もしいらっしゃったら渡してください。それと、金貨は十枚だけで十分です。残りはヒルダさんに」
「貰えないね。アンタは良い働きをした。重いが取っときな」
「でも」
「いいんだよ!金は無いと困るけど、あって困ることはない。持っておいき」
無理やり渡される。ズシリと重たかった。
「短い間だったけど、もうアタシの娘も同然だ。何か困ったことがあったら、直ぐに頼っておくれよ」
ヒルダが抱きしめる。かつての母も、こうやって抱きしめてくれたのかもしれない。忘れてしまった記憶の中から、アンは確かに既視感を感じていた。
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