66 / 156
57.彼にとってベストの選択
しおりを挟む
「そ、そんなの勝手です! 英国にだって、ステファンのファンはたくさんいます。彼を必要としているのは、ウィーンに住んでいる人たちだけではありません!」
自分がステファンを必要としている。
そう言うとただの我儘でしかないので、サラは英国のファンを引き合いに出して反論した。
ステファンだって、きっと英国での暮らしの方が快適なはず。英国を離れることなんて、考えていないはず。
そう信じたいのに、心が焦燥感で焼けつきそうになる。
『サラ、君もクリスマスコンサートに来た際に感じた筈だ。ステファンが登場したことで会場が沸き、大勢の聴衆が彼のピアノを聴ける喜びに溢れていたことを。
三年という月日が流れても、ステファンは忘れられることなく、熱狂的にウィーン市民から受け入れられた。それがどういう意味か、君にもよく分かるだろう?』
サラの脳裏にコンサートでの様子が蘇る。
ステファンが登場した時の観客のどよめき、大歓声、われんばかりの拍手。
その時に感じた、自分の孤立感……
ラインハルトは小さい子供を宥めるように、優しい声音でサラに話しかけた。
『ステファンに、世界に誇るピアニストとして、更なる飛躍をして欲しいとは思わないかい?
君にとってもステファンが大切な存在なら、彼にとってベストの選択肢を与えるべきだとは思わないかね?』
「……」
ステファンにとって、ベストの選択......
そう言われてしまうと、サラは返す言葉がなかった。
『ピアノ界の巨匠』と呼ばれるラインハルトの元、ベンジャミン、ラファエル、ノアという優秀で個性的な弟子たちと切磋琢磨し、最高の音楽に触れ、ピアノに打ち込む生活。それはピアニストとしてのステファンにとって、飛躍させる場であるに違いないと、サラも同意するしかなかった。
『私たちが何を言ってもステファンは聞かないが……サラ、君の望みであれば彼は首を縦に振るだろう。
ステファンと離れるのが寂しいなら、サラもここに来て生活すればいいじゃないか』
そう言って、ラインハルトは笑顔を見せた。
そんな、簡単に......
サラはまだ大学に入学したばかりで、これからあと三年半も大学生活が残っている。片想いのままステファンと離れていた三年でさえも辛く苦しかったのに、ようやく思いが通じ合って恋人になったというのに、遠く離れて生活するなど、耐えられない。
それに、三年半を経てサラが大学を卒業したとしても、海外を飛び回る生活をやめ、拠点を英国に移して娘との時間を少しでもとろうとしている両親にウィーンに住むなどとは言える筈がない。また、ステファンのことを疑っているかもしれない母に対しても、どう言い訳していいのか思いつかない。
他にも、不安要素はあった。ドイツ語が話せないサラがウィーンに住むことへの不安だ。ステファン以外誰も知り合いのいない土地で生活することができるのだろうか。多忙な仕事に追われるであろうステファンと異国の地で住む自信は、サラにはなかった。
ラインハルトは俯いたまま何も答えないサラを見つめ、小さく息を吐いた。
『君にとっては簡単なことじゃないかもしれないが……考えてみてくれ、ステファンのピアニストとしての幸せを』
ラインハルトは紅茶を飲み干し、立ち上がった。ベンジャミンはサラを気にしつつも、何も声をかけることなく、ラインハルトの後に続いた。
サラは見送りできないまま、ラインハルトとベンジャミンが扉の向こうに立ち去る音を聞いた。
自分がステファンを必要としている。
そう言うとただの我儘でしかないので、サラは英国のファンを引き合いに出して反論した。
ステファンだって、きっと英国での暮らしの方が快適なはず。英国を離れることなんて、考えていないはず。
そう信じたいのに、心が焦燥感で焼けつきそうになる。
『サラ、君もクリスマスコンサートに来た際に感じた筈だ。ステファンが登場したことで会場が沸き、大勢の聴衆が彼のピアノを聴ける喜びに溢れていたことを。
三年という月日が流れても、ステファンは忘れられることなく、熱狂的にウィーン市民から受け入れられた。それがどういう意味か、君にもよく分かるだろう?』
サラの脳裏にコンサートでの様子が蘇る。
ステファンが登場した時の観客のどよめき、大歓声、われんばかりの拍手。
その時に感じた、自分の孤立感……
ラインハルトは小さい子供を宥めるように、優しい声音でサラに話しかけた。
『ステファンに、世界に誇るピアニストとして、更なる飛躍をして欲しいとは思わないかい?
君にとってもステファンが大切な存在なら、彼にとってベストの選択肢を与えるべきだとは思わないかね?』
「……」
ステファンにとって、ベストの選択......
そう言われてしまうと、サラは返す言葉がなかった。
『ピアノ界の巨匠』と呼ばれるラインハルトの元、ベンジャミン、ラファエル、ノアという優秀で個性的な弟子たちと切磋琢磨し、最高の音楽に触れ、ピアノに打ち込む生活。それはピアニストとしてのステファンにとって、飛躍させる場であるに違いないと、サラも同意するしかなかった。
『私たちが何を言ってもステファンは聞かないが……サラ、君の望みであれば彼は首を縦に振るだろう。
ステファンと離れるのが寂しいなら、サラもここに来て生活すればいいじゃないか』
そう言って、ラインハルトは笑顔を見せた。
そんな、簡単に......
サラはまだ大学に入学したばかりで、これからあと三年半も大学生活が残っている。片想いのままステファンと離れていた三年でさえも辛く苦しかったのに、ようやく思いが通じ合って恋人になったというのに、遠く離れて生活するなど、耐えられない。
それに、三年半を経てサラが大学を卒業したとしても、海外を飛び回る生活をやめ、拠点を英国に移して娘との時間を少しでもとろうとしている両親にウィーンに住むなどとは言える筈がない。また、ステファンのことを疑っているかもしれない母に対しても、どう言い訳していいのか思いつかない。
他にも、不安要素はあった。ドイツ語が話せないサラがウィーンに住むことへの不安だ。ステファン以外誰も知り合いのいない土地で生活することができるのだろうか。多忙な仕事に追われるであろうステファンと異国の地で住む自信は、サラにはなかった。
ラインハルトは俯いたまま何も答えないサラを見つめ、小さく息を吐いた。
『君にとっては簡単なことじゃないかもしれないが……考えてみてくれ、ステファンのピアニストとしての幸せを』
ラインハルトは紅茶を飲み干し、立ち上がった。ベンジャミンはサラを気にしつつも、何も声をかけることなく、ラインハルトの後に続いた。
サラは見送りできないまま、ラインハルトとベンジャミンが扉の向こうに立ち去る音を聞いた。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
223
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる