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第二章
20話 お母様にも同じ苦しみを①
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お母様に続いて、お父様とビアンカ姉様も私のそばまでやってくる。お父様は、状況が掴めないというような情けない顔をしているし、ビアンカ姉様は……私には一切興味がないようで、ノアに釘付けになっている。
「こんにちは。エレオス騎士団の団長さんですよねぇ。私はレイラの姉のビアンカ・ローズブレイドと申します」
姉様が甘い声で、ノアに近づく。
「……」
ノアは姉様に一瞥だけ送ると、すぐにケーキに向き直って食べはじめた。
「ちょ……」
さすがに無視されるとは思っていなかったのか姉様は、慌ててノアの手を握る。
それには近くにいたフィリップ様もぎょっとしていた。
「私を見て何か感じませんか?」
姉様は上目遣いでノアを見るが、ノアは訳がわからなさそうな顔をしている。
「は? 別になんも感じないんだけど」
「え……」
姉様は信じられないというふうに口をひくひくさせている。たしかに、これで今まで姉様の虜にならなかった男性はいないのに……。
姉様は涙目になって、お父様にかけ寄る。
「お父様……。あの人が私にひどい態度を……」
「なんだと? 前も生意気だと思っていたが、もう許せん!」
お父様は、姉様のことになるとすぐにかっとなって大声を出す。今はこんな揉め事はどうでもいいんだけど、まあ自ら恥を晒してくれてありがとう。
騒ぎを聞きつけたキース夫人が慌てて、お父様の元にやってくる。
「どうされたんですか?」
「いや、そこの彼がですね。騎士爵の分際でうちの娘を侮辱したらしいのです」
「騎士爵? あぁ、あまり出回った話ではありませんが、彼はフォーサイス公爵家のご令息ですよ。無礼を働いたのはビアンカ嬢のほうでは?」
「な……ビアンカ! 謝りなさい!」
「……え?」
夫人は呆れたように笑う。お父様は顔色を変えて、ビアンカ姉様の頭を無理やり下げさせた。
ノアはそれを横目に真顔でケーキを食べている。アルフがいたら絶対に怒られてるだろうな。
それにしてもノアがフォーサイス家の息子だったなんて驚きだ。たしか、フォーサイス家は公爵家の中でもなかなか権力の強い家だった。しかし、十年前、魔物が屋敷を襲撃したことで公爵も夫人も亡くなった。生き残ったのは、息子ただ一人だという新聞で読んだことがある気がする。
つまり、その生き残った息子がノアだったのだ。
ノアが魔物に異常に冷たい視線を向けるのも、そのせいだったのか。
なら、彼の復讐は両親のためなの?
……いや、今はそんなことを考えている場合じゃない。
ふと、お母様を見ると顔色がとても悪く、真っ白になっていた。居心地が悪そうに視線をうろうろさせている。
「お母様。どうされたんですか? 体調が悪そうですね」
「あなた、どこまで私を苦しめれば気が済むの? この悪魔!」
絞り出したようなその声はひどく枯れていた。
「悪魔ですよ? いつもみんな私に言ってたじゃないですかぁ~。何を今さら」
「ケイトリン……」
痺れを切らしたのか、ハリスさんはお母様の元へ駆け寄ってくる。ひどく憎しみのこもった目だ。
ハリスさんはちらりとビアンカ姉様を見る。
「あれが俺の娘か……。ずいぶん大きくなったな」
「あなたの娘じゃないわ。口を慎んで」
お母様が目を見開く。額に青筋が浮かび上がっている。
「いいや、俺の娘だ」
ハリスさんはビアンカ姉様に近づいていく。ビアンカ姉様は怪訝そうな顔でハリスさんをみつめた。
「あなたどなた?」
「俺は君の」
「やめて!」
お母様は必死でハリスさんの口を手で覆う。ハリスさんは抵抗するが、お母様は意地でも離さない。
その滑稽な様子を見て、周りの貴族たちは訝しげな表情をした。
お父様はすぐにその視線を感じ取り、お母様を宥める。
「なにをしているんだ! みっともない! やめないか!」
お父様は、お母様をハリスさんから引き剥がす。それでもなお、お母様がハリスさんの口を塞ごうとするので、お父様は彼女を羽交締めにした。
ハリスさんは冷たくお母様を一瞥すると、すぐにビアンカ姉様に向き直り、柔和な笑みを浮かべた。
「俺は君のほんとうの父親だ」
「……!?」
お父様は、その言葉を聞いてひどく動揺したようで、羽交締めにしていた手が緩む。しかし、解放されたお母様には、もう立つ気力もないらしく、地面にぺたりと座り込んでしまった。
厚い化粧が溶けて黒い涙が一筋、お母様の頬を伝った。私はただその様子を冷静に見ていた。
ビアンカ姉様は、フィリップ様の元へ駆け寄って不安げにハリスさんを見た。
祝いのパーティーに不穏な雰囲気を感じ取ったキース伯爵は、夫人に「なんとかしろ」と命令していたが、夫人はそれを無視した。
「……どういうことなんだ?」
茫然としたとした様子でお父様は静かに問う。
お母様は俯いたまま答えない。
「私が説明しますよ」
私がハリスさんから聞いた話を伝えると、お父様の顔色がみるみる青くなっていった。
「不貞を働くなんて最低じゃありませんか? ねぇ?」
私は会場に響き渡るほど大きな声で訴えた。
周囲はざわざわと騒がしくなりはじめる。
うん、計画通り。いい感じだ。
あとは姉様がどう出るか。ある意味あの人は私の予想を超えた行動をとりかねないからね。
「こんにちは。エレオス騎士団の団長さんですよねぇ。私はレイラの姉のビアンカ・ローズブレイドと申します」
姉様が甘い声で、ノアに近づく。
「……」
ノアは姉様に一瞥だけ送ると、すぐにケーキに向き直って食べはじめた。
「ちょ……」
さすがに無視されるとは思っていなかったのか姉様は、慌ててノアの手を握る。
それには近くにいたフィリップ様もぎょっとしていた。
「私を見て何か感じませんか?」
姉様は上目遣いでノアを見るが、ノアは訳がわからなさそうな顔をしている。
「は? 別になんも感じないんだけど」
「え……」
姉様は信じられないというふうに口をひくひくさせている。たしかに、これで今まで姉様の虜にならなかった男性はいないのに……。
姉様は涙目になって、お父様にかけ寄る。
「お父様……。あの人が私にひどい態度を……」
「なんだと? 前も生意気だと思っていたが、もう許せん!」
お父様は、姉様のことになるとすぐにかっとなって大声を出す。今はこんな揉め事はどうでもいいんだけど、まあ自ら恥を晒してくれてありがとう。
騒ぎを聞きつけたキース夫人が慌てて、お父様の元にやってくる。
「どうされたんですか?」
「いや、そこの彼がですね。騎士爵の分際でうちの娘を侮辱したらしいのです」
「騎士爵? あぁ、あまり出回った話ではありませんが、彼はフォーサイス公爵家のご令息ですよ。無礼を働いたのはビアンカ嬢のほうでは?」
「な……ビアンカ! 謝りなさい!」
「……え?」
夫人は呆れたように笑う。お父様は顔色を変えて、ビアンカ姉様の頭を無理やり下げさせた。
ノアはそれを横目に真顔でケーキを食べている。アルフがいたら絶対に怒られてるだろうな。
それにしてもノアがフォーサイス家の息子だったなんて驚きだ。たしか、フォーサイス家は公爵家の中でもなかなか権力の強い家だった。しかし、十年前、魔物が屋敷を襲撃したことで公爵も夫人も亡くなった。生き残ったのは、息子ただ一人だという新聞で読んだことがある気がする。
つまり、その生き残った息子がノアだったのだ。
ノアが魔物に異常に冷たい視線を向けるのも、そのせいだったのか。
なら、彼の復讐は両親のためなの?
……いや、今はそんなことを考えている場合じゃない。
ふと、お母様を見ると顔色がとても悪く、真っ白になっていた。居心地が悪そうに視線をうろうろさせている。
「お母様。どうされたんですか? 体調が悪そうですね」
「あなた、どこまで私を苦しめれば気が済むの? この悪魔!」
絞り出したようなその声はひどく枯れていた。
「悪魔ですよ? いつもみんな私に言ってたじゃないですかぁ~。何を今さら」
「ケイトリン……」
痺れを切らしたのか、ハリスさんはお母様の元へ駆け寄ってくる。ひどく憎しみのこもった目だ。
ハリスさんはちらりとビアンカ姉様を見る。
「あれが俺の娘か……。ずいぶん大きくなったな」
「あなたの娘じゃないわ。口を慎んで」
お母様が目を見開く。額に青筋が浮かび上がっている。
「いいや、俺の娘だ」
ハリスさんはビアンカ姉様に近づいていく。ビアンカ姉様は怪訝そうな顔でハリスさんをみつめた。
「あなたどなた?」
「俺は君の」
「やめて!」
お母様は必死でハリスさんの口を手で覆う。ハリスさんは抵抗するが、お母様は意地でも離さない。
その滑稽な様子を見て、周りの貴族たちは訝しげな表情をした。
お父様はすぐにその視線を感じ取り、お母様を宥める。
「なにをしているんだ! みっともない! やめないか!」
お父様は、お母様をハリスさんから引き剥がす。それでもなお、お母様がハリスさんの口を塞ごうとするので、お父様は彼女を羽交締めにした。
ハリスさんは冷たくお母様を一瞥すると、すぐにビアンカ姉様に向き直り、柔和な笑みを浮かべた。
「俺は君のほんとうの父親だ」
「……!?」
お父様は、その言葉を聞いてひどく動揺したようで、羽交締めにしていた手が緩む。しかし、解放されたお母様には、もう立つ気力もないらしく、地面にぺたりと座り込んでしまった。
厚い化粧が溶けて黒い涙が一筋、お母様の頬を伝った。私はただその様子を冷静に見ていた。
ビアンカ姉様は、フィリップ様の元へ駆け寄って不安げにハリスさんを見た。
祝いのパーティーに不穏な雰囲気を感じ取ったキース伯爵は、夫人に「なんとかしろ」と命令していたが、夫人はそれを無視した。
「……どういうことなんだ?」
茫然としたとした様子でお父様は静かに問う。
お母様は俯いたまま答えない。
「私が説明しますよ」
私がハリスさんから聞いた話を伝えると、お父様の顔色がみるみる青くなっていった。
「不貞を働くなんて最低じゃありませんか? ねぇ?」
私は会場に響き渡るほど大きな声で訴えた。
周囲はざわざわと騒がしくなりはじめる。
うん、計画通り。いい感じだ。
あとは姉様がどう出るか。ある意味あの人は私の予想を超えた行動をとりかねないからね。
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