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2巻
2-2
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「ヒュウガ殿、お久しぶりですね。私まで呼んでいただき、ありがとうございます」
「何を言うのですか、アイザック達との一件ではお世話になりましたし、当然です」
セツをきちんと従魔登録していなかったら、俺は罪に問われていた可能性もあるのだ。それに、彼は事情聴取の際に、セツの弁護までしてくれたそうだ。
「いえいえ、協会としては当然です。彼らの暴挙を許すわけにはいきません。それに、セツ君が良い子だと、私達はみんな知っていますから。もちろん、貴方のことも」
「ありがとうございます……そう言っていただけると、嬉しいですね。では、どうぞ」
信頼してもらえるというのは、実に嬉しいものだ。
続いてやって来たのは、クラリスだ。
ギルドでの仕事帰りなので、パリッとした格好をしている。
「まったく、呼ぶのが遅いわよ。いつ食事に誘ってくれるのか待ってたのに」
「え? そうだったのか? でも……そんなこと言ってたか?」
「ヒュウガ、そういうのは殿方が気づくべきなのよ。まだまだ勉強不足ね」
そう言って、クラリスは悪戯っぽく笑った。本当に、女心って難しい。
次に来たのは、ドワーフの鍛冶師、ノイス殿だ。
「ふむ、来てやったぞ……今回は災難だったな」
「いえ、貴方のおかげでなんとかなりました。本当に、ありがとうございました」
「ワシが改造した武器が役に立ったなら良い。ところで……酒と肉はあるんだろうな?」
ノイス殿は漂ってくる料理の匂いに、鼻をヒクヒクさせている。
「ええ、もちろんです。好きなだけ食べて、飲んでください」
「そうか! ならば遠慮はせん! 等価交換だ!」
そして、今日二度目のエギルも顔を見せた。
「友よ! 我はこの日を待ちわびたぞ! さあ、我にあのソースを!!」
「いらっしゃい、エギル。はいはい、赤ワインソースもちゃんと用意してあるから。肉はエギルが用意してくれたしね」
「うむ、かなりの大物だったのでな。いやはや、心躍る戦いであった。今度は、共に狩るとしよう」
「そういうのも良いな」
最後に到着したのは、女神――間違えた、ユリアだ。
今日は仕事帰りなので、騎士団の制服を着ている。鎧こそないが、相変わらず格好良い。
「すまない。どうやら、私が最後のようだな」
「いえ、みんなも今来たところですよ。セツも、お出迎えありがとうな」
「キャウン!」
「まったく、セツが宿の前にいるから、町のみんなが見に来て大変だったぞ?」
ユリアは足元のセツを見て肩を竦める。
「あっ……失念していました。そういえば、セツはみんなのアイドルだったな」
「ふ、ふふふ……そうか! アイドルか!」
「クゥン?」
「いや、ヒュウガといると飽きないな。仕事の疲れも飛んだよ」
「それは、良かったです。では、どうぞ」
ノエルに席まで案内してもらって……これで全員揃ったな。
宿の主人のロバートさんは仕事で参加できないから、後で提供する予定だ。
俺は厨房の前に立って、みんなに挨拶する。
「えー、皆さん。本日はお忙しい中集まっていただき、ありがとうございます。皆さんのおかげで、俺はこの町で楽しく過ごせています。今日はそのお礼をしたいと思い、この場を設けました。美味しい料理を提供するので、ぜひ楽しんでください」
みんなが拍手してくれるが、やはりこういうのは照れる。
「じゃあ、ノエル。まずは、飲み物の希望を聞いてきてくれるか?」
「はい!」
ノエルがメモを片手にテーブルへ向かう。
俺はその間に、具材たっぷりのトマトスープをよそい、カートの上に載せていく。
「ヒュウガさん! 聞いてきました!」
早速ノエルが戻ってきた。ちなみに、お客さんの前なので、お父さん呼びではない。
「ありがとう、ノエル。ふむふむ、わかった」
メモを見て、コップにそれぞれ飲み物を注ぐ。
それをノエルがお盆に載せて持っていく。
「よし、今のうちに……」
フライパンに油を入れ、キノコ類と葉物野菜を入れて炒める。
それからパンを切り、トースターに入れておく。
飲み物を配り終えて戻ってきたノエルは、すぐにスープの配膳に取り掛かった。
うむ、手際が良い。もし店を開いたら雇いたいくらいだ。
キノコ類と葉物野菜がしんなりしてきたら、バターと醤油を投入する。
ジュワッと音が鳴り、バターと醤油の香ばしい香りが部屋中に漂う。
「おお! 良い匂いだ!」
「だな! ロダン! このワインも実に美味い!!」
「うむ! 龍人の旦那! お主、わかっておるわい!」
ロダンさんとノイス殿、それにエギルの声が厨房にも聞こえてくる。
この三人は気が合いそうだから、席を近くにしたのは正解だった。龍人族ということで、エギルは少し距離を置かれがちだが、心配なさそうだ。
「……よし、こんなものか」
キノコ類と葉物野菜のソテーの出来上がりだ。
盛り付けた皿をカートに載せて、ノエルが持っていく。
エギル達だけでなく、クラリスとユリアも、大分打ち解けてきたようだ。
「何これ!? トマトってこんなに美味しいの!?」
「だろう? クラリス。私も、最初は驚いたものだ」
「はー……長生きしても、わからないことはあるわね。やっぱり、ヒュウガといると飽きないわ」
「ふふ、それには同感だ」
やはり、料理は良い。人と人を繋げることができる。
料理を媒介にして、色々な種族が交流する……うん、素敵だな。
もし自分の店を持てるなら、そんな場所にしたいと思う。
一方、セツは何やらトマスさんと会話(?)しているようだ。セツが「キャン!」て言うたびに、トマスさんがしきりに頷いている。
テイマー協会代表だけあって、セツの言葉がわかるのかも。
「おっ、パンが焼けたか」
取り出して皿に盛ったら、次はいよいよメインディッシュである。
包みから取り出した肉を、まな板の上で切っていく。
表面は香ばしい焼き目が付き、中はピンク色に染まっている。
しっかり、低温で火が通った証拠だ。会心の出来栄えに、ノエルも歓声を上げる。
「わー! 綺麗な色!」
薄切りにしたローストビーフを、皿の中央に花が咲くように盛っていく。
そして、皿の右側にオレンジソース、皿の左側に赤ワインソースをそれぞれ載せる。
そのまま食べてもいいし、お好みで二種類のソースをつけてもいい。
「よし……完成だ!」
俺は厨房から出て、みんなに話しかける。
「皆さん、お食事はいかがですか? 本日のメインディッシュは、牛鬼の肉を使ったローストビーフです。皆さんへの感謝を込めて作りました。この肉はエギルが提供してくれたものです。彼がいなければ、この料理は作れませんでした。ありがとう、エギル」
「いやはや……そう言われると、柄にもなく照れてしまうな」
エギルは照れくさそうに頭を掻いた。
みんなが微笑みを浮かべる中、ノエルと俺で料理を提供していく。
せっかくだから、ノエルとセツにも食べてもらおう。
「それでは、お召し上がりください」
その言葉を合図に、みんな一斉に口に入れ……
『美味い!』
集まったみんなの声が重なる。
「な、なんだ!? これは!? 生肉? 燻製肉?」
「柔らかいぞ!? 口の中で溶けるようだ!」
「我は、これを食べるために生まれたのかもしれん!」
ロダンさんとノイス殿が顔を見合わせ、エギルは感動に打ち震えている。
トマスさんは静かに味わっているが、フォークが止まらない様子だ。
「これは、未知の味ですね……素晴らしい」
うん、男性陣には好評だ。女性陣にも気に入ってもらえたようで、クラリスとユリアがしきりに頷いている。
「何これ!? 長く生きてるけど、こんな料理知らないわ!」
「これは私も初めてだ。だが……美味しい!」
「ふわぁ!! おいひい!! とろけるよー!」
「キャウン…………」
ノエルはうっとりと頬を押さえ、セツに至っては、美味すぎたのか放心している。
みんなの反応を見る限り、ローストビーフのような調理法は知られていないようだ。
さて、俺も頂くとするか。
……ッ!? 口に入れた瞬間になくなったぞ!?
美味い! A5ランク並みだっ!
もう一度、今度は意識して食べてみる。
噛むと、旨味が溢れ出し、ほどよい脂が口の中でとろけていく。
今度はソースをつけてみる。
濃い赤ワインソースに負けていない! オレンジソースの方は、肉の味が引き立つ!
うむむ……牛鬼か、いずれ俺も出会いたいものだ。
その後、しばらく談笑し……お開きになった。
笑顔で帰るみんなを見送りながら思う。
自分が好きなことで、好きな人達がこんなにも喜んでくれる。
こんなに幸せなことがあるだろうか。
本来、異なる種族間の交流はあまりないらしいこの世界において――鳥族はいないけれど――みんなが同じ食卓につき、同じ物を食べ、同じく幸せな表情をしている。
俺の目指すべきものが、見えてきたかもしれない。
◆
とある辺境の地の領主が、屋敷の自室で部下から報告を受けていた。
「さて、聞こう。転移者ヒュウガとは、どのような人物なのだ?」
「はっ! まずは、奴の戦闘力です。その強さは龍人であり、A級ハンターでもあるエギル殿を凌ぐほどです」
「なるほど、にわかには信じ難いが、それが事実なら、A級上位の者より強いことになる。ならば、A級でも下位のハンターであるカズラを倒すのは容易いか」
「同感です。さすがは異世界人、ということなのでしょうか?」
「いや、そうとも限らん。戦闘力皆無の者もいたし、強くても魔王になるような邪悪な者、あるいは勇者になるような善の者……様々なタイプがいる」
「私はお伽話だとばかり思っていたので……」
恐縮する部下に、領主はニヤリと笑う。
「皆、そうだろう。彼らが現れるのは五十年に一度で、しかも場所は決まっていない。中には、気づかれずに死んだ者もいるだろう。それで、肝心の人柄はどうだ?」
「はっ! 今のところ問題ないかと。住民からも好かれており、ギルドマスターであるクラリス様の覚えも良く、テイマー協会からも信用されています。何より……」
「王女であるユリア様が、人柄を保証するか……最初に聞いた時は、さすがの私も驚いたものだ。あの男を寄せ付けないお転婆がな……一体どんな手を使ったのか」
ヒュウガはかなりの人誑しなのかもしれない。領主は「英雄色を好む」という言葉を思い出さずにはいられなかった。
「そうですね、我々も驚きました。相当に惚れ込んでいる様子です」
「それはそれで良くないのだがな。まあ、我々にはあまり関係ない。他に何かあるか?」
「はっ! 前にも報告しましたが、ヒュウガはフェンリルという最強の魔物を従魔にしております。それから、鳥族と敵対した際に、兎の獣人を助けています」
「孤高の狼フェンリルを手懐け、気難しいクラリス殿や、好き嫌いがはっきりしているエギル殿にも気に入られ、しまいにはユリア様に惚れ込まれるとはな……一体どんな男なのか、想像もつかん。まあ、いざとなれば呼び出せばよいか」
領主はそう独白しながら苦笑する。
「……よし、下がっていいぞ」
「はっ、失礼いたします!」
部下が部屋から退出すると、領主は席を立ち、窓辺から外を眺めた。
(さて、この国にどのような影響を与えるか。いや、国などどうでもいい、この辺境に害さえ与えなければな。奴は勇者になるか魔王になるか、またはそれらとは違う何かになるか……しばらく様子を見て、見極めるか。もし、私の邪魔になるようなら、その時は覚悟してもらおう)
領主は険しい顔で一つ頷くと、カーテンを閉めて部屋を後にした。
◆
宿で開催した食事会から数日後。俺はエギルの休みに合わせて出かける準備をしていた。
ジャケットや武器類など、普段と違ってフル装備だ。
「ノエル、お留守番よろしくな」
「はいっ! お父さんもセツちゃんも、気をつけて!」
「よし、良い子だ」
ノエルの頭を撫でつつ、エギルに視線を向ける。
「エギル、すまん。何かあれば頼む」
「なに、気にするな。ノエルは我が責任を持って面倒を見よう。ヒュウガ、お主なら心配ないだろうが、油断だけはするなよ?」
「ああ、わかっている。なっ、セツ?」
「ワフッ!」
そう、今日は初めてのダンジョンボス戦に挑戦するつもりだ。
そんな危険な場に、ノエルを連れて行くわけにはいかない。
かといって、一人にしておくのも不安だったので、エギルが休みの日に合わせたのだ。
「セツ、行くとするか」
「キャン!」
体力温存のために、今日は俺が抱っこして移動する。
俺が抱え上げると、セツが元気よく吠えた。気合い十分というよりは、抱っこが嬉しいだけかもしれない。
しばらくして、ダンジョンに到着した俺は、ワープゾーンに入った。
以前のダンジョン攻略の際に、ワープを解放しているので、十階のボス階層までショートカットできるのだ。
若干緊張しながら、扉の前に立つ。
そして、クラリスに説明されたことを確認する。
確か、ボス部屋に入れるのは二十名まで。人数が増えるほどにボスの体力や強さが上がる。なので、必ずしも人数が多ければいいというわけではない。そして、こちらが部屋に入らない限り、敵は動かない。つまり、危険ならその時点で退けば良いのだ。
「……よし、行くか」
気合いを入れて扉を開けると……そこは東京ドームくらいはありそうな、真っ白な空間だった。
中にはゴブリンが数十匹いて、その集団の中央には、一際目立つ大柄な個体がいる。
「あれがゴブリンジェネラルか。強さは確か、平均値がD+だったか?」
普通のゴブリンの身長や体格は小学生程度だが、ジェネラルは成人男性くらいある。
顔つきも多少人間らしくなっていて知性が感じられるし、鎧や武器を纏っている。
「D+なら、セツと互角程度か……さて、セツ」
「ワフッ?」
「俺がゴブリン共を一掃しよう。真ん中の奴はお前に任せる。強くなりたいなら……俺に見せてみろ」
「ワフッ!」
少し危険ではあるが、一段上に行くためには、そういう戦いも必要だ。
本人が強くなりたいと望んでいるのに、それを邪魔するのは親のエゴにすぎない。
「だがな、セツ。俺はお前が大事だ。もし危ないと思ったら、迷わずに助けるからな。そこだけは譲れない。それが嫌なら頭を使え。敵の動きをよく観察して、法則性を見つけるんだ。奴とお前のステータスはほぼ互角だろう。それでも、圧倒的有利な戦いをするならば、俺は手を出さない」
「……キャン!!」
「わかってくれたか。よし、行くぞ」
部屋の中に足を踏み入れると、自動的に扉が閉まった。
セツの体力を温存させるために、俺が道を切り開こう。
俺は大剣を構え、押し寄せるゴブリン共に突っ込んでいく。
俺が一振りするたびに、肉が潰れる嫌な音と共に、ゴブリンの四肢が千切れ飛ぶ。
良いか悪いかは別として、最早ゴブリン相手なら忌避感はない。俺は縦横無尽に動き回ってゴブリン共を蹂躙し、あっという間に雑魚ゴブリン共を片付けた。
「では、セツ」
「ワフッ!」
そのやり取りを合図に、ゴブリンジェネラルが動きだした。
奴は身体のほとんどが鎧に覆われ、剣と盾を持っている。
セツが俺の前に出て、ゴブリンジェネラルと対峙する。
大きさは四倍以上、強さは互角……さて、お手並み拝見といこうか。
◆セツ
僕の目の前にいるのはでかいゴブリンジェネラル。少し離れた所で、パパが見守っている。
どうすれば、パパが安心して見ていられるように戦えるかな?
とりあえず、今の僕にできることをやってみよう!
僕は前に出て、でかいゴブリンと向かい合う。
僕が攻撃しないと思ったのか、そいつは「グギャ!!」と唸りながら剣を振り下ろしてきた。
僕は左に躱し、そのまま接近。すれ違いざまに、鎧に爪を立てる。
そうか……やっぱり鎧は、今の僕では切れないのか。
氷のブレスは? 隙間から入れば効くかな? ……やってみよう。
「グルァ!」
命中したのに、威力が弱いからか、あまり効果がないみたい。
その後、何回か攻防を続けたけど……なかなかダメージを与えられない。
えっと、パパは敵の動きをよく見て、法則性はないか探せとか言ってたっけ……
そういえば、あいつは盾を全然動かさない……?
それに、どちらかといえば、僕が攻めるのを待っているみたいだ。
僕が近づくと、剣を振り下ろしてくる。その時も盾はほとんど動かさない。
……もしかして、盾で覆ったところを庇っているのかな?
「ガウ!」
僕は攻撃を慎重に避けながら、あいつの周りの地面にブレスを吐きかけ、氷を張っていく。
よし、準備はできた……作戦開始だ!
僕は氷の上を滑るように走り、あいつの周りをぐるぐる回る。
僕のスピードはグングン上がり、あいつは目で追えていない。
今だ!! 僕は盾を持つ方の肩に向かって、加速した勢いのまま突撃する!
「クゲェ!?」
ズドン! という音と共に、あいつは尻餅をつく。
よし! 盾も落とした! そうか、理由がわかった!
盾で隠していた部分には鎧の切れ目があり、肌を晒している。
「グルァ!」
僕はその部分に向かって、氷の槍を放つ。
それは見事素肌の部分に当たり、血が噴き出る。
奴は立ち上がろうとするけど、すかさず傷口に爪を立てて追撃を加えると、バランスを崩して地面に倒れ込んだ。
もうあいつは弱っているはずだけど、ここで僕は一度下がった。
戦いとは最後まで油断してはならない。どんなに不利な状況でも、一発逆転はあり得る。だから、自分が不利な状況でも決して諦めてはいけないし、相手より有利でも気を抜いてはいけない。パパがそう言っていたから。
ゴブリンジェネラルとかいう奴は、血を流しながらも地面に手をつき、体を起こそうとする。奴は今、両手で身体を支えていて、首を守れない。
僕は、この瞬間を待っていたんだ!
すかさず跳躍し――喉笛に噛み付く。
「ガァァァ!?」
敵は起き上がることなく、そのまま仰向けに倒れ込み……透明になって消えた。
ということは……わーい、僕の勝ちだ! パパ、見てた!?
僕が喜びのあまり飛びつくと、パパは強く抱きしめてくれた。
えへへ、嬉しいな!
「何を言うのですか、アイザック達との一件ではお世話になりましたし、当然です」
セツをきちんと従魔登録していなかったら、俺は罪に問われていた可能性もあるのだ。それに、彼は事情聴取の際に、セツの弁護までしてくれたそうだ。
「いえいえ、協会としては当然です。彼らの暴挙を許すわけにはいきません。それに、セツ君が良い子だと、私達はみんな知っていますから。もちろん、貴方のことも」
「ありがとうございます……そう言っていただけると、嬉しいですね。では、どうぞ」
信頼してもらえるというのは、実に嬉しいものだ。
続いてやって来たのは、クラリスだ。
ギルドでの仕事帰りなので、パリッとした格好をしている。
「まったく、呼ぶのが遅いわよ。いつ食事に誘ってくれるのか待ってたのに」
「え? そうだったのか? でも……そんなこと言ってたか?」
「ヒュウガ、そういうのは殿方が気づくべきなのよ。まだまだ勉強不足ね」
そう言って、クラリスは悪戯っぽく笑った。本当に、女心って難しい。
次に来たのは、ドワーフの鍛冶師、ノイス殿だ。
「ふむ、来てやったぞ……今回は災難だったな」
「いえ、貴方のおかげでなんとかなりました。本当に、ありがとうございました」
「ワシが改造した武器が役に立ったなら良い。ところで……酒と肉はあるんだろうな?」
ノイス殿は漂ってくる料理の匂いに、鼻をヒクヒクさせている。
「ええ、もちろんです。好きなだけ食べて、飲んでください」
「そうか! ならば遠慮はせん! 等価交換だ!」
そして、今日二度目のエギルも顔を見せた。
「友よ! 我はこの日を待ちわびたぞ! さあ、我にあのソースを!!」
「いらっしゃい、エギル。はいはい、赤ワインソースもちゃんと用意してあるから。肉はエギルが用意してくれたしね」
「うむ、かなりの大物だったのでな。いやはや、心躍る戦いであった。今度は、共に狩るとしよう」
「そういうのも良いな」
最後に到着したのは、女神――間違えた、ユリアだ。
今日は仕事帰りなので、騎士団の制服を着ている。鎧こそないが、相変わらず格好良い。
「すまない。どうやら、私が最後のようだな」
「いえ、みんなも今来たところですよ。セツも、お出迎えありがとうな」
「キャウン!」
「まったく、セツが宿の前にいるから、町のみんなが見に来て大変だったぞ?」
ユリアは足元のセツを見て肩を竦める。
「あっ……失念していました。そういえば、セツはみんなのアイドルだったな」
「ふ、ふふふ……そうか! アイドルか!」
「クゥン?」
「いや、ヒュウガといると飽きないな。仕事の疲れも飛んだよ」
「それは、良かったです。では、どうぞ」
ノエルに席まで案内してもらって……これで全員揃ったな。
宿の主人のロバートさんは仕事で参加できないから、後で提供する予定だ。
俺は厨房の前に立って、みんなに挨拶する。
「えー、皆さん。本日はお忙しい中集まっていただき、ありがとうございます。皆さんのおかげで、俺はこの町で楽しく過ごせています。今日はそのお礼をしたいと思い、この場を設けました。美味しい料理を提供するので、ぜひ楽しんでください」
みんなが拍手してくれるが、やはりこういうのは照れる。
「じゃあ、ノエル。まずは、飲み物の希望を聞いてきてくれるか?」
「はい!」
ノエルがメモを片手にテーブルへ向かう。
俺はその間に、具材たっぷりのトマトスープをよそい、カートの上に載せていく。
「ヒュウガさん! 聞いてきました!」
早速ノエルが戻ってきた。ちなみに、お客さんの前なので、お父さん呼びではない。
「ありがとう、ノエル。ふむふむ、わかった」
メモを見て、コップにそれぞれ飲み物を注ぐ。
それをノエルがお盆に載せて持っていく。
「よし、今のうちに……」
フライパンに油を入れ、キノコ類と葉物野菜を入れて炒める。
それからパンを切り、トースターに入れておく。
飲み物を配り終えて戻ってきたノエルは、すぐにスープの配膳に取り掛かった。
うむ、手際が良い。もし店を開いたら雇いたいくらいだ。
キノコ類と葉物野菜がしんなりしてきたら、バターと醤油を投入する。
ジュワッと音が鳴り、バターと醤油の香ばしい香りが部屋中に漂う。
「おお! 良い匂いだ!」
「だな! ロダン! このワインも実に美味い!!」
「うむ! 龍人の旦那! お主、わかっておるわい!」
ロダンさんとノイス殿、それにエギルの声が厨房にも聞こえてくる。
この三人は気が合いそうだから、席を近くにしたのは正解だった。龍人族ということで、エギルは少し距離を置かれがちだが、心配なさそうだ。
「……よし、こんなものか」
キノコ類と葉物野菜のソテーの出来上がりだ。
盛り付けた皿をカートに載せて、ノエルが持っていく。
エギル達だけでなく、クラリスとユリアも、大分打ち解けてきたようだ。
「何これ!? トマトってこんなに美味しいの!?」
「だろう? クラリス。私も、最初は驚いたものだ」
「はー……長生きしても、わからないことはあるわね。やっぱり、ヒュウガといると飽きないわ」
「ふふ、それには同感だ」
やはり、料理は良い。人と人を繋げることができる。
料理を媒介にして、色々な種族が交流する……うん、素敵だな。
もし自分の店を持てるなら、そんな場所にしたいと思う。
一方、セツは何やらトマスさんと会話(?)しているようだ。セツが「キャン!」て言うたびに、トマスさんがしきりに頷いている。
テイマー協会代表だけあって、セツの言葉がわかるのかも。
「おっ、パンが焼けたか」
取り出して皿に盛ったら、次はいよいよメインディッシュである。
包みから取り出した肉を、まな板の上で切っていく。
表面は香ばしい焼き目が付き、中はピンク色に染まっている。
しっかり、低温で火が通った証拠だ。会心の出来栄えに、ノエルも歓声を上げる。
「わー! 綺麗な色!」
薄切りにしたローストビーフを、皿の中央に花が咲くように盛っていく。
そして、皿の右側にオレンジソース、皿の左側に赤ワインソースをそれぞれ載せる。
そのまま食べてもいいし、お好みで二種類のソースをつけてもいい。
「よし……完成だ!」
俺は厨房から出て、みんなに話しかける。
「皆さん、お食事はいかがですか? 本日のメインディッシュは、牛鬼の肉を使ったローストビーフです。皆さんへの感謝を込めて作りました。この肉はエギルが提供してくれたものです。彼がいなければ、この料理は作れませんでした。ありがとう、エギル」
「いやはや……そう言われると、柄にもなく照れてしまうな」
エギルは照れくさそうに頭を掻いた。
みんなが微笑みを浮かべる中、ノエルと俺で料理を提供していく。
せっかくだから、ノエルとセツにも食べてもらおう。
「それでは、お召し上がりください」
その言葉を合図に、みんな一斉に口に入れ……
『美味い!』
集まったみんなの声が重なる。
「な、なんだ!? これは!? 生肉? 燻製肉?」
「柔らかいぞ!? 口の中で溶けるようだ!」
「我は、これを食べるために生まれたのかもしれん!」
ロダンさんとノイス殿が顔を見合わせ、エギルは感動に打ち震えている。
トマスさんは静かに味わっているが、フォークが止まらない様子だ。
「これは、未知の味ですね……素晴らしい」
うん、男性陣には好評だ。女性陣にも気に入ってもらえたようで、クラリスとユリアがしきりに頷いている。
「何これ!? 長く生きてるけど、こんな料理知らないわ!」
「これは私も初めてだ。だが……美味しい!」
「ふわぁ!! おいひい!! とろけるよー!」
「キャウン…………」
ノエルはうっとりと頬を押さえ、セツに至っては、美味すぎたのか放心している。
みんなの反応を見る限り、ローストビーフのような調理法は知られていないようだ。
さて、俺も頂くとするか。
……ッ!? 口に入れた瞬間になくなったぞ!?
美味い! A5ランク並みだっ!
もう一度、今度は意識して食べてみる。
噛むと、旨味が溢れ出し、ほどよい脂が口の中でとろけていく。
今度はソースをつけてみる。
濃い赤ワインソースに負けていない! オレンジソースの方は、肉の味が引き立つ!
うむむ……牛鬼か、いずれ俺も出会いたいものだ。
その後、しばらく談笑し……お開きになった。
笑顔で帰るみんなを見送りながら思う。
自分が好きなことで、好きな人達がこんなにも喜んでくれる。
こんなに幸せなことがあるだろうか。
本来、異なる種族間の交流はあまりないらしいこの世界において――鳥族はいないけれど――みんなが同じ食卓につき、同じ物を食べ、同じく幸せな表情をしている。
俺の目指すべきものが、見えてきたかもしれない。
◆
とある辺境の地の領主が、屋敷の自室で部下から報告を受けていた。
「さて、聞こう。転移者ヒュウガとは、どのような人物なのだ?」
「はっ! まずは、奴の戦闘力です。その強さは龍人であり、A級ハンターでもあるエギル殿を凌ぐほどです」
「なるほど、にわかには信じ難いが、それが事実なら、A級上位の者より強いことになる。ならば、A級でも下位のハンターであるカズラを倒すのは容易いか」
「同感です。さすがは異世界人、ということなのでしょうか?」
「いや、そうとも限らん。戦闘力皆無の者もいたし、強くても魔王になるような邪悪な者、あるいは勇者になるような善の者……様々なタイプがいる」
「私はお伽話だとばかり思っていたので……」
恐縮する部下に、領主はニヤリと笑う。
「皆、そうだろう。彼らが現れるのは五十年に一度で、しかも場所は決まっていない。中には、気づかれずに死んだ者もいるだろう。それで、肝心の人柄はどうだ?」
「はっ! 今のところ問題ないかと。住民からも好かれており、ギルドマスターであるクラリス様の覚えも良く、テイマー協会からも信用されています。何より……」
「王女であるユリア様が、人柄を保証するか……最初に聞いた時は、さすがの私も驚いたものだ。あの男を寄せ付けないお転婆がな……一体どんな手を使ったのか」
ヒュウガはかなりの人誑しなのかもしれない。領主は「英雄色を好む」という言葉を思い出さずにはいられなかった。
「そうですね、我々も驚きました。相当に惚れ込んでいる様子です」
「それはそれで良くないのだがな。まあ、我々にはあまり関係ない。他に何かあるか?」
「はっ! 前にも報告しましたが、ヒュウガはフェンリルという最強の魔物を従魔にしております。それから、鳥族と敵対した際に、兎の獣人を助けています」
「孤高の狼フェンリルを手懐け、気難しいクラリス殿や、好き嫌いがはっきりしているエギル殿にも気に入られ、しまいにはユリア様に惚れ込まれるとはな……一体どんな男なのか、想像もつかん。まあ、いざとなれば呼び出せばよいか」
領主はそう独白しながら苦笑する。
「……よし、下がっていいぞ」
「はっ、失礼いたします!」
部下が部屋から退出すると、領主は席を立ち、窓辺から外を眺めた。
(さて、この国にどのような影響を与えるか。いや、国などどうでもいい、この辺境に害さえ与えなければな。奴は勇者になるか魔王になるか、またはそれらとは違う何かになるか……しばらく様子を見て、見極めるか。もし、私の邪魔になるようなら、その時は覚悟してもらおう)
領主は険しい顔で一つ頷くと、カーテンを閉めて部屋を後にした。
◆
宿で開催した食事会から数日後。俺はエギルの休みに合わせて出かける準備をしていた。
ジャケットや武器類など、普段と違ってフル装備だ。
「ノエル、お留守番よろしくな」
「はいっ! お父さんもセツちゃんも、気をつけて!」
「よし、良い子だ」
ノエルの頭を撫でつつ、エギルに視線を向ける。
「エギル、すまん。何かあれば頼む」
「なに、気にするな。ノエルは我が責任を持って面倒を見よう。ヒュウガ、お主なら心配ないだろうが、油断だけはするなよ?」
「ああ、わかっている。なっ、セツ?」
「ワフッ!」
そう、今日は初めてのダンジョンボス戦に挑戦するつもりだ。
そんな危険な場に、ノエルを連れて行くわけにはいかない。
かといって、一人にしておくのも不安だったので、エギルが休みの日に合わせたのだ。
「セツ、行くとするか」
「キャン!」
体力温存のために、今日は俺が抱っこして移動する。
俺が抱え上げると、セツが元気よく吠えた。気合い十分というよりは、抱っこが嬉しいだけかもしれない。
しばらくして、ダンジョンに到着した俺は、ワープゾーンに入った。
以前のダンジョン攻略の際に、ワープを解放しているので、十階のボス階層までショートカットできるのだ。
若干緊張しながら、扉の前に立つ。
そして、クラリスに説明されたことを確認する。
確か、ボス部屋に入れるのは二十名まで。人数が増えるほどにボスの体力や強さが上がる。なので、必ずしも人数が多ければいいというわけではない。そして、こちらが部屋に入らない限り、敵は動かない。つまり、危険ならその時点で退けば良いのだ。
「……よし、行くか」
気合いを入れて扉を開けると……そこは東京ドームくらいはありそうな、真っ白な空間だった。
中にはゴブリンが数十匹いて、その集団の中央には、一際目立つ大柄な個体がいる。
「あれがゴブリンジェネラルか。強さは確か、平均値がD+だったか?」
普通のゴブリンの身長や体格は小学生程度だが、ジェネラルは成人男性くらいある。
顔つきも多少人間らしくなっていて知性が感じられるし、鎧や武器を纏っている。
「D+なら、セツと互角程度か……さて、セツ」
「ワフッ?」
「俺がゴブリン共を一掃しよう。真ん中の奴はお前に任せる。強くなりたいなら……俺に見せてみろ」
「ワフッ!」
少し危険ではあるが、一段上に行くためには、そういう戦いも必要だ。
本人が強くなりたいと望んでいるのに、それを邪魔するのは親のエゴにすぎない。
「だがな、セツ。俺はお前が大事だ。もし危ないと思ったら、迷わずに助けるからな。そこだけは譲れない。それが嫌なら頭を使え。敵の動きをよく観察して、法則性を見つけるんだ。奴とお前のステータスはほぼ互角だろう。それでも、圧倒的有利な戦いをするならば、俺は手を出さない」
「……キャン!!」
「わかってくれたか。よし、行くぞ」
部屋の中に足を踏み入れると、自動的に扉が閉まった。
セツの体力を温存させるために、俺が道を切り開こう。
俺は大剣を構え、押し寄せるゴブリン共に突っ込んでいく。
俺が一振りするたびに、肉が潰れる嫌な音と共に、ゴブリンの四肢が千切れ飛ぶ。
良いか悪いかは別として、最早ゴブリン相手なら忌避感はない。俺は縦横無尽に動き回ってゴブリン共を蹂躙し、あっという間に雑魚ゴブリン共を片付けた。
「では、セツ」
「ワフッ!」
そのやり取りを合図に、ゴブリンジェネラルが動きだした。
奴は身体のほとんどが鎧に覆われ、剣と盾を持っている。
セツが俺の前に出て、ゴブリンジェネラルと対峙する。
大きさは四倍以上、強さは互角……さて、お手並み拝見といこうか。
◆セツ
僕の目の前にいるのはでかいゴブリンジェネラル。少し離れた所で、パパが見守っている。
どうすれば、パパが安心して見ていられるように戦えるかな?
とりあえず、今の僕にできることをやってみよう!
僕は前に出て、でかいゴブリンと向かい合う。
僕が攻撃しないと思ったのか、そいつは「グギャ!!」と唸りながら剣を振り下ろしてきた。
僕は左に躱し、そのまま接近。すれ違いざまに、鎧に爪を立てる。
そうか……やっぱり鎧は、今の僕では切れないのか。
氷のブレスは? 隙間から入れば効くかな? ……やってみよう。
「グルァ!」
命中したのに、威力が弱いからか、あまり効果がないみたい。
その後、何回か攻防を続けたけど……なかなかダメージを与えられない。
えっと、パパは敵の動きをよく見て、法則性はないか探せとか言ってたっけ……
そういえば、あいつは盾を全然動かさない……?
それに、どちらかといえば、僕が攻めるのを待っているみたいだ。
僕が近づくと、剣を振り下ろしてくる。その時も盾はほとんど動かさない。
……もしかして、盾で覆ったところを庇っているのかな?
「ガウ!」
僕は攻撃を慎重に避けながら、あいつの周りの地面にブレスを吐きかけ、氷を張っていく。
よし、準備はできた……作戦開始だ!
僕は氷の上を滑るように走り、あいつの周りをぐるぐる回る。
僕のスピードはグングン上がり、あいつは目で追えていない。
今だ!! 僕は盾を持つ方の肩に向かって、加速した勢いのまま突撃する!
「クゲェ!?」
ズドン! という音と共に、あいつは尻餅をつく。
よし! 盾も落とした! そうか、理由がわかった!
盾で隠していた部分には鎧の切れ目があり、肌を晒している。
「グルァ!」
僕はその部分に向かって、氷の槍を放つ。
それは見事素肌の部分に当たり、血が噴き出る。
奴は立ち上がろうとするけど、すかさず傷口に爪を立てて追撃を加えると、バランスを崩して地面に倒れ込んだ。
もうあいつは弱っているはずだけど、ここで僕は一度下がった。
戦いとは最後まで油断してはならない。どんなに不利な状況でも、一発逆転はあり得る。だから、自分が不利な状況でも決して諦めてはいけないし、相手より有利でも気を抜いてはいけない。パパがそう言っていたから。
ゴブリンジェネラルとかいう奴は、血を流しながらも地面に手をつき、体を起こそうとする。奴は今、両手で身体を支えていて、首を守れない。
僕は、この瞬間を待っていたんだ!
すかさず跳躍し――喉笛に噛み付く。
「ガァァァ!?」
敵は起き上がることなく、そのまま仰向けに倒れ込み……透明になって消えた。
ということは……わーい、僕の勝ちだ! パパ、見てた!?
僕が喜びのあまり飛びつくと、パパは強く抱きしめてくれた。
えへへ、嬉しいな!
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