愛と死の輪廻

栗菓子

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第14話 アンの心情

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アンは、前世の男と女の意識に守られながら、ジェイムスの異常性格とどうしようもない欠陥性を指摘され、
少しずつ、魂を鍛えていった。学んでいった。これは何の悪戯だろう。
同じ魂とはいえ、全く違う人格、別人の男と女の意識がアンを助けようと励ましているのだ。

『神』のせめてもの救い?いいえ。違うわ。アン自身の魂が、過去の残滓の記憶や人格を深奥から引き出して、この受難を乗り越えようとしたのだ。結局、人間は自分の記憶と経験、魂をもって一人で生きて一人で死ぬ。

でも、アンは数え切れないぐらい、忘却の河の神に出会い、いつのまにか無意識に己の魂や人格を守ってくれる記憶や人格を引き出す能力を身に付けていた。

アンの膨大な転生には、殺人鬼や、理解できないほど精神構造がかけ離れた宇宙人みたいな性格の持ち主も居た。
魂は同じなのに不可思議な事だ。そんな怖い人たちの人格は引き出さず、味方になってくれる男と女を呼び出した。

深奥には膨大なアンの前世が檻のように沈殿して積み重ねられている。

時折、アンの助けによって浮上する記憶と人格をもった亡霊が現われる。

輪廻を信じない人は、これを精神的に分裂や乖離状態という人もいるかもしれないが、アンは無意識に、神や、あの世の事を漠然と信じていた。

もしかしたらアンの魂の深奥には、アカシックレコードのように幾万の人生が書物のように並ばれているのかもしれない。
アンは偶々それを引き出す才能を持ったにすぎない。

複雑な心情を持ってアンは守護してくれた男と女をアンの聖域で見ていた。

『ありがとう。貴方達がいなかったら私の人格と精神は壊れていたでしょう。
凡庸なわたしが到底あんなおぞましい事態に対抗できるとは思えなかった。
わたしが耐えられたのは、貴方達のお陰です。
わたしは少しずつ貴方たちのお陰で魂が鍛えられました。
夫は・・ジェイムスは異常者なのですね。今はぎりぎり均衡を保っているけど‥。』

少し下品そうな赤い唇をもった豊満な胸を強調した安っぽいドレスを着た女がきゃらきゃらと子供のように笑った。

『そうだね。お姫さん。あたしは場末の娼婦だったよ。だから色々と厭な奴やとても怖い奴も見てきた。
あたしは本能でとても危ない客を見分けてその度に逃げていたよ。あたしは娼婦にしては長生きした。まあ最後はアルコール中毒で亡くなったけどね。子どもがいなかったのがせめてもの救いさ。
あたしは余計な説教をする神父とやらにお前のような阿婆擦れは地獄に落ちるぞと脅されたことがあるよ。
馬鹿みたい。結局、あいつは他の娼婦とやっていた癖に。
あたしは呆れながら下らない人生を楽しんで、酒で身を滅ぼして死んだ記憶があるよ。
気が付いたら、あんたの心の隅に宿っていた。あたしはびっくりしたよ。あたしの後世の人生が貴族令嬢だなんでね。でも気の毒に。夫があんな男ではあんたも苦労するよね・・。』

昔の戦士らしく男は寡黙で黙って女同士の会話を聞いていた。

女の会話が一区切りついた後で、男は尋ねた。

『お前の望みは何だ?あの男を倒す事か?俺はお前の心の中であいつの暴虐を腹ただしく見てきた。俺も人の事は言えないぐらい人を殺してきたが、生きるためだった。決して快楽や愉悦のためには殺さなかった。それだけは自負している。』

アンはしばらく男と女を交互に見ながら考え込んだ。

『 わたしは・・あの男と神のもとで婚姻してしまいました。王の命令とはいえ、また再婚です。恐らく生贄として
あの男を抑制できるかもと王は考えたのでしょう。それしかわたしのような女の使い道はありませんもの。
わたしはこのような屈辱を受けて自害も考えましたが、貴方達に守られて、だんだん彼の気持ちや性格が解ってきました。はじめはあの男を殺してわたしも死ぬしかないとも思いましたが‥あの男はわたしを愛しています。
わたしはあの男の心が伝わりました。あんな夫でも愛を向けられるとどうしたらいいか分かりません。
わたしはあの男を受け入れて愛するしかないのでしょうか?あの男といると恐怖も感じますが、奇妙な思慕も感じます。わたしはどうしたらいいか分かりません・・。』

笑って女はぷっと吹きだした。
『なあに。絆されたの?女って。悪い男に惹かれることがあるわね。特に何も知らない初心な女には。』

戦士は苦々しい顔をした。
『俺にはわからん。女の心はな。あんな奴でも愛されると嬉しいものか?俺だったら即座に殺しているが‥。』

アンは俯いて時間を下さい。と男と女に頼み込んだ。
『しばらく、あの夫とこの関係を続けます。そして最後にわたしは選択します。』
『あの男を受け入れて愛するか、殺すかどちらかを選びます。』

男と女は目くばせしあって同じことを言った。

「「あんた(お前)も殺されるかもしれないわ(ぞ)」」

アンは頷いて守ってくれた男と女に告げた。
『そうですね。でもそれが私の運命なのでしょう。わたしが死んだらいつかまだ誰かの心の隅で出会えるかもしれません。この終わりが見えない輪廻が終わるまで。』

男と女は黙り込んでアンは己の人生の選択をしたことを見守った。
『幸運を。』

男と女は同じ言葉を告げた。それがアンの夢の終わりだった。妙に現実的な夢だった。

気づいたら、夫ジェイムスがいつものようにアンの全てを獣のように貪っていた。
男色家ではなかったかしら・・
アンは現実逃避をしたかったが、認めるしかない。夫はアンを特別な妻として女として愛している。

アンはこの不条理な運命に溜息をつくしかなかった。



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