愛されるべきかわいい女の子たちの敵がいつもおれ

クナリ

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第二章 一ノ谷来栖の女装で世界はほんの少しだけいいほうへ変わる 2

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 昼休み。
 来栖、静二、あやめ、美乃梨の四人は、ひとけのない体育館裏に集まっていた。
 話の主題は、当然、来栖による梶原への「ちょっとつき合って」の中身についてだったのだが。

「……特に考えてない?」

 そう言う静二に、来栖は潔く深くうなずいた。

「ああ」

「恒久的な解決とかいうから、なにか考えがあるのかと思ったのに……まったくのノープラン?」

「ああ。そうだ」

 来栖は腕組みして、鷹揚に言う。
 あきれ顔の静二が訊いてきた。

「じゃ、なんであんなこと言ったの?」

「もちろん、純然たる時間稼ぎだ」

「わざわざ会って、どうするの?」

「ほら、三人寄れば文殊の知恵っていうだろ。それが四人いるんだぜ。ナイスアイディアが出るのは時間の問題ってもんだろ」

「その時間が問題じゃないか。今日の放課後って言ってたよね? この昼休みが終わったら、もうまとまった時間は取れないだろ」

「あー……だから、今ここで知恵を出し合って、これはというトピックを建設的に練り上げ、有効なる方針の検討をだな」

「あと十五分くらいしかないけど!? そんな暇なくない!?」

「ううッ……そんな責めるなよ……とっさだったんだよう……」

 さすがに来栖も、自分の無計画ぶりを認めざるを得ず、切なくなってきた。
 女子二人が、慌ててフォローにくる。

「あ、あの場は仕方なかったと思います。クルスは、よくやりました!」

「そうそう、白石くんも、クルスくんが心配だからこう言ってるんだよ!」

 静二も、冷静さを取り戻す。

「ご、ごめん。なんだかあの先輩、クルスへの未練がありありなのが見て取れて、つい……」

「いや、いいんだ。とにかく、敵を知ればなんとやらだ。美乃梨、あの梶原って人はどういう性格なんだ?」

 美乃梨が、顎に手を当てて言う。

「どう、と言われると……うーん、結構活発というか、ゴーイングマイウェイな感じかな」

「自分がいいと思ったほうへ突き進むってタイプか?」

「うん。自分勝手とか、思いやりがないっていうより、自信があり過ぎるっていうか。自分大好き、っていうのはあると思う。デートしててもしょっちゅう鏡見てたし、街中やお店に鏡や大きなガラスがあると必ず自分を映して見入ってたし」

 ははあ、と静二がうなずく。

「自分の見た目にも、だいぶ自信があるんだ?」

「そう思う。あの髪型にしたのは小学生の時で、周りの誰も髪なんて染めてない中自分だけがそこまでおしゃれにしてたって、三十回くらい聞いたから」

 来栖が、

「ナルシストなんだな」

 と一言でまとめる。
 美乃梨が、よほど思うところがあるのか、深くうなずいた。
 来栖はこつこつと額を人差し指で叩きながら続ける。

「少し見えてきたな。ま、そうでなきゃ、あんなところで公開連続ナンパなんてしないよな。さて、ナルシスト、ナルシスト……ナルシストを、改心させるにはどうすれば……か」

 そこで、あやめがおずおずと手を挙げた。

「あの、……たぶん、梶原先輩って、ナルシストの中でもちょっと偏りがある人だと思います」

「なんだよ、偏りって?」

「その、……自信がある分だけ、人を軽視してしまうというか……人を傷つけることも、思い至らずしてしまうような……ところがある、というか……」

「なんだ、迂遠だな?」

 美乃梨が、ぽんとあやめの肩を叩いた。

「ありがと、あやめ。気を遣ってくれて。私が、先輩と別れた時のことだよね?」

 う、とあやめがうつむく。
 来栖がその様子を見て取り、

「なんだ、まだなにかあったのか?」

「うん。私、先輩にこう言われたの。『おれにふさわしい美しさを持つのは来栖くんだけだ。美乃梨は残念だけど、そこは遠く及ばないから』って」

「なっ!?」

 来栖と静二が、同時に気色ばんだ。

「正気かよ!? 女子に――いや、人に言っていい言葉じゃないぞ!」

「本当だよ! 口に出す出さない以前に、発想がおかしいよ!」

「いいの、それは。私、外見にそんなに自信持てないし。でも、……やっぱり、初めてつき合った人に、そうまで言われたのは……きつくって……」

 言葉が途切れ途切れになる美乃梨の肩を、今度はあやめが抱いた。

「私も、今のお話は昨日初めて聞いたんです。梶原先輩、美乃梨とつき合ってた時は、優しかったって聞いてたので、なおさらショックで……」

 美乃梨が涙をハンカチで抑え、気丈に言った。

「私、梶原先輩のことは吹っ切れてるんだ。つき合ったのを後悔はしてないよ。短い間だけったけど女の子として大切に扱ってくれてたし、……でも、その間も、……ずっとそう思われたのかなっていうのは……」

 美乃梨がスカートの腿のあたりをぎゅっとつかんだ。
 そのこわばった体を、あやめがそっと抱き寄せる。

「……分かった」と来栖。

「クルス? 分かったって、なにが?」と静二。

「方針が固まった。勘違いしたナルシスト野郎に、完膚なきまでに己の井の中の蛙ぶりをつきつけ、てめえの過ちを骨の髄まで思い知らせてやろう。話はそれからだ」

 あやめが、美乃梨に寄り添ったまま首をかしげる。

「よく分からないんですが……具体的には? それと、それで思い知らなかったらどうするんですか?」

 ふっ、と来栖は微笑した。肩をすくめる。

「まだやってもいないことなんだから、どうなるかなんておれにだって分かるわけがないだろう?」

 昼休み終了の予冷が響いた。
 静二がぼそりと言う。

「結局、大したことは考えてないんじゃないの……?」

「考えるな。実践にこそ結果はついてくる。ばか野郎を改心させるには、力づくではなく、圧倒的現実というものをまざまざ見せつけろってことだ。ああしかし、情けないことだ。結局おれには、友人を救うのに、この美以外には頼むものがないのか……」

 わなわなと手を震わせる来栖に、静二が再度、

「ナルシストに関しては、クルスも大概だけどね……」

 とぼやいた。



 学校の最寄り駅から少し離れた、このあたりでは最も大きな駅のすぐ前。
 駅ビルとデパートに囲まれた空間で、人通りはわずかともやむことなく、ごった返していた。
 まだ仕事帰りのラッシュには少し早いので、人ごみのほとんどは学生だ。

ロータリーには、梶原樹が、人待ち顔でぽつねんとたたずんでいる。
 それを、改札横の柱から、静二・あやめ・美乃梨がそっと覗いていた。

「どうするつもりなんでしょう、クルスは……」

「まあ、どんなつもりにせよ、まず間違いないことはあるよ。クルスが登場する時は――」

 ロータリーがざわついた。

「――ほとんど出オチみたいな迫力で現れるだろうね。」

 静二が指をさす。
 そこに、来栖がいた。梶原のいるところ、ゆっくりと向かっていく。その姿を見た人々が、波のようなざわめきを生んでいた。

 学校帰りだけあって、来栖は制服姿ではあった。
 だが、普段は冬服の上にはおるのは紺のハーフコートなのに、この時は。
 どこで調達したのか、真っ白い薄手のピーコートだった。裾がミニスカートのようにやや広がっており、その下で制服のスカートがさらに広がるというシルエットになっている。
 コートは前を開けているので、えんじのブラウスまでが見えていた。その多重構造がまたかわいらしい。

 普段は腕時計をつけない来栖が、細いバンドの白い腕時計をはめていた。実用性というより、アクセサリーとしての見栄えを意識しているのは明らかだった。
 よく見ると、靴も学校用のローファーではなく、明るい茶色の革の靴になっている。細かいベルトがいくつも左右に走り、つま先のあたりは編み上げになっていた。
 しかもこころなしか、髪まで巻き直しているようで、ウェーブがつややかに光を湛えている。

 そのほかにも細かい仕上げがそこここに施されているようで、来栖は周囲の目を一身に集めていた。
 ほとんど、撮影に入る寸前のモデルである。
 彼女持ちと思しき大学生の男たちが、そういうおもちゃであるかのように、くるくると首を回して来栖を追っていた。

「わ、わああ……」

 あやめが感嘆のため息をもらした。
 静二は、ああいう状態の来栖は、女子から見てどんな気分になるんだろうとふと思ったが、今はそれどころではない。

「お待たせしました、梶原先輩」

「あ、ああー全然! で、おれに用ってなんなの?」

 静二たちからは、唇の動きでなんとなくそんな会話をしているらしいことは分かったが、声まで正確に聞くにはさすがに距離が遠過ぎる。
 静二は、あまり細かい内容まで聞き取ることはあきらめて、おおよその様子をうかがうことにした。

 一方で、来栖は、すっかり腹をくくっていた。
 話が長引けば、泥沼になるだけだ。
 短期決戦で決めなくてはいけない。この、彼女をないがしろにするダメ男に、自分のダメさを思い知らせた上で改心させるのだ。
 並大抵のことではない。
 だが、自分にならできるはずだ。自分の美ならば。このナルシスト男に、美しいとはなんなのかを教えてやる。そこにこそ勝機はある。

 来栖がにこりと笑った。
 それまでも漏れ出ていた謎の光が、いよいよルクス数を増す。

「実はですね、先輩!」

「お……ああ!? ま、まぶ……な、なんだー!?」

「おれと勝負しませんか!」

「へ!? ……なんの!?」

 来栖が足を肩幅より少し開き、弓を引くようなポーズで大仰に言い放つ。

「どっちがもてるか対決ですよ!」

「分からん! なにを言ってるんだー!?」

「今からここで雑踏に向かって、おれたちがそれぞれ、『お茶でもどうですか!』と順番に一回ずつ言います。しつこく食い下がったりとかはなしで、声を出せるのはおれも先輩も一回ずつだけ。それで、寄ってきてくれた通行人の皆さんからより多くオーケーをもらったほうの勝ち」

 梶原が、混乱してよろめいた。無理もないが。

「な……なんでおれと君がそんなことを!?」

「それは……」

「それは?」

「もし先輩が勝ったら、先輩とつき合ってあげます」

 えっ! と梶原が固まる。
 だが、その一秒後。

「全然わけ分からんが……やる!」

「ありがとうございます! では始めますよ。――ご通行中の皆さん! 一瞬だけ、お騒がせすることをお許しください! これからおれたちがみなさんをお茶に誘います! 興味がある方だけ、耳を傾けてください! では――スタート!」

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