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《14》
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支度を済ませ城の表玄関へとむかうと、既に車は到着し、父も乗車を済ませていた。
「す、すみません! 父上!」
「いや、構わない。早く乗りなさい。体を冷やしてはいけない」
「はいっ」
急いで乗り込み、扉が閉められる。
そこでジャロリーノは父と二人きりであることに気がついた。
一気に緊張した。
運転手がいるとはいえ、それは空気のようなものだ。
向かい合わせに座る後部座席。
父は進行方向とは反対向きに座っていた。ジャロリーノは進行方向を向いて座った。
正面に座るのは緊張したが、ジャロリーノはなんとか父の真ん前の位置についた。
そして姿勢を正す。
「あ、あの、遅くなってしまい、申し訳ありません。……今後、気を付けます……」
声が震えてしまった。
「…………」
「……その、つい、話しに夢中になってしまいました」
「アフタとか」
「はい」
「…………」
父はジャロリーノをじっと見ていた。曇りのないエメラルドの瞳。それに射抜かれていると思うと身がすくむ。
心の中の隅々まで見られているのではないかと不安になる。
「…………、どんな話を?」
「は、はい。その……、」
下らない話です、そう言おうとしたが、泣きながら踞るアフタの姿が過り、嘘でも下らないとは口にできなかった。
「えーと……、呪いの話です……、グロウ家にかけられているという……」
「っ! 短命の呪いか」
「え、」
ジャロリーノにとってそれは思いがけない言葉だった。
父は眉を僅かにゆがめた。
「……、アフタの前で不用意な発言をしてしまっていたか……、気にしていただろう?」
ジャロリーノはそこで初めて、同性愛なんかよりずっと恐ろしい呪いのことを意識した。
グロウ家には、短命の呪いがかけられている。
確かにアフタはそう言っていた。
なんでもないように、言っていた。
けれど、それは聞き流していいものではなかったのだ。
ジャロリーノの口の中がからからに乾いた。
「父上、……父上、アフタは死んでしまうんでしょうか?」
「……、さあ。私には分からない。……誰にも分からないんだ。こればかりはな」
「呪いというのはなんなのですか? 本当の話なんですか」
ジャロリーノは問い詰めたい気持ちをなんとか抑え、父の返事をじっと待った。
「さあ。本当かどうかは分からないが、……これまで呪いの通りになっている。……、祖王の四人の王妃たちが掛け合ったという呪いだ。四つの血筋にそれぞれ三つずつ」
「……ネイプルスにもあるんですか」
「無論だ」
「それは、……いえ、それは今はいいです。ネイプルスのことより、その、……呪いの通りになっているということは、……アフタは……」
「若くして死ぬという意味ではない。グロウ家の短命の呪いというのは、天寿を全うしないという呪いだ。他殺か、自殺。たまに事故死もあるが、その二つで必ず死んでいる。子供の頃に毒殺された場合もあるし、大人になってからテロリストによって射殺されるということもある。もしくは、……自殺だ。……アフタからもう一つの呪いは聞いたのか?」
ジャロリーノはこくりとうなずいた。
「そうか。……であれば、自殺の理由もだいたい分かるだろう? アフタは、それに悩んでいたか?」
父は心配そうに言った。
「……二つ目の呪いに関しては、あまり悩んではいないようでした。周りに知られるのはちょっと困るとは言っていましたけれど……」
「なら、……自殺の線は低いだろう」
ジャロリーノの答えにほっとしたような顔をしたかと思えば、すぐに難しい顔つきに変わる。
「ユーサリーがあの性格でまだ生きているというのが不思議なんだ。あいつを嫌っていたり恨んでいる奴は多いだろうに。なぜか殺されずに生きている。グロウ家最年長なのではないか?」
「……グロウ家は、そんなに早く死んでしまうのですか」
アフタは、死んでしまうのだろうか。
死んでしまう?
父はそっと瞳を閉じた。
そしてゆっくりと目を開ける。
その視線は少し下を向いていた。
「……グロウ家は多産だ。早婚でもある。それは、いつどんなところで殺されるか分からないため、子供を作れる年齢になったらすぐに跡取りを作る、そのためだ。……が、もう一つの呪いによって上手くいかない。特に呪いの強度が強いときは、子孫を作る行為自体が、自殺の理由になりかねない。だから一人でも多くの子供を作っておきたい、しかしそれが精神的に困難。……、ユーサリーがイライラしているのも、呪いの狭間で、心が落ち着くことがないんだ。……その点、アフタは落ち着いているな。あまり呪いの強度が強くないのかもしれない。ユーサリーの子供たちは呪いに抗う力が強いのだろうな」
「本当ですか? じゃあ、アフタは大丈夫ですか?」
「こればかりは分からない。……先代のグロウ王も、突然殺されたんだ。ユーサリーと違い、敵は多くなかった。……愛されている人だった。……アフタも、落ち着いた性格であるし、しっかりした子だ。……愛されていても殺されることもある、嫌われていても生きていることもある……、けれど、嫌われていてクーデターで死んだグロウ王もいるし、愛されたため、自殺を選らんだグロウ王もいる。……どうなるか、こればかりは、ほんとうに分からないんだ」
ジャロリーノはいつの間にか震えていた手をぎゅっと握りしめた。
今、アフタは大丈夫だろうか。
ネイプルス城に暗殺者とかが忍び込んでいて、殺されてしまったりしないだろうか。
「あの、……あの、父上、……ネイプルス城は安全でしょうか? アフタは安全ですか?」
「大丈夫だ。ネイプルス城はこの国で一番強固な警備と警護が敷かれている。グロウ城や王宮よりも安全だ」
「けれど、ネイプルスの森を囲う柵は開け放たれています。不審な輩が入り放題ではないですか?」
「ジャロリーノ。安心しなさい。心配するな。大丈夫だ。ネイプルス城は安全だから。なんぴとたりとも、……不審な輩など侵入させたりはしない」
ネイプルス王がそういうのならば、そうなのだろう。ジャロリーノは若干の不安を残しつつも、父の言うことを信じることにした。
ああ、けれど、アフタが死んでしまうかもしれない。
泣きながら蹲るアフタ。
どうして抱きしめてあげなかったのだろう。
どうして一人にしてしまったのだろう。
「……、自殺とかしないですよね……?」
「心配なのはわかる。しかし、こればかりは、他の三家にはどうしようもないんだ。自分たちの力で抗わなないといけない。……とはいえ、自殺を止める方法はある。傍にいて力になってやることだ。相談を聞いてやるだけでだいぶ変わるだろう。もしもアフタが苦しんでいるようなら、傍にいてあげなさい。よくアフタを観察して、少しでも苦しそうな気配があったら、一人にさせず、寄り添ってやるんだ」
「わかりました父上。僕はアフタの傍にいます」
ジャロリーノは父のエメラルドアイを見つめて誓った。
父は優しく笑った。
笑顔の父を見たとき、ジャロリーノの心臓が割れそうになった。
痛みではなく、苦しさが襲ったのだ。
なぜそうなったのか分からなかった。
ジャロリーノは下唇をかみしめ、うつむいた。
「ジャロリーノ、お前の思うよりもずっと……、グロウはあっけなく死んでしまうんだよ……。残されて悲しい思いをしたくないなら、傍にいてやるんだ」
「はい、……父上」
父の声が降ってくる。
父はユーサリー・グロウ卿を思っているのだろうか。笑顔と同じくらい優しい声だった。
_____________
_______
___
「ジャロリーノ。ネイプルスの話もしておこう」
父がそう言ったのは先ほどの会話が終わってしばらくしてからで、静寂の中に突然降ってきた。
「ネイプルスにはな、男しか生まれない呪いがかけられている」
窓の外を見ながら父はつぶやくように言った。
それを聞き、グロウ家の呪いに比べてなんだか軽い呪いだと思った。
そのジャロリーノの心の中を、父は見透かしていた。
「大したことのない呪いだと思っていると、足元をすくわれるぞ」
「えっ、」
「男はな、女よりも弱いんだ」
「……そう、でしょうか?」
「腕っぷしの話ではない。体の大きさとかの話でもないんだ。……子供の話さ」
「……子供の頃は、女の子と大差ないですからね」
「そうゆう話でもない。……男はな、すぐ死ぬんだよ。病気になりやすいんだ。医療はどんどん進化してるため、今では様々な治療法や薬が開発されている。しかし、はるか昔、病気になったらわずかな薬草と祈祷に頼っていた時代だったら、どうだろう? 男児は女児よりもあっけなく死んでいった。特に、七歳になる前の子供というのは、ちょっと腹を下しただけで死んでしまうことがあるんだ。ネイプルスの歴史の中、十歳に満たずに死んでいった子供は大勢いる。多分、他の男児よりも体が弱く生まれてきていたんじゃないだろうか。……そして、男というのは、子供を作ることに女が必要だ。……女は、……その体に子供を宿すことができる。相手は誰でもいい。種さえあれば、自分の子供だとわかる子供が産める。けれど、男は、女が産んでくれる子供が、はたして自分の種なのかどうなのか、……分からないんだ。……、気が付いたら、ネイプルスの血が途絶えてしまっていた……。そんなことが起こるかもしれない……」
「……」
父は窓の外を見たままだった。
「ダン家は、一人しか生まれない。これは最も強烈な呪いだよ。常に一人っ子だ。だから、ダン家は大事に大事に子供を育てる。……ビスマス家は、狂うんだ。……十歳を過ぎるあたりから、精神がおかしくなり始める子が多くてな。……、昔はそんな子供を幽閉していたらしい。今では狂う原因が分かっているから、生まれた頃からケアを受けている。だから王も王子も王女も普通だな。そういえば、狂ったビスマス王に刺されて死んだグロウ王がいたらしいぞ。はは。祖王の四人の王妃たちは、一体なにを考えていたんだか。……まったく、……どうしろっていうんだよ」
父というよりも、ジョーヌ・ブリアン個人として喋っているように感じた。いや、半分独り言かもしれない。
それから父は黙り、流れてゆく景色をぼんやり眺めている。
その横顔をジャロリーノは見つめ続け、考えるのだ。
四王家にはそれぞれ三つずつの呪いがかけられている。
グロウ家には短命の呪いと同性愛の呪い。
もう一つは?
ネイプルス家には、男子しか生まれない呪い。
あと、二つは?
父上、あと二つ、どんな呪いがかけられているのですか?
もしも叶うなら、三つのうちの一つの呪いは、グロウ家と同じ同性愛の呪いでありますように。
そうすれば、自分は恋と劣情を受け入れることができる。
けれど、違うのだろう。
ジャロリーノはそっと父の横顔から視線を外した。
窓の外には王宮に似た建物が見えてきた。
王宮はスワン宮と言われている。そのそばにはスワン城という純白の城が建っている。そして湖の上にある。
窓の外に見えるのは、漆黒の王宮だ。城はない。湖の上にはない。
奴隷宮だ。
別名、黒鳥。ブラックスワン宮。
七人の奴隷王が頂にいる、高級奴隷の住まう巨大な建物である。
「ジャロリーノ」
「はい、父上」
「黒鳥に入ったら、まず先に少し仕事を片付けなければならない」
「はい」
「お前には少し酷かもしれないが、傍にいるように」
「はい、父上」
「……少し、嫌なものを見るかもしれない。少し、辛いかもしれない。……しかし、お前は今後、私の後を継いでこの仕事をする可能性がある」
「……! ……はい、父上」
「……だから、どうか、傍にいて見ていて欲しい。我慢を強いる。すまない」
一体どのような仕事なのだろう。
ジャロリーノは少し不安ではあったが、父を失望させるわけにはいかないと、胸を張って答えた。
「大丈夫です、父上。僕はこれでも、父上の子ですから。兄様たちの弟ですから」
「そうか」
父はまた、あの優しい笑みをくれた。
怖い人だと思ってたけれど、それは思い違いだったのかもしれない。
ジャロリーノの心臓が、再び割れそうになった。
痛くはない。
苦しいのだ。
なぜかは分からない。
続く。
「す、すみません! 父上!」
「いや、構わない。早く乗りなさい。体を冷やしてはいけない」
「はいっ」
急いで乗り込み、扉が閉められる。
そこでジャロリーノは父と二人きりであることに気がついた。
一気に緊張した。
運転手がいるとはいえ、それは空気のようなものだ。
向かい合わせに座る後部座席。
父は進行方向とは反対向きに座っていた。ジャロリーノは進行方向を向いて座った。
正面に座るのは緊張したが、ジャロリーノはなんとか父の真ん前の位置についた。
そして姿勢を正す。
「あ、あの、遅くなってしまい、申し訳ありません。……今後、気を付けます……」
声が震えてしまった。
「…………」
「……その、つい、話しに夢中になってしまいました」
「アフタとか」
「はい」
「…………」
父はジャロリーノをじっと見ていた。曇りのないエメラルドの瞳。それに射抜かれていると思うと身がすくむ。
心の中の隅々まで見られているのではないかと不安になる。
「…………、どんな話を?」
「は、はい。その……、」
下らない話です、そう言おうとしたが、泣きながら踞るアフタの姿が過り、嘘でも下らないとは口にできなかった。
「えーと……、呪いの話です……、グロウ家にかけられているという……」
「っ! 短命の呪いか」
「え、」
ジャロリーノにとってそれは思いがけない言葉だった。
父は眉を僅かにゆがめた。
「……、アフタの前で不用意な発言をしてしまっていたか……、気にしていただろう?」
ジャロリーノはそこで初めて、同性愛なんかよりずっと恐ろしい呪いのことを意識した。
グロウ家には、短命の呪いがかけられている。
確かにアフタはそう言っていた。
なんでもないように、言っていた。
けれど、それは聞き流していいものではなかったのだ。
ジャロリーノの口の中がからからに乾いた。
「父上、……父上、アフタは死んでしまうんでしょうか?」
「……、さあ。私には分からない。……誰にも分からないんだ。こればかりはな」
「呪いというのはなんなのですか? 本当の話なんですか」
ジャロリーノは問い詰めたい気持ちをなんとか抑え、父の返事をじっと待った。
「さあ。本当かどうかは分からないが、……これまで呪いの通りになっている。……、祖王の四人の王妃たちが掛け合ったという呪いだ。四つの血筋にそれぞれ三つずつ」
「……ネイプルスにもあるんですか」
「無論だ」
「それは、……いえ、それは今はいいです。ネイプルスのことより、その、……呪いの通りになっているということは、……アフタは……」
「若くして死ぬという意味ではない。グロウ家の短命の呪いというのは、天寿を全うしないという呪いだ。他殺か、自殺。たまに事故死もあるが、その二つで必ず死んでいる。子供の頃に毒殺された場合もあるし、大人になってからテロリストによって射殺されるということもある。もしくは、……自殺だ。……アフタからもう一つの呪いは聞いたのか?」
ジャロリーノはこくりとうなずいた。
「そうか。……であれば、自殺の理由もだいたい分かるだろう? アフタは、それに悩んでいたか?」
父は心配そうに言った。
「……二つ目の呪いに関しては、あまり悩んではいないようでした。周りに知られるのはちょっと困るとは言っていましたけれど……」
「なら、……自殺の線は低いだろう」
ジャロリーノの答えにほっとしたような顔をしたかと思えば、すぐに難しい顔つきに変わる。
「ユーサリーがあの性格でまだ生きているというのが不思議なんだ。あいつを嫌っていたり恨んでいる奴は多いだろうに。なぜか殺されずに生きている。グロウ家最年長なのではないか?」
「……グロウ家は、そんなに早く死んでしまうのですか」
アフタは、死んでしまうのだろうか。
死んでしまう?
父はそっと瞳を閉じた。
そしてゆっくりと目を開ける。
その視線は少し下を向いていた。
「……グロウ家は多産だ。早婚でもある。それは、いつどんなところで殺されるか分からないため、子供を作れる年齢になったらすぐに跡取りを作る、そのためだ。……が、もう一つの呪いによって上手くいかない。特に呪いの強度が強いときは、子孫を作る行為自体が、自殺の理由になりかねない。だから一人でも多くの子供を作っておきたい、しかしそれが精神的に困難。……、ユーサリーがイライラしているのも、呪いの狭間で、心が落ち着くことがないんだ。……その点、アフタは落ち着いているな。あまり呪いの強度が強くないのかもしれない。ユーサリーの子供たちは呪いに抗う力が強いのだろうな」
「本当ですか? じゃあ、アフタは大丈夫ですか?」
「こればかりは分からない。……先代のグロウ王も、突然殺されたんだ。ユーサリーと違い、敵は多くなかった。……愛されている人だった。……アフタも、落ち着いた性格であるし、しっかりした子だ。……愛されていても殺されることもある、嫌われていても生きていることもある……、けれど、嫌われていてクーデターで死んだグロウ王もいるし、愛されたため、自殺を選らんだグロウ王もいる。……どうなるか、こればかりは、ほんとうに分からないんだ」
ジャロリーノはいつの間にか震えていた手をぎゅっと握りしめた。
今、アフタは大丈夫だろうか。
ネイプルス城に暗殺者とかが忍び込んでいて、殺されてしまったりしないだろうか。
「あの、……あの、父上、……ネイプルス城は安全でしょうか? アフタは安全ですか?」
「大丈夫だ。ネイプルス城はこの国で一番強固な警備と警護が敷かれている。グロウ城や王宮よりも安全だ」
「けれど、ネイプルスの森を囲う柵は開け放たれています。不審な輩が入り放題ではないですか?」
「ジャロリーノ。安心しなさい。心配するな。大丈夫だ。ネイプルス城は安全だから。なんぴとたりとも、……不審な輩など侵入させたりはしない」
ネイプルス王がそういうのならば、そうなのだろう。ジャロリーノは若干の不安を残しつつも、父の言うことを信じることにした。
ああ、けれど、アフタが死んでしまうかもしれない。
泣きながら蹲るアフタ。
どうして抱きしめてあげなかったのだろう。
どうして一人にしてしまったのだろう。
「……、自殺とかしないですよね……?」
「心配なのはわかる。しかし、こればかりは、他の三家にはどうしようもないんだ。自分たちの力で抗わなないといけない。……とはいえ、自殺を止める方法はある。傍にいて力になってやることだ。相談を聞いてやるだけでだいぶ変わるだろう。もしもアフタが苦しんでいるようなら、傍にいてあげなさい。よくアフタを観察して、少しでも苦しそうな気配があったら、一人にさせず、寄り添ってやるんだ」
「わかりました父上。僕はアフタの傍にいます」
ジャロリーノは父のエメラルドアイを見つめて誓った。
父は優しく笑った。
笑顔の父を見たとき、ジャロリーノの心臓が割れそうになった。
痛みではなく、苦しさが襲ったのだ。
なぜそうなったのか分からなかった。
ジャロリーノは下唇をかみしめ、うつむいた。
「ジャロリーノ、お前の思うよりもずっと……、グロウはあっけなく死んでしまうんだよ……。残されて悲しい思いをしたくないなら、傍にいてやるんだ」
「はい、……父上」
父の声が降ってくる。
父はユーサリー・グロウ卿を思っているのだろうか。笑顔と同じくらい優しい声だった。
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「ジャロリーノ。ネイプルスの話もしておこう」
父がそう言ったのは先ほどの会話が終わってしばらくしてからで、静寂の中に突然降ってきた。
「ネイプルスにはな、男しか生まれない呪いがかけられている」
窓の外を見ながら父はつぶやくように言った。
それを聞き、グロウ家の呪いに比べてなんだか軽い呪いだと思った。
そのジャロリーノの心の中を、父は見透かしていた。
「大したことのない呪いだと思っていると、足元をすくわれるぞ」
「えっ、」
「男はな、女よりも弱いんだ」
「……そう、でしょうか?」
「腕っぷしの話ではない。体の大きさとかの話でもないんだ。……子供の話さ」
「……子供の頃は、女の子と大差ないですからね」
「そうゆう話でもない。……男はな、すぐ死ぬんだよ。病気になりやすいんだ。医療はどんどん進化してるため、今では様々な治療法や薬が開発されている。しかし、はるか昔、病気になったらわずかな薬草と祈祷に頼っていた時代だったら、どうだろう? 男児は女児よりもあっけなく死んでいった。特に、七歳になる前の子供というのは、ちょっと腹を下しただけで死んでしまうことがあるんだ。ネイプルスの歴史の中、十歳に満たずに死んでいった子供は大勢いる。多分、他の男児よりも体が弱く生まれてきていたんじゃないだろうか。……そして、男というのは、子供を作ることに女が必要だ。……女は、……その体に子供を宿すことができる。相手は誰でもいい。種さえあれば、自分の子供だとわかる子供が産める。けれど、男は、女が産んでくれる子供が、はたして自分の種なのかどうなのか、……分からないんだ。……、気が付いたら、ネイプルスの血が途絶えてしまっていた……。そんなことが起こるかもしれない……」
「……」
父は窓の外を見たままだった。
「ダン家は、一人しか生まれない。これは最も強烈な呪いだよ。常に一人っ子だ。だから、ダン家は大事に大事に子供を育てる。……ビスマス家は、狂うんだ。……十歳を過ぎるあたりから、精神がおかしくなり始める子が多くてな。……、昔はそんな子供を幽閉していたらしい。今では狂う原因が分かっているから、生まれた頃からケアを受けている。だから王も王子も王女も普通だな。そういえば、狂ったビスマス王に刺されて死んだグロウ王がいたらしいぞ。はは。祖王の四人の王妃たちは、一体なにを考えていたんだか。……まったく、……どうしろっていうんだよ」
父というよりも、ジョーヌ・ブリアン個人として喋っているように感じた。いや、半分独り言かもしれない。
それから父は黙り、流れてゆく景色をぼんやり眺めている。
その横顔をジャロリーノは見つめ続け、考えるのだ。
四王家にはそれぞれ三つずつの呪いがかけられている。
グロウ家には短命の呪いと同性愛の呪い。
もう一つは?
ネイプルス家には、男子しか生まれない呪い。
あと、二つは?
父上、あと二つ、どんな呪いがかけられているのですか?
もしも叶うなら、三つのうちの一つの呪いは、グロウ家と同じ同性愛の呪いでありますように。
そうすれば、自分は恋と劣情を受け入れることができる。
けれど、違うのだろう。
ジャロリーノはそっと父の横顔から視線を外した。
窓の外には王宮に似た建物が見えてきた。
王宮はスワン宮と言われている。そのそばにはスワン城という純白の城が建っている。そして湖の上にある。
窓の外に見えるのは、漆黒の王宮だ。城はない。湖の上にはない。
奴隷宮だ。
別名、黒鳥。ブラックスワン宮。
七人の奴隷王が頂にいる、高級奴隷の住まう巨大な建物である。
「ジャロリーノ」
「はい、父上」
「黒鳥に入ったら、まず先に少し仕事を片付けなければならない」
「はい」
「お前には少し酷かもしれないが、傍にいるように」
「はい、父上」
「……少し、嫌なものを見るかもしれない。少し、辛いかもしれない。……しかし、お前は今後、私の後を継いでこの仕事をする可能性がある」
「……! ……はい、父上」
「……だから、どうか、傍にいて見ていて欲しい。我慢を強いる。すまない」
一体どのような仕事なのだろう。
ジャロリーノは少し不安ではあったが、父を失望させるわけにはいかないと、胸を張って答えた。
「大丈夫です、父上。僕はこれでも、父上の子ですから。兄様たちの弟ですから」
「そうか」
父はまた、あの優しい笑みをくれた。
怖い人だと思ってたけれど、それは思い違いだったのかもしれない。
ジャロリーノの心臓が、再び割れそうになった。
痛くはない。
苦しいのだ。
なぜかは分からない。
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