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《15》
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車の目の前にな巨大な門が迫っていた。
扉が閉まっている。しかし車がスピードを緩めることはなかった。
門に近づくと、扉が開かれた。
そして通過すると閉じる。
ジャロリーノは後ろを振り返りながら、不思議だなと首をかしげた。
この車に誰が乗っているのか、どうやって分かったのだろう。
黒い宮殿の庭は白銀に光っていた。
庭の木々が氷細工の様になっている。
ちらほらと庭の雪かきをしている人が見えた。
「あの雪かきをしている人もやはり奴隷身分なのですか」
「基本的にはそうだな。しかし一般市民かもしれない」
「市民階級が奴隷階級の宮殿で働くのですか」
「はは。私は王族階級だが、ここで働いているぞ」
「あ、……そうですね」
「黒鳥は身分庁の所属部署だから、身分庁の職員が出向している場合もあるんだ」
それはジャロリーノにとって思いがけない事実だった。
奴隷は奴隷で管理を行っているものだとばかり思っていた。奴隷王の力が強く、国での管理は難しいと聞いたことがあるからだ。
だからこそ、奴隷制度がこの国ではまかり通ってるのだと。
「だが」
父は強調した。
「身分庁の中で、黒鳥に対する拘束力はほとんどないに等しい。奴隷がアウロラ国民であるという象徴であるために、黒鳥を身分庁の一部署として書類に記載している、そんな程度のものだ。あの中では奴隷こそが『国民』の頂点に立っている」
「……、では、……僕はあの中で、国民の中の最下層になる……わけですか?」
「……そうゆうわけではない。……奴隷にとって、有益な相手は丁重に対応されるだろう。しかし、奴隷にとってなんの利にもならない相手には、少々手厳しい場所、それだけだな」
「……奴隷にとっての有益とはなんなのでしょうか」
「優しいご主人様、力のあるご主人様、そんなところだ。なんの力もない一般市民が入り込んだら、ドブネズミが入り込んだような手荒い歓迎をされるだろうな。……どこぞの大富豪だの、どこぞの大反社会組織だのは、また別格だが」
優しく、力のある、ご主人様。
ジャロリーノは口の中で反芻した。
優しく、力のある、ご主人様。
「では、奴隷というのは主に仕えることは前提として生きているのですね?」
「黒鳥ではそうだな。高級奴隷、もしくは特殊訓練を積んだ能力の高い職業奴隷が集められている」
「黒鳥以外では違う? ……黒鳥以外の場所とはどこなのでしょう?」
「黒鳥以外にも、奴隷商というのは全国のいたるところに店を構えている。そうゆうところでは、一般的な奴隷を売買している」
「売買……」
「ネイプルス城にもいるだろう? 主に仕えたり、給仕をするような手に職を持った奴隷とは違い、雑用をする奴隷たち」
「はい」
「そういった、ただの奴隷を売買している者がいるのだ。奴隷市場という場所に集ったり、事務所を構えたりしている。きちんと商売として登録をしているところであれば、まずますその環境は悪くはないが、無登録や奴隷扱い免許を持っていないモグリの輩は奴隷の管理がまずくて、……。そうゆうのを撲滅する組織もあるのだが、いたちごっこだ。きちんと登録している奴隷商は、少し裕福な家の雑用として売ったり、農家や工場に労働者として派遣したりしている。売ったりもするが。……モグリどもは、…………、人身売買の闇だな。強制労働、愛玩動物、嗜虐性志向者のところへ玩具として売り渡したり。売春宿に安く卸したり……。見つけては身分庁で保護し、ケアをして、身分庁で管理するが、外国に売り飛ばされると、こちらではもう追うこともできない。登録しているところでさえ、売ったあとの奴隷のケアをしないところも多いし……。そもそも、成金というのは奴隷の使い方を知らずに買うものだから、問題に発展するんだ」
車は入り口に停まっていた。
しかし父は車から降りようとはしない。
なにか鬱憤がたまっているのだろうか、憎々しげに、しかも早口でしゃべり続けている。
「成金のやつらは奴隷を農耕馬だとでも思っているのか? 農耕馬のほうがまだましな扱いであることさえある。それとも奴隷には人格もなければ感情もなく、知識すらないと考えているようなバカがばかりしかいないのか。まだユーサリーのほうがマシだぞ」
ユーサリー・グロウ卿の奴隷に対する態度は見ていて悲しくなる時がある。
そこまで虐めなくともいいのに、と。
けれど、それさえもマシなほうなのか。
ジャロリーノは、成金の奴隷がどのような扱いをされているのか、想像することさえできなかった。
「そもそも、奴隷は全て私の持ち物だ」
父は言った。
ジャロリーノは、言っている意味が分からなかった。
「奴隷商の総元締めはネイプルスだ。奴隷商には、私の権限の一部を貸しているだけに過ぎない。買ったほうも、奴隷は買い手の完全な所有物だと勘違いしている。奴隷は、私が、貸しているだけだ。その命や尊厳をむやみに軽んじていいと許可した覚えはない。それを忘れた馬鹿共には罰を受けてもらわねばな。私の奴隷たちを、勝手に自分の玩具だと思っている奴らなど、この国にはいらん」
冷酷な男が目の前にいる。そう感じた。
普段、父に対して畏れ多いと感じていたが、それとは違う恐怖があった。冷たく、慈悲のない男。そのように見えた。
「ジャロリーノ。これからお前は酷い場面を目の当たりにするだろう。それを見て、胸がすくかもしれない。しかし、自分のかわいい所有物が、他人によって酷い扱いを受けていると考えろ。他人によってだ。赤の他人に。いいな?」
「は、はい。分かりました、父上」
ジャロリーノは気迫に押されてうなずいた。
「では行くぞ」
父の声で、車のドアがあく。
その外には、壮麗な奴隷たちが列をなして並び、入り口までの道を作っていた。
道の先に、美しい金髪を腰まで垂らした女性がいた。
その女性が鈴がなるような可憐な声で言った。
「ようこそおいでくださいました。ネイプルス王陛下。ネイプルス王子殿下」
可憐な声は、実に良く響いた。
その声に合わせて、左右に列を作っている美しい男女が、同じ言葉を同時に述べる。そして、優雅に頭を下げたのだった。
続く。
扉が閉まっている。しかし車がスピードを緩めることはなかった。
門に近づくと、扉が開かれた。
そして通過すると閉じる。
ジャロリーノは後ろを振り返りながら、不思議だなと首をかしげた。
この車に誰が乗っているのか、どうやって分かったのだろう。
黒い宮殿の庭は白銀に光っていた。
庭の木々が氷細工の様になっている。
ちらほらと庭の雪かきをしている人が見えた。
「あの雪かきをしている人もやはり奴隷身分なのですか」
「基本的にはそうだな。しかし一般市民かもしれない」
「市民階級が奴隷階級の宮殿で働くのですか」
「はは。私は王族階級だが、ここで働いているぞ」
「あ、……そうですね」
「黒鳥は身分庁の所属部署だから、身分庁の職員が出向している場合もあるんだ」
それはジャロリーノにとって思いがけない事実だった。
奴隷は奴隷で管理を行っているものだとばかり思っていた。奴隷王の力が強く、国での管理は難しいと聞いたことがあるからだ。
だからこそ、奴隷制度がこの国ではまかり通ってるのだと。
「だが」
父は強調した。
「身分庁の中で、黒鳥に対する拘束力はほとんどないに等しい。奴隷がアウロラ国民であるという象徴であるために、黒鳥を身分庁の一部署として書類に記載している、そんな程度のものだ。あの中では奴隷こそが『国民』の頂点に立っている」
「……、では、……僕はあの中で、国民の中の最下層になる……わけですか?」
「……そうゆうわけではない。……奴隷にとって、有益な相手は丁重に対応されるだろう。しかし、奴隷にとってなんの利にもならない相手には、少々手厳しい場所、それだけだな」
「……奴隷にとっての有益とはなんなのでしょうか」
「優しいご主人様、力のあるご主人様、そんなところだ。なんの力もない一般市民が入り込んだら、ドブネズミが入り込んだような手荒い歓迎をされるだろうな。……どこぞの大富豪だの、どこぞの大反社会組織だのは、また別格だが」
優しく、力のある、ご主人様。
ジャロリーノは口の中で反芻した。
優しく、力のある、ご主人様。
「では、奴隷というのは主に仕えることは前提として生きているのですね?」
「黒鳥ではそうだな。高級奴隷、もしくは特殊訓練を積んだ能力の高い職業奴隷が集められている」
「黒鳥以外では違う? ……黒鳥以外の場所とはどこなのでしょう?」
「黒鳥以外にも、奴隷商というのは全国のいたるところに店を構えている。そうゆうところでは、一般的な奴隷を売買している」
「売買……」
「ネイプルス城にもいるだろう? 主に仕えたり、給仕をするような手に職を持った奴隷とは違い、雑用をする奴隷たち」
「はい」
「そういった、ただの奴隷を売買している者がいるのだ。奴隷市場という場所に集ったり、事務所を構えたりしている。きちんと商売として登録をしているところであれば、まずますその環境は悪くはないが、無登録や奴隷扱い免許を持っていないモグリの輩は奴隷の管理がまずくて、……。そうゆうのを撲滅する組織もあるのだが、いたちごっこだ。きちんと登録している奴隷商は、少し裕福な家の雑用として売ったり、農家や工場に労働者として派遣したりしている。売ったりもするが。……モグリどもは、…………、人身売買の闇だな。強制労働、愛玩動物、嗜虐性志向者のところへ玩具として売り渡したり。売春宿に安く卸したり……。見つけては身分庁で保護し、ケアをして、身分庁で管理するが、外国に売り飛ばされると、こちらではもう追うこともできない。登録しているところでさえ、売ったあとの奴隷のケアをしないところも多いし……。そもそも、成金というのは奴隷の使い方を知らずに買うものだから、問題に発展するんだ」
車は入り口に停まっていた。
しかし父は車から降りようとはしない。
なにか鬱憤がたまっているのだろうか、憎々しげに、しかも早口でしゃべり続けている。
「成金のやつらは奴隷を農耕馬だとでも思っているのか? 農耕馬のほうがまだましな扱いであることさえある。それとも奴隷には人格もなければ感情もなく、知識すらないと考えているようなバカがばかりしかいないのか。まだユーサリーのほうがマシだぞ」
ユーサリー・グロウ卿の奴隷に対する態度は見ていて悲しくなる時がある。
そこまで虐めなくともいいのに、と。
けれど、それさえもマシなほうなのか。
ジャロリーノは、成金の奴隷がどのような扱いをされているのか、想像することさえできなかった。
「そもそも、奴隷は全て私の持ち物だ」
父は言った。
ジャロリーノは、言っている意味が分からなかった。
「奴隷商の総元締めはネイプルスだ。奴隷商には、私の権限の一部を貸しているだけに過ぎない。買ったほうも、奴隷は買い手の完全な所有物だと勘違いしている。奴隷は、私が、貸しているだけだ。その命や尊厳をむやみに軽んじていいと許可した覚えはない。それを忘れた馬鹿共には罰を受けてもらわねばな。私の奴隷たちを、勝手に自分の玩具だと思っている奴らなど、この国にはいらん」
冷酷な男が目の前にいる。そう感じた。
普段、父に対して畏れ多いと感じていたが、それとは違う恐怖があった。冷たく、慈悲のない男。そのように見えた。
「ジャロリーノ。これからお前は酷い場面を目の当たりにするだろう。それを見て、胸がすくかもしれない。しかし、自分のかわいい所有物が、他人によって酷い扱いを受けていると考えろ。他人によってだ。赤の他人に。いいな?」
「は、はい。分かりました、父上」
ジャロリーノは気迫に押されてうなずいた。
「では行くぞ」
父の声で、車のドアがあく。
その外には、壮麗な奴隷たちが列をなして並び、入り口までの道を作っていた。
道の先に、美しい金髪を腰まで垂らした女性がいた。
その女性が鈴がなるような可憐な声で言った。
「ようこそおいでくださいました。ネイプルス王陛下。ネイプルス王子殿下」
可憐な声は、実に良く響いた。
その声に合わせて、左右に列を作っている美しい男女が、同じ言葉を同時に述べる。そして、優雅に頭を下げたのだった。
続く。
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