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367.大作の謝罪
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美羽はおそるおそる大作に声をかけた。
「ぁの……お義母さんと離婚する意思は、ないんですよね?」
「……ない」
「だったら……もう少し、その……譲歩というか、今までのことを謝罪、するようなつもりは、ない……ですか?」
大作が美羽を見上げた。だが、いつものような睨む力強さはその眼差しになく、迷いに満ちた救いを求めるような視線だった。
「分からん、のだ」
「分からない、って……」
もしや、自分のどこが悪かったのか分からないという意味だろうか。そうだとしたら、琴子との関係修復は絶望的だ。
「俺は……見合いで結婚してから、あいつに今まで一度も謝ったことがない。それが男というものだと育てられてきたし、たとえ夫に否があったとしても、妻は黙ってついてくるのが普通なのだと思っていた。
だから、分からんのだ。あいつに……どう言えばいいのか」
ぇ。っていうことは……
「お義父さん……ご自分に悪いところがあったと、思っているんですか」
意外だというような美羽の口調に、大作は目くじらを立てかけたが、慌てて咳をして誤魔化した。
「ゴホッゴホッ……ま、まぁ、少しはな。あいつにも悪いところはあるが。勝手に自分の意見だけ言って、出て行って。こっちの都合も考えんと」
琴子から離婚を突きつけられるなど、晴天の霹靂だった大作にとっては、彼女の行動は自分勝手に思えたのかもしれない。
美羽にだって、そうだ。まさかあの大人しく従順だった姑に、あんな一面があっただなんて、今まで気づきもしなかった。義昭でさえ、変貌した母親に面食らっていた。
今まで、誰一人として本当の彼女を理解していなかったのだ。
「お義母さん、いつも耐えていらっしゃいました。何を言われても文句を言わず、私にも色々と気遣ってくださってましたし。この家も……」
美羽は、周りを見回した。
「いつ来ても塵ひとつなく綺麗に掃除されていて、庭の手入れも見事で、お料理もたくさん教えていただきました。嫁の私が言うのもなんですが、とても……できた奥様だと、思います」
琴子のことを大作の目の前で称賛する日が訪れるなんて、思ってもみなかった。
大作は無言のままだ。その沈黙がとても重い。
「……お義父さんから謝れば、お義母さんももしかしたら、気持ちが変わられるかもしれませんよ」
大作は、じっと沈黙を守ったままだ。息苦しくなってくる。
きっと大作を変えることはできない。いや、誰もがそうだ。
誰かを変えようと、言葉やきっかけを与えたところで、結局は本人が変わろうと思わなければ、どんなに他人が働きかけても無理なのだ。
それは、美羽自身にも言えること。自身を変えることが出来ずにいる自分が、大作を変える力などない、意見する資格などないことは重々承知だった。けれど、大作の現状を見ていたら、言わずにはいられなかった。
特に大作のような昔気質の男性には、自分を変えることは難しいのだろう。美羽がここに来た意味は、なにもなかったということだ。
「では私……これで、お暇しますね。お邪魔しました」
美羽が立ち上がると、ガバッと大作が見上げた。
「そ、その……」
「?」
「あぁ……あの時は、すまん……かった」
大作が目を伏せた。
「あの、時って……?」
「……あいつが、離婚を口にした時。俺は頭にカーッと血が上って、あんたに対しても……酷いことを、言った」
言われて、思い出した。
離婚宣告をした琴子に大作が激昂し、徳利を投げつけたので美羽が庇った時のことだ。普段は大作に対して怯えて何も言えなかった美羽が、この時ばかりはあまりのことに大作に意見したのだった。
『いくら納得できないからって、暴力をふるうなんてあんまりです……』
そんな美羽に対し、大作は、
『うるさいっ! お前の口出しすることじゃないっ!!』
と言ったばかりか、義昭にまで火の粉を降り注いだ。
『お前は嫁の教育もなってないのか!! 長男の嫁たるもの、義父に口答えするなどありえんことだ!
だからお前は、いつまで経ってもうだつが上がらんのだ!!』
大作のしたことを思い出すと、やはり琴子に離婚宣告を突きつけられても自業自得だと言わざるを得ない。
そんな彼が、殊勝な態度を見せている。
「すまん、かった」
美羽は、思わずあんぐりと口を開けてしまった。
大作が美羽に対して謝罪の言葉を口にするなんて、よほど独りの生活が堪えたのだろう。
「その言葉……ぜひ、お義母さんにも伝えてあげてください」
励ますように促した美羽に、大作は大きく溜息を吐いた。
「あんたなら、まだ謝ることもできるが、あいつには……」
「そんな意地を張っていたら、お義母さんの心は離れていくばかりですよ」
「わかっとる。
わかっとるが……簡単じゃ、ないんだ」
そう大作は呟いたが、美羽には大作が少しずつでも変わろうとしていることで、細い一筋の希望の光が差し込んでいるように感じた。
実のところ、美羽は大作と琴子がよりを戻すのを望んでいるわけではない。琴子にとっては、大作と離婚し、新たな道を歩む方が幸せに違いないからだ。
40年もの間、夫婦として共に過ごしてきた大作と琴子。琴子は大作の傍若無人な振る舞いにずっと耐えてきた。子供たちからも庇われたり、守られることなく、心に秘めた本音を押し込めて沈黙を保ち、この家を支え続けてきた。
長きに渡って虐げ、軽んじ続けてきた琴子の存在が、どれほど大きかったのか、今になって初めて大作は感じている。
大作が今更謝罪したところで、琴子の気持ちは変わることはないだろうし、大作の元に戻るなどありえないだろう。
けれど、このまま喧嘩別れのような形で離婚するよりも、大作が謝罪し、和解できた上で離婚できたのなら、琴子の結婚生活も少しは報われるし、大作もこれを機に新しい一歩を踏み出すきっかけとなるかもしれない。
「ぁの……お義母さんと離婚する意思は、ないんですよね?」
「……ない」
「だったら……もう少し、その……譲歩というか、今までのことを謝罪、するようなつもりは、ない……ですか?」
大作が美羽を見上げた。だが、いつものような睨む力強さはその眼差しになく、迷いに満ちた救いを求めるような視線だった。
「分からん、のだ」
「分からない、って……」
もしや、自分のどこが悪かったのか分からないという意味だろうか。そうだとしたら、琴子との関係修復は絶望的だ。
「俺は……見合いで結婚してから、あいつに今まで一度も謝ったことがない。それが男というものだと育てられてきたし、たとえ夫に否があったとしても、妻は黙ってついてくるのが普通なのだと思っていた。
だから、分からんのだ。あいつに……どう言えばいいのか」
ぇ。っていうことは……
「お義父さん……ご自分に悪いところがあったと、思っているんですか」
意外だというような美羽の口調に、大作は目くじらを立てかけたが、慌てて咳をして誤魔化した。
「ゴホッゴホッ……ま、まぁ、少しはな。あいつにも悪いところはあるが。勝手に自分の意見だけ言って、出て行って。こっちの都合も考えんと」
琴子から離婚を突きつけられるなど、晴天の霹靂だった大作にとっては、彼女の行動は自分勝手に思えたのかもしれない。
美羽にだって、そうだ。まさかあの大人しく従順だった姑に、あんな一面があっただなんて、今まで気づきもしなかった。義昭でさえ、変貌した母親に面食らっていた。
今まで、誰一人として本当の彼女を理解していなかったのだ。
「お義母さん、いつも耐えていらっしゃいました。何を言われても文句を言わず、私にも色々と気遣ってくださってましたし。この家も……」
美羽は、周りを見回した。
「いつ来ても塵ひとつなく綺麗に掃除されていて、庭の手入れも見事で、お料理もたくさん教えていただきました。嫁の私が言うのもなんですが、とても……できた奥様だと、思います」
琴子のことを大作の目の前で称賛する日が訪れるなんて、思ってもみなかった。
大作は無言のままだ。その沈黙がとても重い。
「……お義父さんから謝れば、お義母さんももしかしたら、気持ちが変わられるかもしれませんよ」
大作は、じっと沈黙を守ったままだ。息苦しくなってくる。
きっと大作を変えることはできない。いや、誰もがそうだ。
誰かを変えようと、言葉やきっかけを与えたところで、結局は本人が変わろうと思わなければ、どんなに他人が働きかけても無理なのだ。
それは、美羽自身にも言えること。自身を変えることが出来ずにいる自分が、大作を変える力などない、意見する資格などないことは重々承知だった。けれど、大作の現状を見ていたら、言わずにはいられなかった。
特に大作のような昔気質の男性には、自分を変えることは難しいのだろう。美羽がここに来た意味は、なにもなかったということだ。
「では私……これで、お暇しますね。お邪魔しました」
美羽が立ち上がると、ガバッと大作が見上げた。
「そ、その……」
「?」
「あぁ……あの時は、すまん……かった」
大作が目を伏せた。
「あの、時って……?」
「……あいつが、離婚を口にした時。俺は頭にカーッと血が上って、あんたに対しても……酷いことを、言った」
言われて、思い出した。
離婚宣告をした琴子に大作が激昂し、徳利を投げつけたので美羽が庇った時のことだ。普段は大作に対して怯えて何も言えなかった美羽が、この時ばかりはあまりのことに大作に意見したのだった。
『いくら納得できないからって、暴力をふるうなんてあんまりです……』
そんな美羽に対し、大作は、
『うるさいっ! お前の口出しすることじゃないっ!!』
と言ったばかりか、義昭にまで火の粉を降り注いだ。
『お前は嫁の教育もなってないのか!! 長男の嫁たるもの、義父に口答えするなどありえんことだ!
だからお前は、いつまで経ってもうだつが上がらんのだ!!』
大作のしたことを思い出すと、やはり琴子に離婚宣告を突きつけられても自業自得だと言わざるを得ない。
そんな彼が、殊勝な態度を見せている。
「すまん、かった」
美羽は、思わずあんぐりと口を開けてしまった。
大作が美羽に対して謝罪の言葉を口にするなんて、よほど独りの生活が堪えたのだろう。
「その言葉……ぜひ、お義母さんにも伝えてあげてください」
励ますように促した美羽に、大作は大きく溜息を吐いた。
「あんたなら、まだ謝ることもできるが、あいつには……」
「そんな意地を張っていたら、お義母さんの心は離れていくばかりですよ」
「わかっとる。
わかっとるが……簡単じゃ、ないんだ」
そう大作は呟いたが、美羽には大作が少しずつでも変わろうとしていることで、細い一筋の希望の光が差し込んでいるように感じた。
実のところ、美羽は大作と琴子がよりを戻すのを望んでいるわけではない。琴子にとっては、大作と離婚し、新たな道を歩む方が幸せに違いないからだ。
40年もの間、夫婦として共に過ごしてきた大作と琴子。琴子は大作の傍若無人な振る舞いにずっと耐えてきた。子供たちからも庇われたり、守られることなく、心に秘めた本音を押し込めて沈黙を保ち、この家を支え続けてきた。
長きに渡って虐げ、軽んじ続けてきた琴子の存在が、どれほど大きかったのか、今になって初めて大作は感じている。
大作が今更謝罪したところで、琴子の気持ちは変わることはないだろうし、大作の元に戻るなどありえないだろう。
けれど、このまま喧嘩別れのような形で離婚するよりも、大作が謝罪し、和解できた上で離婚できたのなら、琴子の結婚生活も少しは報われるし、大作もこれを機に新しい一歩を踏み出すきっかけとなるかもしれない。
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