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蜜月の終わり①
しおりを挟む王宮には、ろくに戻らずアンの側にいた。アンと過ごしていると心が安らぐ。ずっと共に過ごして、アンもずっと笑っている。二人は幸せだった。
放っておかないのが周りの者だ。しきりに王宮に戻れとうるさい。政務も戦争も宰相に任せておけばいい。自分は結果だけ分かればいい。サインをするだけ。そう言ってもそうはいかないと、側近から従者を通して、次々と手紙が来るものだから、レイナルドは根負けして、一度王宮へ帰ることになった。
アンと玄関先で別れる。馬車に乗り走り出すと、アンが手を振る。すぐ戻るつもりだったから、視線だけ向けて、手を振り返さなかった。
王宮に戻ると、次から次へと誰かしらが意見してくる。戦費の調達が滞っているだの、戦況が思わしくないだの、敵国が勢いづいているだの、くだらないことばかり報告してくる。
「なんだお前ら揃いも揃って!それをなんとかするのが貴様らの仕事だろうが!」
しかし、と宰相が口を挟む。
「しかしながら、これだけ問題が山積していたら、おいそれと方針を決められません。シェジェンはもともと我が国の領土。奪還し悲願は叶いましたが、この冬で度々シェジェンまでの道は封鎖され、なかなか補給が出来ません」
陸軍卿も、宰相に同意する。
「陛下、それでも我々は持ちこたえてきましたが、維持は困難です」
「金が無いからか」
「それだけではありません。人の質の問題です」
「質?どういうことだ」
「陛下は、リディア王妃の推薦する者を取り立て、重役に据えました。その者たちはリディア王妃に賄賂を渡し官職を手に入れたのです。実力でなく金で得た分不相応な地位に能力が伴わず、しばしば我が軍は機能不全に陥っております。それでも上層部のすげ替えは無いので、なんとかなっておりましたが、先日のマスラー陸軍大将の戦死に、陛下は一言の声がけすら無かった。マスラー大将がどれだけ忠誠を誓い戦ってきたか、我々皆は知っておりました。しかし陛下は、新たなクラウザー大佐の任命書にサインしただけ。陛下の関心の無さに、私どもの士気は低下しております」
この者はリディアだげなく、直接、王を非難したのだ。レイナルドの怒りは頂点に達した。だが既のところで怒りを堪えたのは、それが図星だったからだ。
軍事会議に出席せず、政務もせず、別邸に入り浸っていた。その自覚があった。
「アン王妃様がいらっしゃったら、」
さらなる陸軍卿の言葉に、王はやはり怒りを止められなかった。
「アンがなんだ!アイツはとっくに王妃ではない!」
「いいえ。はっきり言わせてもらう。アン王妃様は陛下に代わり毎回軍事会議に出席してくださいました。財務長官とも密に連携を取り、戦費の調達を自らしてくださり、私どもは存分に戦えました。また、アン王妃様は戦争を終わらせたいとも思われておいででした。陛下へたびたび諫言なさったはずです。借金が膨らんでいると、このままでは民衆に重税を課すことになると、しかし陛下は耳を貸さないばかりか、あのような下賤の者を王妃に据えた。われわれ軍人は今、戦争を続けていく誇りも意味も失っております」
陸軍卿は腰のサーベルに手をかける。レイナルドはまさか、と王座から立ち上がる。
「俺を脅しているのか」
「いいえ決して。陛下はこの国の王。逆らおうとも思いませぬ。陛下のご意思をお伺いしたいだけでこざいます」
「意思…?なんだそれは」
「聞けば、陛下は王宮から遠ざかっておられる。戦争にも政務にもご興味がおありでないご様子」
「それは…」
王宮にいると、わずらわしいことばかり。今みたいにああだこうだ言われて、レイナルド自身、うんざりしていた。アンの癒やしに触れたから尚更、嫌気が差していた。
陸軍卿と宰相は言葉を待っている。レイナルドも、理由はどうあれ最終地点は同じだった。
「──分かった。戦争はやめだ」
「真ですか」と、陸軍卿。
「本当だ。うっとおしいお前らの話は聞きたくない。後は万事お前らに任せる。ナセル国との交渉も任せる。いいな」
「お、お待ち下さい陛下!」
退出しようとして二人から引き止められる。レイナルドはしぶしぶ振り返る。
「陛下が正式に戦闘中止の命令を出した書類を作成します。しばしお待ちを」
「なら部屋に持って来い。俺はもう何もしたくない。早く別邸に帰りたいんだ」
「は、はい。ではそのように」
今度こそ部屋へ向かう。これでいい。後は任せておけば、自分はずっとアンと一緒にいられる。レイナルドの心は弾んでいた。
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