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王宮へ
しおりを挟むここの屋敷の主が戻ってくるらしい。ローズはここがアルバートの知り合いの屋敷だと忘れかけていた。何処へ移るのかを聞くと、王宮へ引っ越しするという。
「夏には戴冠式がある。それまでローズは王宮で過ごしてくれ」
コア家が治めていた隣国がまるまる教皇領になり、その総督にアルバートが就任した。任期は五年。先にアルバートが向かって、落ち着いた頃にローズを呼び寄せるという。特に今年は戴冠式がある。本国も隣国も忙しい時期を迎えていた。
「ここにいる使用人たちは、どうなりますか?」
「暇を出す。必要なら紹介状を書く」
「リラは…?」
「リラ次第だな」
扉を叩く音。許可を出すと、ちょうどリラが入ってきた。盆に飲み物を乗せていた。ハーブティーです、とテーブルに置かれる。ローズは礼を言って聞いてみた。
「あのね、ここを引き払って王宮に移ることになったの。使用人たちは暇を出したり、他のお屋敷に移ってもらうんだけど、リラはどうしますか?」
「奥さまの侍女ですから、奥さまに従います」
「リラが決めていいのよ?」
リラはアルバートに視線を送った。彼は腕を組んだ。
「金は貯まってるだろ。良い機会だから自分の国にでも帰ったらどうだ?」
「奥さまをお守りしなくていいのですか?」
「本音を言うと、リラほど安心して任せられる奴はいない」
リラはローズに向き直った。
「奥さま、お供します」
「いいの?」
「旦那さま、お給金あげてくださるそうです」
「言ってないぞ」
すかさずアルバートが口を挟む。リラはくすくす笑った。少女のような笑い方だった。
使用人の行く末は女主人であるローズが配慮すべきなのだが、ずっと伏せっていたため、アルバートの方がその扱いに慣れていた。忙しい身だからと、ローズは自分が手伝うと言ったのだが、聞き入れてもらえなかった。
取り敢えずローズだけ先に王宮へ引っ越しすることに。
「アルバート様が心配だわ」
移送の馬車の中で、リラにそう打ち明けた。
「何故?」
「このところ休む暇なく働いてらして、よく屋敷にいないし、帰ってきたと思ったら使用人の振り分けをなさって、倒れてしまうわ」
「旦那さまなら大丈夫ですよ。体力ありますし、へっちゃらです」
「そうだといいんだけど」
「それより奥さまです。歩けるようにはなりましたが、まだまだ全快とはいきません。王宮に住まうのが吉と出ればいいのですが」
大丈夫、と言おうとして腹を擦る。手術した傷が傷んだ。時々の事だからあまり気にしていないが、アルバートとリラが心配するだろうから隠していた。
「私こそ大丈夫。でも、もう少し体力をつけないとね」
「お供します」
リラの力強い言葉に慰められる。門をくぐる。王宮が見えた。
馬車を降りると、陛下が直々に迎えに来ていた。ローズは慌てて礼を取った。
「──陛下、」
「いいよいいよ。顔上げて」
「そういうわけには」
ダンフォースが腕を取って立たせる。太陽のような満面の笑みに、ローズもつられて笑う。
するとダンフォースはローズを抱きしめた。使用人が見ている前だったので、ローズはどぎまぎしてしまった。
「へ、陛下っ!」
「ローズ!来てくれて嬉しいよ!」
「あ、あの」
「こっち!早く」
ぐい、と手を引かれる。引っ張られるまま庭園へ出る。ずんずん進んでいくと、柵で囲われた入口に行き着いた。ダンフォースが鍵を開ける。また手を握って、中へ入る。そこには見頃を迎えた薔薇が一面、咲き誇っていた。
見事な咲き誇りにローズは感嘆した。良い反応だったらしい。ダンフォースは、もっと見せたい、と言った調子で奥へ奥へと促した。
「綺麗でしょ?アルに早く連れてきてって言っても全然連れてこないんだもん。枯れちゃわないかヒヤヒヤしたよ」
「そうだったんてますか…アルバート様からは何も」
「ここ花園だから黙ってたのかな」
「え!?こ、ここ…花園なんですか?」
ダンフォースは、ごく普通に頷く。花園だとは思わなかった。規模が大きすぎる。一つの丘全てに薔薇が咲いている。これ全て花園だったなんて。
「陛下、花園なら私ここにいれません」
花園は男女と入るもの。既婚者のローズは、ダンフォースと入ってはならない。
「ローズは家族だもん。問題ない。叔母上なんて呼びたくないから今まで通り名前て呼ぶね」
「二人だけというのが問題なんです」
「ぼく王様だからいいもーん」
おどけて見せてから、近くにあったベンチを指さした。
「休もう。話したいんだ」
隣同士で座る。新緑の季節とはいえ、風が吹かないと暑く感じた。
「アルバートが隣国の総督に就任したら、ローズとも会いづらくなるね」
「戴冠式までは、ここでお世話になります」
ダンフォースは頷く。
「今だから言うけどね、最初に会ったローズは本当に人形みたいで、笑ってるのに笑ってない。感情が抜け落ちていて、可哀想って思うより怖かった」
最初の出会い。もちろん克明に思い出せる。あの時の自分はまだ、アルバートの名すら知らず、日付けの感覚もなく、ただ無常に日々を過ごしていた。
今思えば、ダンフォースの子供のらしさに刺激を受けて、自分を取り戻していったような気がする。
「ローズを着飾らせたり、からかったりしたのは、感情を揺さぶれば、元気になるかなって」
「陛下に…ダンフォース様に元気を分けてもらって、毎日楽しく過ごせました」
「えへへ。そうでしょ。今のローズは本当に明るくなって、体の調子はどう?痛む?」
「いいえ。順調に回復出来ています」
「そっか。よかった」
ダンフォースが笑みを向ける。ローズも返した。
「アルバートをお願いね。さみしがり屋なんだ。僕には隠してるみたいだけどさ」
「はい…」
「ローズって名前、良い名前だね」
「よくある名前です」
「ローズらしい名前だよ」
なんだか口説かれているように感じた。ローズはとりあえず礼を言った。
「ここね、薔薇ばっかでしょ?アルのお母さん、早くに亡くなってしまって僕は知らないんだけど、その人が薔薇が大好きでこんなになったんだって」
どこを見ても薔薇が咲いている。配置も絶妙で、丁寧に剪定されて、大事に管理されているのがよく分かった。
「ええ、とても見事ですね」
「今度ここでお茶会でもしようかな。母さまとアルとローズとぼく。四人だけ」
今日みたいに穏やかに晴れた日。こんな日なら素敵なお茶会になるだろう。良い提案に思えた。
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