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40.ステファンの変化
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ステファンが立ち上がり、ゆっくりとピアノから離れた。
皆にドイツ語で何か告げた後、サラの元へと来ると頭に手を優しく置いた。
「様子を、見てきます……」
小さく頷いたサラを確認すると髪を撫で下ろし、ステファンの指先が離れた。
その感触が離れてしまったことを寂しく思っていると、ベンジャミンが話しかけた。
「ステファンの弾く『シューベルトのセレナーデ』をノアは大好きだったから、その印象が変わっちゃって、それでノアは怒って出て行っちゃったんだ」
「印象が、変わった……って?」
どういう意味ですの?
「うん。僕も……っていうか、ここにいたみんなが驚いたと思うけど、ステファンの弾く『セレナーデ』は、もっと悲しげで、切なくて、胸が掻き毟られるような苦しさを伴ってたんだよね……まるで、叶わない恋心を嘆いているような。
それが、今日の演奏ではまるで違っていた。愛に満ち溢れていて、恋人にその想いを今すぐにでも伝えんとせんばかりの幸せが、鍵盤から流れ出していたんだ……」
ステファンが、サラに演奏前に告げた言葉を思い出す。
『この曲を貴女に捧げます……』
それは、私を想って演奏してくれたから、ってこと……なのですよね? その変化は……良くない、ことなのですか?
音楽に疎い私には、分かりません。
すると、ラインハルトがサラの顔を見ながら何か話しかけ、それをベンジャミンが通訳してくれる。
「ラインハルトは、ステファンの変化は悪いことではない。むしろ、喜ばしい変化だって言ってる。本来、『シューベルトのセレナーデ』は恋人に愛を告げるための曲だし、愛情が満ち溢れたステファンの演奏は素晴らしかったって」
それを聞いて、サラはホッとした。
ラファエルは長い脚を組み替えると、含みのある笑みを浮かべた。
「印象が変わったから怒ってるんじゃないわよ……嫉妬よ、嫉妬」
嫉妬……
ピアノの演奏からステファンの心情まで引き出して、嫉妬まで感じてしまう、なんて……
それ程、ノアがステファンと近い関係にあったのかと、サラは暗い気持ちに陥った。
ベンジャミンがラファエルの言葉を受けて、補足するようにサラに説明した。
「ノアはさぁ、ラインハルトというよりは、ステファンの演奏に憧れてここに来たんだ。いつもステファンの後を追いかけて、彼の演奏スタイルを真似してた。そんなノアを、ステファンも可愛がっててさ。あ、恋愛的な意味じゃなくてね、弟みたいなもんかな。まぁ、ステファンもノアの音楽的センスや才能には一目置いてたしね。
だから、ステファンが帰国した時はもう大変だったよ、塞ぎこんじゃってさぁ……かなり長い間、ピアノに触れることもしなかったな……
それで、ようやく再会出来たと思ったら演奏がまるで変わっちゃってて、それが凄くショックだったみたいだね」
ノアとステファンの過ごした日々を思うと、サラは胸が痛くなった。
ステファンがノアに対して恋愛感情がないことは分かっていますが、『弟のような存在』というだけで心が揺れてしまいます。どれだけ、私は独占欲が強いのでしょう。
ステファンにとって私だけが、特別な存在でいて欲しい……と、強く願ってしまうのです。
ラファエルが脚を組んだ膝に反対側の肘を載せ、整えられた顎鬚を艶めかしい細く筋張った指先で弄る。その仕草からも溢れんばかりの色香を感じた。フフッとラファエルが、妖艶な笑いを響かせる。
「ステファンの演奏する愛の曲は、いつもどこか憂いと哀しみを帯びていたわ。
それを変えたのは……いったい、誰なのかしらね」
その言葉にサラの心臓がドキンッと音をたてるかのように跳ね上がり、心拍数が急激に速まる。
「あっ、あの……私。心配なので、様子を見てきますね」
そう言ってサラは立ち上がった。
「3階の一番奥が、ノアの部屋だよ」
ベンジャミンが教えてくれた。
皆にドイツ語で何か告げた後、サラの元へと来ると頭に手を優しく置いた。
「様子を、見てきます……」
小さく頷いたサラを確認すると髪を撫で下ろし、ステファンの指先が離れた。
その感触が離れてしまったことを寂しく思っていると、ベンジャミンが話しかけた。
「ステファンの弾く『シューベルトのセレナーデ』をノアは大好きだったから、その印象が変わっちゃって、それでノアは怒って出て行っちゃったんだ」
「印象が、変わった……って?」
どういう意味ですの?
「うん。僕も……っていうか、ここにいたみんなが驚いたと思うけど、ステファンの弾く『セレナーデ』は、もっと悲しげで、切なくて、胸が掻き毟られるような苦しさを伴ってたんだよね……まるで、叶わない恋心を嘆いているような。
それが、今日の演奏ではまるで違っていた。愛に満ち溢れていて、恋人にその想いを今すぐにでも伝えんとせんばかりの幸せが、鍵盤から流れ出していたんだ……」
ステファンが、サラに演奏前に告げた言葉を思い出す。
『この曲を貴女に捧げます……』
それは、私を想って演奏してくれたから、ってこと……なのですよね? その変化は……良くない、ことなのですか?
音楽に疎い私には、分かりません。
すると、ラインハルトがサラの顔を見ながら何か話しかけ、それをベンジャミンが通訳してくれる。
「ラインハルトは、ステファンの変化は悪いことではない。むしろ、喜ばしい変化だって言ってる。本来、『シューベルトのセレナーデ』は恋人に愛を告げるための曲だし、愛情が満ち溢れたステファンの演奏は素晴らしかったって」
それを聞いて、サラはホッとした。
ラファエルは長い脚を組み替えると、含みのある笑みを浮かべた。
「印象が変わったから怒ってるんじゃないわよ……嫉妬よ、嫉妬」
嫉妬……
ピアノの演奏からステファンの心情まで引き出して、嫉妬まで感じてしまう、なんて……
それ程、ノアがステファンと近い関係にあったのかと、サラは暗い気持ちに陥った。
ベンジャミンがラファエルの言葉を受けて、補足するようにサラに説明した。
「ノアはさぁ、ラインハルトというよりは、ステファンの演奏に憧れてここに来たんだ。いつもステファンの後を追いかけて、彼の演奏スタイルを真似してた。そんなノアを、ステファンも可愛がっててさ。あ、恋愛的な意味じゃなくてね、弟みたいなもんかな。まぁ、ステファンもノアの音楽的センスや才能には一目置いてたしね。
だから、ステファンが帰国した時はもう大変だったよ、塞ぎこんじゃってさぁ……かなり長い間、ピアノに触れることもしなかったな……
それで、ようやく再会出来たと思ったら演奏がまるで変わっちゃってて、それが凄くショックだったみたいだね」
ノアとステファンの過ごした日々を思うと、サラは胸が痛くなった。
ステファンがノアに対して恋愛感情がないことは分かっていますが、『弟のような存在』というだけで心が揺れてしまいます。どれだけ、私は独占欲が強いのでしょう。
ステファンにとって私だけが、特別な存在でいて欲しい……と、強く願ってしまうのです。
ラファエルが脚を組んだ膝に反対側の肘を載せ、整えられた顎鬚を艶めかしい細く筋張った指先で弄る。その仕草からも溢れんばかりの色香を感じた。フフッとラファエルが、妖艶な笑いを響かせる。
「ステファンの演奏する愛の曲は、いつもどこか憂いと哀しみを帯びていたわ。
それを変えたのは……いったい、誰なのかしらね」
その言葉にサラの心臓がドキンッと音をたてるかのように跳ね上がり、心拍数が急激に速まる。
「あっ、あの……私。心配なので、様子を見てきますね」
そう言ってサラは立ち上がった。
「3階の一番奥が、ノアの部屋だよ」
ベンジャミンが教えてくれた。
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