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16.両親との対面
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高級ホテルの最上階にある中華レストランへ向かうエレベーターの中。
サラは深紅のシルクのタイトドレスに身を包み、やや緊張した面持ちでステファンの隣に立っていた。
「サラ、貴女は思っていることがすぐに顔に表れますから気をつけて下さい。
もし何か言われても、動揺を見せないで下さいね」
「はい……」
黒革のクラッチバッグをぎゅっと握り締め、エレベーターが目的階へと到着したことを知らせる案内音とともに開いた扉の先を見つめ、サラはゆっくりと歩き出した。
お父様とお母様に会うのに、こんなに緊張した気持ちになるのは初めて……
漆塗りに金箔の豪華な装飾のほどこされた重厚な扉を抜け、プライベートルームへと案内される。
両親がそれまでの会話を止め、揃ってサラを見上げた。
「おっ、可愛いプリンセスのご登場だな。いや、美しいプリンセスと言った方がいいか」
「サラ、素敵なドレスですね。よく似合っていますよ」
ふたりは愛娘の成長を眩しく、そして誇らしく見つめていた。
「私には大人っぽ過ぎるかと思ったんですけど……そう言って頂けて、嬉しいですわ」
ステファンの見立ててくれたドレスを褒められて、すごく嬉しい。だなんて、とてもお母様達には言えないですけれど……
サラは嬉しさとともに、小さな罪悪感も抱いた。
「さ、座りましょうか」
ステファンがサッとサラのために椅子を引き、四人掛けの小さい円卓に腰掛けた。
席に着くと中国人のウェイターが、紹興酒をサーブした。この店はシェフを始め、全ての店員が中国人だった。
世界各地に中国移民は広がっているが、ここ英国も例外ではなく、ブリティッシュチャイニーズと呼ばれる中国系英国人が各界で活躍している。
ジョージが小さいグラスを手に取り、杯を掲げる。
「サラ、誕生日おめでとう」
丸テーブルの真ん中で杯を合わせる。
「ありがとうございます」
笑顔でグラスを傾けてから勢いをつけてクイッと飲むと、濃厚な甘苦さが口内に絡みついて喉元がカッと焼け、食道から胃へと焦がしていく。
慌てて、水の入ったグラスを手に取った。
「ははっ、まだ新米の大人だな」
ジョージは、からかいながらも、まだ娘が子供であることへの安心感のような笑みを浮かべた。
サラは水の入ったグラスを手にしたまま、涙目で頷いた。
「サラ、これはお父様と私から貴女に……」
ナタリーが優雅な仕草で腰を低くし、足元に置いてあったフランスの有名なブランドの紙袋をサラに渡した。
「これ……もしかしてオーダーメイドですか?」
中に入っていたのは、どちらも同じベージュの牛革素材のバッグと靴だった。バッグの金具には『Sarah』とイタリック体で刻まれている。このブランドのオーダーメイドは大変人気があり、何年も前から予約が必要だとサラは以前雑誌で読んだことがあった。
ナタリーが艶やかに微笑む。
「淑女として相応しい装いを、とお父様と選んだのですよ」
「ありがとうございます。大切に使います」
ふたりのやりとりを見届け、ステファンは黒革のアタッシュケースから小さい紙袋を出してサラの目の前に置いた。
「サラ、これは私からですよ」
エメラルドグリーンのそれは、一瞥しただけですぐに分かるぐらい有名な宝石店のものだった。中には小さい同色の箱が白いリボンでラッピングされている。
リボンを解くサラの指を、皆が見つめる。
「わぁっ、可愛いっ!」
真っ白な薔薇をモチーフにして小さなダイヤモンドが真ん中に埋め込まれたピアスと、同じデザインのネックレスが入っていた。
「サラは以前、18歳になったらピアスを開けたいと言っていたでしょう?」
覚えてて、くれていましたのね……
イギリスでは生まれてすぐピアスを開ける子も少なくなく、サラの周りにもそういった子がいた。ピアスを開けないのかと聞かれたこともあったし、お誕生日会のお返しにピアスをもらうこともあったため、サラもいつかはピアスを開けたいと思っていたものの、母親のナタリーが快く思っていなかったため、ずっと我慢していたのだった。
そして、ようやく成人になったらという許しを得たのだった。
「嬉しい……ありがとうございます」
サラはとびきりの笑顔を見せ、ステファンはそれに微笑んで答えた。
ナタリーが横からプレゼントを覗く。
「まぁ、可愛らしいデザインね」
円卓には前菜の『海老の刺身と中華冷菜』が運ばれ、和やかに食事が進んだ。
「それにしても、サラがもう18歳とはな。まだまだ子供だと思っていたのに……」
ナタリーから燗の紹興酒を猪口に注いでもらいながら、ジョージは感慨深げにサラを見つめた。
「ふふっ、お父様はサラが成長するのが寂しいんですよ」
ナタリーは少し愉しげに言った。
「いやっ、ナタリー! 私は、サラの成長を嬉しく思っているぞっ」
ジョージの手元の猪口が揺れ、テーブルに零れる。母娘は顔を見合わせて、小さい男の子の可愛い悪戯を見つけたかのように笑った。
「でも、本当に早いわね……あの小さかったサラが。サラを授かったことが分かった時、お父様の喜びようは大変だったんですよ」
「ナ、ナタリー!」
慌てるジョージに、ナタリーは微笑んだ。
「フフッ、いいじゃないですか」
私の生まれた時……
「えぇ、私も知りたいです。ぜひ聞かせて下さい、お母様」
サラは深紅のシルクのタイトドレスに身を包み、やや緊張した面持ちでステファンの隣に立っていた。
「サラ、貴女は思っていることがすぐに顔に表れますから気をつけて下さい。
もし何か言われても、動揺を見せないで下さいね」
「はい……」
黒革のクラッチバッグをぎゅっと握り締め、エレベーターが目的階へと到着したことを知らせる案内音とともに開いた扉の先を見つめ、サラはゆっくりと歩き出した。
お父様とお母様に会うのに、こんなに緊張した気持ちになるのは初めて……
漆塗りに金箔の豪華な装飾のほどこされた重厚な扉を抜け、プライベートルームへと案内される。
両親がそれまでの会話を止め、揃ってサラを見上げた。
「おっ、可愛いプリンセスのご登場だな。いや、美しいプリンセスと言った方がいいか」
「サラ、素敵なドレスですね。よく似合っていますよ」
ふたりは愛娘の成長を眩しく、そして誇らしく見つめていた。
「私には大人っぽ過ぎるかと思ったんですけど……そう言って頂けて、嬉しいですわ」
ステファンの見立ててくれたドレスを褒められて、すごく嬉しい。だなんて、とてもお母様達には言えないですけれど……
サラは嬉しさとともに、小さな罪悪感も抱いた。
「さ、座りましょうか」
ステファンがサッとサラのために椅子を引き、四人掛けの小さい円卓に腰掛けた。
席に着くと中国人のウェイターが、紹興酒をサーブした。この店はシェフを始め、全ての店員が中国人だった。
世界各地に中国移民は広がっているが、ここ英国も例外ではなく、ブリティッシュチャイニーズと呼ばれる中国系英国人が各界で活躍している。
ジョージが小さいグラスを手に取り、杯を掲げる。
「サラ、誕生日おめでとう」
丸テーブルの真ん中で杯を合わせる。
「ありがとうございます」
笑顔でグラスを傾けてから勢いをつけてクイッと飲むと、濃厚な甘苦さが口内に絡みついて喉元がカッと焼け、食道から胃へと焦がしていく。
慌てて、水の入ったグラスを手に取った。
「ははっ、まだ新米の大人だな」
ジョージは、からかいながらも、まだ娘が子供であることへの安心感のような笑みを浮かべた。
サラは水の入ったグラスを手にしたまま、涙目で頷いた。
「サラ、これはお父様と私から貴女に……」
ナタリーが優雅な仕草で腰を低くし、足元に置いてあったフランスの有名なブランドの紙袋をサラに渡した。
「これ……もしかしてオーダーメイドですか?」
中に入っていたのは、どちらも同じベージュの牛革素材のバッグと靴だった。バッグの金具には『Sarah』とイタリック体で刻まれている。このブランドのオーダーメイドは大変人気があり、何年も前から予約が必要だとサラは以前雑誌で読んだことがあった。
ナタリーが艶やかに微笑む。
「淑女として相応しい装いを、とお父様と選んだのですよ」
「ありがとうございます。大切に使います」
ふたりのやりとりを見届け、ステファンは黒革のアタッシュケースから小さい紙袋を出してサラの目の前に置いた。
「サラ、これは私からですよ」
エメラルドグリーンのそれは、一瞥しただけですぐに分かるぐらい有名な宝石店のものだった。中には小さい同色の箱が白いリボンでラッピングされている。
リボンを解くサラの指を、皆が見つめる。
「わぁっ、可愛いっ!」
真っ白な薔薇をモチーフにして小さなダイヤモンドが真ん中に埋め込まれたピアスと、同じデザインのネックレスが入っていた。
「サラは以前、18歳になったらピアスを開けたいと言っていたでしょう?」
覚えてて、くれていましたのね……
イギリスでは生まれてすぐピアスを開ける子も少なくなく、サラの周りにもそういった子がいた。ピアスを開けないのかと聞かれたこともあったし、お誕生日会のお返しにピアスをもらうこともあったため、サラもいつかはピアスを開けたいと思っていたものの、母親のナタリーが快く思っていなかったため、ずっと我慢していたのだった。
そして、ようやく成人になったらという許しを得たのだった。
「嬉しい……ありがとうございます」
サラはとびきりの笑顔を見せ、ステファンはそれに微笑んで答えた。
ナタリーが横からプレゼントを覗く。
「まぁ、可愛らしいデザインね」
円卓には前菜の『海老の刺身と中華冷菜』が運ばれ、和やかに食事が進んだ。
「それにしても、サラがもう18歳とはな。まだまだ子供だと思っていたのに……」
ナタリーから燗の紹興酒を猪口に注いでもらいながら、ジョージは感慨深げにサラを見つめた。
「ふふっ、お父様はサラが成長するのが寂しいんですよ」
ナタリーは少し愉しげに言った。
「いやっ、ナタリー! 私は、サラの成長を嬉しく思っているぞっ」
ジョージの手元の猪口が揺れ、テーブルに零れる。母娘は顔を見合わせて、小さい男の子の可愛い悪戯を見つけたかのように笑った。
「でも、本当に早いわね……あの小さかったサラが。サラを授かったことが分かった時、お父様の喜びようは大変だったんですよ」
「ナ、ナタリー!」
慌てるジョージに、ナタリーは微笑んだ。
「フフッ、いいじゃないですか」
私の生まれた時……
「えぇ、私も知りたいです。ぜひ聞かせて下さい、お母様」
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