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第三章 一ノ谷来栖は暴力的な男を変えてみる 1
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昼休みを四人で過ごした日の帰り道、来栖とあやめは一緒になった。
静二は生徒会の友人と用があり、美乃梨は部活で、それぞれまだ学校に残っている。
今度は以前と違い、二人は校門から並んで学校を後にした。
日が暮れかけている。さすがにこの時間になると、風が冷たい。
「うう、朝晩は冷えますね……」
「まだ晩でもないけどな。おれ、替えのマフラーあるから貸すよ」
来栖は、かばんの中から白い短めのマフラーを取り出した。昨日、例の白いコートに合わせようかと思って用意したが、そのまま入れっぱなしになっていたものである。
「えっ、でも、悪いですよ」
「予備なんだからいいんだって。ほら、髪上げて」
「ううう……ありがとうございます。あったかい……」
「女子は寒さがこたえて、大変だよな」
「男子と比べて筋肉が少ないからって聞いたことありますけど……そういえばクルスは、スカートで平気なんですか? よく、男子が穿くとスースーするって聞きますけど」
「ああ、さすがに慣れたよ。それこそ、女子がよく穿いてるものだし。ていうかこの下、冬はショートパンツとスパッツ穿いてるからな。もう少し冷えてきたら、タイツにするし」
そんな話をしている間に、二人は大通りに出た。
「そういえばさ、あやめが言ってくれたこと、おれにとっては結構大事なことだったよ」
「え? どんなですか?」
「人をいいほうに変える、ってやつ。おれ、自分が到達できる中で、おれが求める最高の美しさを目指していたけど、人の役に立つこともできるのかなってさ。今までは自己満足で充分だったんだけど、少し欲が出た」
欲? ……とあやめが聞き返そうとした時、前方の歩道に人が集まっているのが見えた。
来栖が覗き込むと、人だかりの中心には、同じ高校の生徒がいた。
男子だ。見た感じ、身長はそれなりにあるが、一年生のように見える。
「だからよお! 外で足出し過ぎんなって言ってんだよ! こんだけ寒くなってきたのに、ばかじゃねえの!?」
激昂して叫んでいるのは、癖のある黒髪をセンターパートにしたその男子だった。
身長は来栖と同じか少し高く、百七十センチ台半ばというところ。強気そうに吊り上がった目が印象的だった。
その向かいに立っているのは、同じく寿永高校の一年と思しき、金髪の女子だった。
あの鮮やかな金髪には、来栖も見覚えがある。ただの金髪ではなく、独特の形のピンクのメッシュが入っているので、間違えようもなかった。
あ、とあやめが声を出す。
「あの子、1-Bの子です。同じクラスの、小仏ササラさんですね……」
金髪の女子――ササラは、制服の上半身は体に対して少々オーバーサイズで、下半身のスカートはだいぶ短く切り詰めてある。やや浅黒い肌が、すらりと伸びた足によく映えていた。
「はあ!? あたしはしたい格好してるだけだけど! 寒いとか関係なくない!?」
あやめが来栖の耳元でささやく。
「男子のほうは、確か佐竹裕也くんです。1-Cで、美乃梨と同じクラスのはずです。で、あの二人はつき合ってるって聞いてる……んですけど」
「なんか、めっちゃくちゃけんかしてるな?」
さすがに暴力沙汰にまではなっていないものの、佐竹裕也は尋常ならざる勢いでササラにくってかかっており、さらにササラがまったく気圧される様子がなく同じだけの勢いで言い返すので、場はヒートアップする一方だった。
人だかりは、ほとんどが寿永高校生だった。その中に、来栖は顔見知りの女子を見つけ、話を聞いてみる。
「なあ、あの二人なんでけんかしてんんだ? 止めなくても平気かな?」
女子は、ギャッ来栖くん、と一度飛びのいてから、おずおずと言ってくる。
「大丈夫だと思うよ。私たちも思わず集まっちゃったけど、この二人、これでいつものことだから。今回なんて、もともとは二人で撮った写真にササラがファイル名つけずに置いといただけで、佐竹くんキレてるみたいなんだもん。それから、ササラの服装とかにも佐竹くんが文句つけ出して」
ふうん、と来栖は再度、にらみ合っている二人を見やる。
しょっ中こんなけんかをしながら別れないというのは不思議ではあったが、まあ、つき合い方は人それぞれだからな……と自分を納得させて、来栖はあやめをかばいながら歩道を進もうとした。
すると。
「あっ!? 来栖! お前一ノ谷来栖だよな、おい!」
佐竹裕也が、直接来栖と言葉を交わしたことはないはずだが、いきなり呼ばわってきた。
「……なんだよ。えーと佐竹くん? おれとはほぼ初対面のはずだけどな」
「いいだろ、そんな細かいこと。なあ、ちょっとこっち来いよ。おれとササラとどっちが正しいか、男と女の真ん中からジャッジしてくれや」
「お断りだ」
「はあ!? なんでだよ!? えーとなんだっけ、そうだ、こいつ二人の思い出の写真に名前もつけずに放置してたんだぜ!? ありえないだろ!」
佐竹が尖らせた口が、微妙な角度をつけて横を向いている。
なんだそれは、どんな感情なんだ、この男。半眼になった来栖は、ふうと嘆息して、ジャッジね、とつぶやいた。
「佐竹くん、おれは単に女装した男であって、男女の真ん中なんかじゃない。人をこいつ呼ばわりもよくない。そんなに大事な写真なら自分で好きな名前つけて保存しておけ。以上がおれのジャッジだ。さ、行こうあやめ」
そそくさと通り過ぎようとする来栖。
揉めてもいいようにあやめと離れて歩こうかとも思うが、たかだか同級生にそこまで警戒しなくてもいいかと、並んで歩く。
「ああ!? おいっ、無視してんじゃねえよ! あれ、なんだその隣の地味女? もしかして、まさか、ま、まさかとは思うけどよ、そ、その地味なのがお前の――」
何が面白いのか、つっかえながらもへらへらした顔でまくしたてる佐竹。
「待ておい。なんだその言い方は」
駅へ向いていた来栖のつま先が、ついと佐竹のほうを向いた。
お、と佐竹が小さく言ってたじろいだ。
「く、来栖くん! いいですよ、私のことは」
「よくない。佐竹とかいうの、しょうもないちょっかい出してんなよ。しかも、おれ本人じゃなく連れに暴言吐くってのはどういうつもりだ? おれは君に、なれなれしく名前を呼ばれる筋合いもないんだがな」
佐竹の顔が紅潮する。
「ああ!? 地味を地味って言って、なにがわりいんだよ! そうだ、お前こそ地味な女を低く見てるんじゃねえのか!? 地味って別に悪い意味じゃねえと思うけど、お前にとっては悪いことなんだなあ!? じゃなきゃ怒んねえもんな、あははあ! 全国に地味なやつに謝れや! お前が言ってみろよ、地味のなにが悪いんだよ!?」
「悪いのは地味じゃなくて、君の性格だ。あと、もう少し静かにしゃべれないのか?」
気がつけば、佐竹はどんどんと来栖のほうへ向かってきていた。
来栖はあやめに、離れていろと目くばせする。
そこへ、佐竹に無視された格好になったササラが後ろから追いすがってきた。
「ねえ、裕也! なにあたしほっといて、通行人としゃべってんだよ!? おいって! ……裕也!?」
大して広い歩道ではない。ほどなく、二人は手の届く範囲で立ち止まる
「佐竹くんよ、なにが気に入らないんだ? 少しやんちゃが過ぎるんじゃないのか」
「……女の格好して人気取りしてる野郎が、調子に乗りやがって」
どうやらこの佐竹裕也という生徒は、相当に怒りっぽいらしい。
「調子に乗ってるのはどっちだ。おれは人気取りをしたんじゃない、勝手に人気が湧いて出たんだ。とにかく君は、自分がどこのどなた様だと思っているのか知らないが、一度痛い目見ないと分からないタイプか?」
「……ほおっほお? い、痛い目ってどんなんだよ?」
「なんだ、立派なのは威勢だけか? か弱い女子相手には頑張れても、男相手にけんかは無理か?」
「なっ……て、てめえ!」
佐竹が、右腕を振りかぶった。
そこからまっすぐに突き出されたパンチに対し、来栖は自分から前へ踏み込み、わずかに顎を引いて、額で受け止める。
がつっ!
「きゃああっ!」とあやめの悲鳴が響く。周りにいたほかの生徒たちも、口々に叫び始めた。
当てたほうの佐竹がなぜか戸惑い、「あ、当てるつもりじゃ……お前が踏み込んでくるから、それで……」と拳を引いた。それからなんとか威勢を取り戻し、
「へ、へへ、痛い目見るのはお前のほう――ごへっ!?」
勝ち誇ったような佐竹の言葉が、途中で止まった。
そのみぞおちに、来栖の右拳が深々と突き刺さっている。
「いいや、君のほうだね。拳は、細かい骨の集合体だ。それをおれは、固く一枚岩になっている額の骨で受け止めた。一方、息を吐いて腹筋が弛緩し、無防備になった君のみぞおちに、おれは的確にボディブローを入れた。攻防とも、おれのほうが成功している」
来栖が間合いを空けた。
「て、め、……なに、解説してやがる……」
「痛い目を見た今なら、話を理解してくれるかと思ったんだよ。手始めに、目の前で起きた現象と勝敗について教えてやったんだが、どうだ?」
「な……なにが、どうだだ! 勝敗だあ!? 舐めんなよ……舐めんなよ!」
佐竹が、再び右腕を振りかぶった。頭に血が上ると行われるこのアクションは、一歩引いた来栖からは丸見えである。
「一度では分からないか」
嘆息してうそぶく来栖だったが、そうさせるための挑発でもあった。
再びカウンターを入れようと身構えた来栖の目の前に、しかし、黒い影が飛び込んできた。
それがなんなのか、突然過ぎて来栖にも分からないままに、佐竹の拳はその影に直撃した。
ばすっ……
「ううっ!」
「な――あやめ!?」
佐竹のパンチは、影――あやめの左肩に当たった。
不充分な当たり方だったとはいえ、勢いに押されて、あやめは歩道に倒れ込む。
「あ、え? なんだ、誰だよお前……?」
さすがに戸惑う佐竹に、ササラがつかみかかった。
「裕也、お前! なに女殴ってんだよ!?」
「ち、違う! こいつが勝手に! それにとっさにほとんど止めてたんだよ! そいつが軽いから吹っ飛んだだけで!」
来栖はそんな二人はもはや眼中になく、急いであやめを助け起こした。
「あやめ! 大丈夫か!? どうして……」
「わ、私は大丈夫です。それより……クルス、最高の美しさを目指している人が、こんなところで顔を傷つけちゃだめですよ」
あやめは気丈に微笑んでいる。
そして、助け起こそうとする来栖の手をやんわりと押し戻した。
さらに、来栖の前に出て、佐竹を真向に見据えながら仁王立ちする。
「というわけで、佐竹裕也くん! 今度は私が相手です!」
「なんで!?」と叫んだのは来栖だった。
佐竹とササラはぽかんとしている。
「クルスの美しさは、これからいろんな人を助けていくためにあるものです。こんなところでけがはさせられません」
「いや、あやめこそこんなことでけがしたら絶対だめだろ!?」
「いいんです! クルス、ここは私に任せてください。私だって、クルスの役に立てるところをお見せします」
役に立つとか立たないとかを気にする関係じゃないだろう、と言おうとして、来栖は、あやめの背中を初めてまじまじと見た。
小さい。女子の背中というのは、こんなに小さいのか。なのに背筋をいっぱいに伸ばして、思い切り胸を張っている。自分よりも体格も筋力も上の男を守ろうとして。
来栖も、人を守ろうとしたことはある。だがそれはいつも、自分よりも弱い者が対象だった。
おれはあやめのように、自分よりも強い存在を守ろうと思えるだろうか。
来栖の胸が高鳴った。来栖にとって、今まで、女の子はいつもかばわれるべきか弱い存在だった。
いや、あやめだってそうだ。それは変わらない。
だが来栖にとって、壇ノ浦あやめほかの女子と明確に違う存在になったのは、この時だった。
後ろからわずかに覗いたあやめの横顔が、とても凛々しく見える。そしてそのまま、目が離せない。
だが、その感情に来栖が正確な名前をつけるのは、もう少し後のことだった。
(……って、なにやってんだおれは! いくらあやめがかわいいからって、見とれてる場合じゃないだろ!)
胸中で自分を一喝して、
「……あーもー!」
とうめきつつ、来栖はあやめの右肩をやんわりと抑えて、後ろに来させた。
そして再び相対した佐竹に言う。
「無用の挑発をしたのは、おれが悪かった。申し訳ない。だからそっちも、彼女に――あやめに詫びてくれ」
静二は生徒会の友人と用があり、美乃梨は部活で、それぞれまだ学校に残っている。
今度は以前と違い、二人は校門から並んで学校を後にした。
日が暮れかけている。さすがにこの時間になると、風が冷たい。
「うう、朝晩は冷えますね……」
「まだ晩でもないけどな。おれ、替えのマフラーあるから貸すよ」
来栖は、かばんの中から白い短めのマフラーを取り出した。昨日、例の白いコートに合わせようかと思って用意したが、そのまま入れっぱなしになっていたものである。
「えっ、でも、悪いですよ」
「予備なんだからいいんだって。ほら、髪上げて」
「ううう……ありがとうございます。あったかい……」
「女子は寒さがこたえて、大変だよな」
「男子と比べて筋肉が少ないからって聞いたことありますけど……そういえばクルスは、スカートで平気なんですか? よく、男子が穿くとスースーするって聞きますけど」
「ああ、さすがに慣れたよ。それこそ、女子がよく穿いてるものだし。ていうかこの下、冬はショートパンツとスパッツ穿いてるからな。もう少し冷えてきたら、タイツにするし」
そんな話をしている間に、二人は大通りに出た。
「そういえばさ、あやめが言ってくれたこと、おれにとっては結構大事なことだったよ」
「え? どんなですか?」
「人をいいほうに変える、ってやつ。おれ、自分が到達できる中で、おれが求める最高の美しさを目指していたけど、人の役に立つこともできるのかなってさ。今までは自己満足で充分だったんだけど、少し欲が出た」
欲? ……とあやめが聞き返そうとした時、前方の歩道に人が集まっているのが見えた。
来栖が覗き込むと、人だかりの中心には、同じ高校の生徒がいた。
男子だ。見た感じ、身長はそれなりにあるが、一年生のように見える。
「だからよお! 外で足出し過ぎんなって言ってんだよ! こんだけ寒くなってきたのに、ばかじゃねえの!?」
激昂して叫んでいるのは、癖のある黒髪をセンターパートにしたその男子だった。
身長は来栖と同じか少し高く、百七十センチ台半ばというところ。強気そうに吊り上がった目が印象的だった。
その向かいに立っているのは、同じく寿永高校の一年と思しき、金髪の女子だった。
あの鮮やかな金髪には、来栖も見覚えがある。ただの金髪ではなく、独特の形のピンクのメッシュが入っているので、間違えようもなかった。
あ、とあやめが声を出す。
「あの子、1-Bの子です。同じクラスの、小仏ササラさんですね……」
金髪の女子――ササラは、制服の上半身は体に対して少々オーバーサイズで、下半身のスカートはだいぶ短く切り詰めてある。やや浅黒い肌が、すらりと伸びた足によく映えていた。
「はあ!? あたしはしたい格好してるだけだけど! 寒いとか関係なくない!?」
あやめが来栖の耳元でささやく。
「男子のほうは、確か佐竹裕也くんです。1-Cで、美乃梨と同じクラスのはずです。で、あの二人はつき合ってるって聞いてる……んですけど」
「なんか、めっちゃくちゃけんかしてるな?」
さすがに暴力沙汰にまではなっていないものの、佐竹裕也は尋常ならざる勢いでササラにくってかかっており、さらにササラがまったく気圧される様子がなく同じだけの勢いで言い返すので、場はヒートアップする一方だった。
人だかりは、ほとんどが寿永高校生だった。その中に、来栖は顔見知りの女子を見つけ、話を聞いてみる。
「なあ、あの二人なんでけんかしてんんだ? 止めなくても平気かな?」
女子は、ギャッ来栖くん、と一度飛びのいてから、おずおずと言ってくる。
「大丈夫だと思うよ。私たちも思わず集まっちゃったけど、この二人、これでいつものことだから。今回なんて、もともとは二人で撮った写真にササラがファイル名つけずに置いといただけで、佐竹くんキレてるみたいなんだもん。それから、ササラの服装とかにも佐竹くんが文句つけ出して」
ふうん、と来栖は再度、にらみ合っている二人を見やる。
しょっ中こんなけんかをしながら別れないというのは不思議ではあったが、まあ、つき合い方は人それぞれだからな……と自分を納得させて、来栖はあやめをかばいながら歩道を進もうとした。
すると。
「あっ!? 来栖! お前一ノ谷来栖だよな、おい!」
佐竹裕也が、直接来栖と言葉を交わしたことはないはずだが、いきなり呼ばわってきた。
「……なんだよ。えーと佐竹くん? おれとはほぼ初対面のはずだけどな」
「いいだろ、そんな細かいこと。なあ、ちょっとこっち来いよ。おれとササラとどっちが正しいか、男と女の真ん中からジャッジしてくれや」
「お断りだ」
「はあ!? なんでだよ!? えーとなんだっけ、そうだ、こいつ二人の思い出の写真に名前もつけずに放置してたんだぜ!? ありえないだろ!」
佐竹が尖らせた口が、微妙な角度をつけて横を向いている。
なんだそれは、どんな感情なんだ、この男。半眼になった来栖は、ふうと嘆息して、ジャッジね、とつぶやいた。
「佐竹くん、おれは単に女装した男であって、男女の真ん中なんかじゃない。人をこいつ呼ばわりもよくない。そんなに大事な写真なら自分で好きな名前つけて保存しておけ。以上がおれのジャッジだ。さ、行こうあやめ」
そそくさと通り過ぎようとする来栖。
揉めてもいいようにあやめと離れて歩こうかとも思うが、たかだか同級生にそこまで警戒しなくてもいいかと、並んで歩く。
「ああ!? おいっ、無視してんじゃねえよ! あれ、なんだその隣の地味女? もしかして、まさか、ま、まさかとは思うけどよ、そ、その地味なのがお前の――」
何が面白いのか、つっかえながらもへらへらした顔でまくしたてる佐竹。
「待ておい。なんだその言い方は」
駅へ向いていた来栖のつま先が、ついと佐竹のほうを向いた。
お、と佐竹が小さく言ってたじろいだ。
「く、来栖くん! いいですよ、私のことは」
「よくない。佐竹とかいうの、しょうもないちょっかい出してんなよ。しかも、おれ本人じゃなく連れに暴言吐くってのはどういうつもりだ? おれは君に、なれなれしく名前を呼ばれる筋合いもないんだがな」
佐竹の顔が紅潮する。
「ああ!? 地味を地味って言って、なにがわりいんだよ! そうだ、お前こそ地味な女を低く見てるんじゃねえのか!? 地味って別に悪い意味じゃねえと思うけど、お前にとっては悪いことなんだなあ!? じゃなきゃ怒んねえもんな、あははあ! 全国に地味なやつに謝れや! お前が言ってみろよ、地味のなにが悪いんだよ!?」
「悪いのは地味じゃなくて、君の性格だ。あと、もう少し静かにしゃべれないのか?」
気がつけば、佐竹はどんどんと来栖のほうへ向かってきていた。
来栖はあやめに、離れていろと目くばせする。
そこへ、佐竹に無視された格好になったササラが後ろから追いすがってきた。
「ねえ、裕也! なにあたしほっといて、通行人としゃべってんだよ!? おいって! ……裕也!?」
大して広い歩道ではない。ほどなく、二人は手の届く範囲で立ち止まる
「佐竹くんよ、なにが気に入らないんだ? 少しやんちゃが過ぎるんじゃないのか」
「……女の格好して人気取りしてる野郎が、調子に乗りやがって」
どうやらこの佐竹裕也という生徒は、相当に怒りっぽいらしい。
「調子に乗ってるのはどっちだ。おれは人気取りをしたんじゃない、勝手に人気が湧いて出たんだ。とにかく君は、自分がどこのどなた様だと思っているのか知らないが、一度痛い目見ないと分からないタイプか?」
「……ほおっほお? い、痛い目ってどんなんだよ?」
「なんだ、立派なのは威勢だけか? か弱い女子相手には頑張れても、男相手にけんかは無理か?」
「なっ……て、てめえ!」
佐竹が、右腕を振りかぶった。
そこからまっすぐに突き出されたパンチに対し、来栖は自分から前へ踏み込み、わずかに顎を引いて、額で受け止める。
がつっ!
「きゃああっ!」とあやめの悲鳴が響く。周りにいたほかの生徒たちも、口々に叫び始めた。
当てたほうの佐竹がなぜか戸惑い、「あ、当てるつもりじゃ……お前が踏み込んでくるから、それで……」と拳を引いた。それからなんとか威勢を取り戻し、
「へ、へへ、痛い目見るのはお前のほう――ごへっ!?」
勝ち誇ったような佐竹の言葉が、途中で止まった。
そのみぞおちに、来栖の右拳が深々と突き刺さっている。
「いいや、君のほうだね。拳は、細かい骨の集合体だ。それをおれは、固く一枚岩になっている額の骨で受け止めた。一方、息を吐いて腹筋が弛緩し、無防備になった君のみぞおちに、おれは的確にボディブローを入れた。攻防とも、おれのほうが成功している」
来栖が間合いを空けた。
「て、め、……なに、解説してやがる……」
「痛い目を見た今なら、話を理解してくれるかと思ったんだよ。手始めに、目の前で起きた現象と勝敗について教えてやったんだが、どうだ?」
「な……なにが、どうだだ! 勝敗だあ!? 舐めんなよ……舐めんなよ!」
佐竹が、再び右腕を振りかぶった。頭に血が上ると行われるこのアクションは、一歩引いた来栖からは丸見えである。
「一度では分からないか」
嘆息してうそぶく来栖だったが、そうさせるための挑発でもあった。
再びカウンターを入れようと身構えた来栖の目の前に、しかし、黒い影が飛び込んできた。
それがなんなのか、突然過ぎて来栖にも分からないままに、佐竹の拳はその影に直撃した。
ばすっ……
「ううっ!」
「な――あやめ!?」
佐竹のパンチは、影――あやめの左肩に当たった。
不充分な当たり方だったとはいえ、勢いに押されて、あやめは歩道に倒れ込む。
「あ、え? なんだ、誰だよお前……?」
さすがに戸惑う佐竹に、ササラがつかみかかった。
「裕也、お前! なに女殴ってんだよ!?」
「ち、違う! こいつが勝手に! それにとっさにほとんど止めてたんだよ! そいつが軽いから吹っ飛んだだけで!」
来栖はそんな二人はもはや眼中になく、急いであやめを助け起こした。
「あやめ! 大丈夫か!? どうして……」
「わ、私は大丈夫です。それより……クルス、最高の美しさを目指している人が、こんなところで顔を傷つけちゃだめですよ」
あやめは気丈に微笑んでいる。
そして、助け起こそうとする来栖の手をやんわりと押し戻した。
さらに、来栖の前に出て、佐竹を真向に見据えながら仁王立ちする。
「というわけで、佐竹裕也くん! 今度は私が相手です!」
「なんで!?」と叫んだのは来栖だった。
佐竹とササラはぽかんとしている。
「クルスの美しさは、これからいろんな人を助けていくためにあるものです。こんなところでけがはさせられません」
「いや、あやめこそこんなことでけがしたら絶対だめだろ!?」
「いいんです! クルス、ここは私に任せてください。私だって、クルスの役に立てるところをお見せします」
役に立つとか立たないとかを気にする関係じゃないだろう、と言おうとして、来栖は、あやめの背中を初めてまじまじと見た。
小さい。女子の背中というのは、こんなに小さいのか。なのに背筋をいっぱいに伸ばして、思い切り胸を張っている。自分よりも体格も筋力も上の男を守ろうとして。
来栖も、人を守ろうとしたことはある。だがそれはいつも、自分よりも弱い者が対象だった。
おれはあやめのように、自分よりも強い存在を守ろうと思えるだろうか。
来栖の胸が高鳴った。来栖にとって、今まで、女の子はいつもかばわれるべきか弱い存在だった。
いや、あやめだってそうだ。それは変わらない。
だが来栖にとって、壇ノ浦あやめほかの女子と明確に違う存在になったのは、この時だった。
後ろからわずかに覗いたあやめの横顔が、とても凛々しく見える。そしてそのまま、目が離せない。
だが、その感情に来栖が正確な名前をつけるのは、もう少し後のことだった。
(……って、なにやってんだおれは! いくらあやめがかわいいからって、見とれてる場合じゃないだろ!)
胸中で自分を一喝して、
「……あーもー!」
とうめきつつ、来栖はあやめの右肩をやんわりと抑えて、後ろに来させた。
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彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
お茶をしましょう、若菜さん。〜強面自衛官、スイーツと君の笑顔を守ります〜
ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
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体力徽章もレンジャー徽章も持った看護官は、鬼神のように荒野を走る。
実は怖いのは顔だけで、本当はとても優しくて怒鳴ったりイライラしたりしない自衛官。
寺の住職になった方が良いのでは?そう思うくらいに懐が大きく、上官からも部下からも慕われ頼りにされている。
スイーツ大好き、奥さん大好きな安達陸曹長の若かりし日々を振り返るお話です。
※フィクションです。
※カクヨム、小説家になろうにも公開しています。
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