愛されるべきかわいい女子たちの敵がいつもおれ

クナリ

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第三章 一ノ谷来栖は暴力的な男を変えてみる 4

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 翌日。

「来栖くんさあ……昨日、裕也となに話したの? ていうかあいつになにしたの?」

 放課後になるなり、まっすぐに1-Aにやってきたらしいササラが、椅子に座っている来栖の上に覆いかぶさるようにして効いてきた。

「というと?」

「なんかあいつ、朝から変なんだけど。一緒に登校してたら、あいつよそ見してた小学生にぶつかられて、前に同じことがあった時は子供相手に切れちらかしてたのに、今日は『気いつけろよ』だって。で、あたしがなにその大人の対応って言ったら、『おれがこのくらいで切れてたらお前の立場がないだろ』だってさ」

 来栖はその話を聞きながら、本当にササラが佐竹と口を利かないのは昨日限定だったんだなと妙なことに感心しつつ、帰る支度を始めた。

「特に大したことはしてないよ。ただ、人の振り見て我が振り直す機会は与えたけどな」

「はあ……」

 得心がいかない様子のササラに、もう少し詳しく話すかと思ったところで、もう一つの人影が来栖とササラの間に割り込んできた。

「クルスに、な、なにしてるんですか!?」

 あやめだった。
 来栖たちの体制からして、来栖がササラになにか問い詰められているのだと思ったらしい。
 動物の親が子供を守るように、来栖の前で立ちはだかっている。

「あやめ、大丈夫だから。そちらの問題が、片づきつつあるらしいっていうだけだ」

「え?」

 来栖が立ち上がる。

「ま、一応軽くどんなものか見ておくか。ちゃんと心を入れ替えてくれてれば、言うことなしだ。小仏さん、佐竹と一緒に帰るんだよな?」

「そうだけど。……あのさ」

「ん?」

 ササラは、来栖の耳元で小さく言った。

「一応確認なんだけど。来栖くん、あいつになんもされてないよね? ほら昨日お店出た後、あいつ来栖くんのこと妙な目で見てたっぽいからさ」

「なにも全然まったくされてない。安心してくれ。佐竹くんは、おれと君の仲を気にしてたよ」

「えー!? まじでえ!?」

 そう言いながらなぜか少しうれしそうなササラとともに、来栖は1-Cへ行く。
 佐竹のクラスだが美乃梨のクラスでもあるので、あやめも着いてきた。
 だが、すでに美乃梨は部活に向かったようで、教室内にはクラスメイトと談笑している佐竹だけがいた。

「裕也、もう帰る?」

「おー、ササラ。……と、来栖かよ」

「ああ。昨日はどうも」

 すると、教室に残っていた生徒がかすかにざわついた。
 佐竹くんが? 一ノ谷くんと? なんで?
 それをまったく無視して、来栖はつかつかと佐竹に近づく。

「聞いたぜ、佐竹くん。少しばかりいい男になったみたいじゃないか」

「へ、ふざけんなよ。別にお前の影響じゃ――」

 佐竹はそこまで言いかけたが。
 来栖は、この時、満足げに微笑んでいた。
 その体に後光が差していく。

「――いや……そうだな。ま、お前のおかげもちょっとはあるかもな」

「光栄だね」

「ぐずぐず後回しにするのは性に合わねえから、ここで言っとくわ。ササラ、今まで悪かった。ほかのやつらはともかく、お前に――いや、ほかのやつらにだって簡単に切れてたおれは、あほだ。ごめんな」

 ササラが目をぱちくりとさせる。
 クラスメイトたちも同様だった。「あいつ、悪いもんでも食ったのか?」などという声まで聞こえてくる。

「おれは、男らしさを勘違いしてた。おれは誰かに口出されて、自分を曲げるのが嫌いだ。それがおれのいいところで、通すべき筋だと思い込んでた。けど、気に入らないもんにただ切れるのがおれらしさだとは言えねえよな。だって――」

 佐竹がかっと目を見開き、ササラを情熱的に見つめた。
 ササラも、ひえっと小さく声を出す。

「――だって、おれのことを大事にしてくれてるやつを苦しめてることになるんだから。そんなおれからは、変わらなきゃいけない。……昨日、そう思った。……行こうぜ、ササラ。悪かったな、来栖」

 そうして、二人は帰っていった。
 来栖も、あやめを伴って1-Cを出る。

「どうやら、うまくいったみたいだ」

「あの……クルスが出す光って、なにか、人の心に作用したり、します? 今の、佐竹くん、急に素直になりましたけど……」

「いや、おれもそうしてやろうと思ってるわけじゃないんだが」

「そうですか……。でもなんだか、小仏さんたちが並んで帰る姿を見ていたら、あの二人の後ろ姿も、私にはこころなしか光って見えました」

「へえ? ま、好き合ってる人たちってのは、そんなもんかもな」

 二人で笑い合う。
 自然、駅まで一緒に帰ろうということになり、来栖たちは並んで昇降口へ向かった。

「でも、よかったです。クルスと佐竹くんがけんかとかしなくて」

「はは、昨日からずいぶん心配してくれてるな」

「しますよ。だって、私のせいな部分もありましたし」

「そんなふうには思わないよ。それより肩、その後平気か?」

「はい、全然」

 あやめが左肩をくるくると回した。どうやら本当に大丈夫らしいと、来栖は胸をなでおろす。

 校舎を出て、この日も来栖はあやめのペースに合わせながらゆっくりと歩いた。
 あやめはそれを気にして早足になったが、来栖が気にするなと言ってやめさせた。
 実際、スローペースで歩く苦労よりも、気ごころの合う相手と一緒に下校できる楽しさが勝っているので、来栖にすれば自分が損しているなどとはつゆほども思えない。

 ササラたちのこと話していると、駅までは、すぐに着いてしまった。

「クルス、さっそく美しさで世直しをしてるんですね」

「美しさで世直しなあ。文字面だけ見ると頭おかしいけど、昨日のは我ながらうまくいったと思う」

「立派ですよ、クルス。私、クルスのしていることを傍で見られるの、とても僥倖だと思っています」

 僥倖、と来栖が復唱した。

「えらい言葉使ってくれるなあ。でも、傍で見てくれて、そう言ってくれる人がいるからやれることって、結構あるぜ。おれもあやめがいなかったら、こんなこと長続きしないかもな。これからも、横で見ててくれないとなー……」

 ちらり、とあやめに流し目を送る。
 あやめはどきりとしたように肩を一瞬持ち上げながらも、髪を指ですきながら、

「わ……私でよければ、それくらいは」

「あやめがいいんだ。そう思える人に出会えたことが、おれにとっては、そう……僥倖なんだな」

「ひえっ? ……け、結構、言われると大層な感じに響きますね、僥倖……。で、でも私なんかで、本当に」

「勝手ながら。あやめは、おれを見てくれる気がする」

 その短い言葉には、来栖の中にわだかまる思いが、端的に詰まっていたが。
 本人以外には――本人にさえ、それを理解して解きほぐすことは、まだできないでいた。

「クルスを……ですね……善処します」

 改札を通ると、左右に分かれた階段があっという間にくる。
 互いに名残惜しさを感じながら、それじゃ、と挨拶して、二人が別れた十数秒後。
 その声は、駅構内に高らかに響いた。

「好きです!」

 来栖の前に立ちはだかった、学生服の少年――どう見ても中学生だ――が、顔を真っ赤にしている。
 濃いこげ茶色の髪は短めで、身長は百六十センチ台なかばというところ。
 どうやら今の言葉は、彼が、来栖に対して放ったらしい。

「あ。えーと。……おれ?」

「はい! 寿永高校の、一ノ谷来栖さんですよね! ……好きです!」

 できれば公衆の場で校名と氏名を唱えるのはやめて欲しかったが、それよりも、この突然の事態はなにをどうして収めるべきかというほうに思考を割かれて、来栖はなにも言えずにいた。
 答えはもちろんノーなのだが、ここでそう言ってやることが正解なのかどうかが分からない。高校の同級生や上級生の男子であれば、知ったことではないとばかりにばっさり振るのだが、中学生相手では気が引けた。
 そもそも誰なんだ、こいつは。

 たまに、いることはいるのだ、自分のことをなに一つ告げずに、いきなり告白に及ぶタイプの人間というのは。
 それでイエスという返事など返ってくるわけがないのは、少し考えれば、いや考えなくても分かりそうなものだが。

 なにごとかと振り向いたあやめが、ひとまず来栖に駆け寄ろうとした。
 しかしその前に、こちらは一人の女子中学生が立ちはだかった。

「お久しぶりです、壇ノ浦先輩!」

「えっ? ……あ、西口にしぐちさん?」

 西口佐奈さな。あやめの中学での一年後輩だ。今は中学三年ということになる。

「はいっ、そうです! 先輩、あたし、二年生の男の子とつき合ってたんですけど、昨日振られたんです!」

「え、そうなの?」

 佐奈は黒髪を長めのボブカットにして、前髪は日替わりで様々なアクセサリーで留めている。
 あやめから見てもかわいい後輩で、やや強気なところはあるもののむしろそれが魅力となって、男女からとも人気があった。それが、振られたとは。

「先輩、私を助けてください! 私、別れたくない!」

「お、落ち着いて西口さん。私、その男の子のことも知らないし……」

 びしいっ! と、佐奈はある一方を指さした。
 そこには、来栖が。そして、肩を怒らせた中学生男子がいる。

「あたしの彼氏――まだ元彼じゃないはず!――は、あの人です! 一つ年下で今中二の、和田吾妻わだあずまくん! 私が突然振られた理由は、……ううっ、ほかに好きな人ができたからってええ!」

 佐奈は言葉の途中で泣き出した。
 あやめは佐奈の指の先を目で追う。ということは、彼の好きな人というのは。
 いろいろと元気いっぱいの中学生二人に対し、先輩である来栖とあやめのほうは、まったく事態を打開できずに、しばらくただ立ち尽くしていた。
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